組がえと担任

 もうすぐ、新年度が始まります。それぞれ、ひとつ上の学年にあがることは、とても不安だと思います。特に、組換えがあると、今度は、何組になるのだろうか、誰と一緒になるのだろうか、担任は誰だろうかと心配になります。組換えに関して、私の出身高校は、とても面白い方法をしていました。2年生で組換えがありますが、4月初日に登校すると、普通は、玄関に張り紙がしてあります。そこに、新しいクラスのメンバーが張り出されているのです。それが、私の高校は、朝行くと、校庭に旗が立っています。その旗には、男女数が書かれています。そして、校庭の後ろのほうに線が引いてあって、みんなその後ろに集まります。時間になると、生徒会の人が、前で「さあ、始めます。」と合図をします。すると、自分たちで、好きな旗の前に並びます。もちろん、友達同士で打ち合わせて、同じ旗に並びます。そのあと、みんなで話し合って、旗に男女数が書かれていて、その人数に合わせなければなりません。最後の数人は、誰が移動するか、なかなか決まりません。どうしても、離れたくない友達がいるからです。とうとう、時間切れになってしまいました。すると、生徒会で、「では、また、明日やり直します。」というのです。次の日に、また、始まりました。同じように、なかなか決まりそうでなかったのですが、もし自分たちで決められなかったら、教師が一方的に決めてしまいます。そこで、何とか自分たちの話し合いで決めました。こうして、クラスメイトを決めるのです。当然、一緒になりたいメンバーは、同じクラブの仲間であることが多く、そのときも、ラグビー部が、いっせいにある旗のところに集まりました。その旗に書かれた人数は、そのクラスだけ、男性だけでの構成になっていたのです。すると、ほかの人は、なんだか怖くて行きません。そこで、そこに行く人は、柔道部のメンバー、サッカー部のメンバーなど、格闘技にに近いクラブの人だけが集まりました。(体育祭のときにクラス対抗棒倒しのときは、他のクラスは、誰も、そのクラスとは戦いませんでした。攻めてくるのがラグビー部で、守るのが柔道部という具合でしたから)そして、メンバーが決まった後で、それぞれの旗に伏せてある担任名を開けて、担任も決まります。以前のブログに書いた、その高校の修学旅行での自由の責任を、この場面でも感じました。本当は、以前は、旗に担任名も書いてあったと聞きました。しかし、自分たちで調整できなかったために、担任を選ぶ自由はなくなったのです。自由といっても、ルールがないということではありません。ただ、そのルールを他人から言われて守るというのではなく、自らの中にルールを持ち、それを自らコントロールする力があってこそ自由なのです。私たちの何年か後からは、クラスは、教師が決めるようになりました。
担任も、私のときは、小学校では、1,2,3年は同じ担任、4,5,6年が同じ担任でした。今は、ほとんど、2年間持ち上がりが原則です。それが、保護者と子どもアンケートをしてみると、1年で交代を望む人が一番多いようです。その理由は、なんでしょうね。様々な価値観と出会うという意味ではいいのかもしれませんが、逆に、1年間のぶつ切りの学習活動しかできませんし、担任との愛着関係も結びにくくなってしまう気がします。ドイツのシュタイナー学校では、1年生から8年生まで、クラス替えもなく、同じ担任が受け持ちます。教師の質が高いのでしょうね。

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