島崎藤村

 今回、小諸で1泊しました。小諸というと「小諸なる…」が浮かびますね。その温泉の脱衣所には、壁には違う詩が飾ってありました。それは、「椰子の実」の歌詞です。なんだか、山の中で、「遠き島より 流れよる」という歌詞は、合わない気がします。しかし、ともに島崎藤村の「落梅集」の中に収められています。学校では、島崎藤村の詩集といえば、「若菜集」を思い浮かべますが、実際に有名な詩は何かというと、「小諸(こもろ)なる古城のほとり」「椰子の実」「千曲川旅情のうた」などですが、これらはすべて「落梅集」です。「椰子の実」の詩は、伊良湖岬の浜に椰子の実が漂着したのを発見した柳田国男の話を聞き、藤村が詩にしたものであり、大中寅二の作曲の歌として愛唱され、小学校6年生で習います。「名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ 故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月 旧の樹は生いや茂れる 枝はなお影をやなせる われもまた渚を枕 孤身の浮寝の旅ぞ 実をとりて胸にあつれば 新なり流離の憂 海の日の沈むを見れば 滾り落つ異郷の涙 思ひやる八重の汐々 いづれの日にか国に帰らん」
この詩は、他の詩と同じく、故郷を離れた流浪の寂しさや人生の憂愁が五七調の文語定型詩で歌われていて、とてもいいですね。しかし、この寂しさや憂愁は、藤村が、柳田國男からエピソードを聞いたときに、自分自身が姪との不倫の末にフランスに渡った時の寂しい生活の思い出とを重ね合わせて書いたものであり、それを、昭和初期から現在に至るまで小中学校教育にて広く愛唱されているとは、おもしろいですね。子どもたちは、不倫の切なさを知っているのでしょうかね。というのは、考えすぎでしょうか。
 私が泊まった宿に島崎藤村の詩や資料が多かったのは、小諸にあるというだけではありません。藤村は、この地にあった小諸義塾に、創立者木村熊二に招かれ英語と国語の教師として勤務していたそうです。その教師時代、生徒を連れてしばしば入浴した由緒ある湯だからです。その頃に結婚し、子どもも生まれています。藤村は、7年間この地に滞在し、小諸、千曲川周辺を題材に多くの作品を生みました。「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」で始まる「小諸なる古城のほとり」という詩の最後に「千曲川いざようふ波の 岸近き宿にのぼりつ 濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む」とある「岸近き宿」とは、今回泊まった現在の中棚荘なのです。小諸義塾は、明治26年に誕生した私塾です。しかし、13年間で短い歴史を閉じました。その建物は、義塾閉鎖後、小諸商工学校から、小諸幼稚園となり、病棟として移築され、今は市に寄贈され、小諸義塾記念館として移転復元されています。アーリーアメリカン調と、土蔵の様式のマッチした建物です。
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 土蔵といえば、善光寺門前の長野市大門町に残っていた、明治から大正時代に建てられた商家、及び使用されていない土蔵、立派な庭を備えた3階建ての空家屋等、既存建物を取得再生し、新たな商業集積として整備しました。それが、「ぱてぃお大門蔵楽庭(くらにわ)」です。平成13年、空店舗の一つが売却されるという情報があり、ビルを建てられたら取り返しがつかないと悩んだ挙句、住民有志の組織がこの土地を取得し、景観について学び、住民自身による景観整備を軸にしたまちづくりをしたものです。そこで、食事をしました。とても美しい町並みです。ぜひ、行ってみてください。