愛国心

 最近、毎年ドイツに行っています。はじめは、ドイツを学ぶことが目的でしたが、しだいに、そうではなく、日本のあるべき姿を模索するために行くようになりました。というのも、よく言われるように、行くごとに、日本のよさが見えてくるからです。日本が好きになってくるからです。そして、日本としてのよいものを見出し、世界に誇る「保育の形」「保育の質」を作りたいと思うようになりました。しかし、それは、決して、外国と競うわけでもなく、外国より日本のほうがよいと納得するためではなく、きちんと日本の形を作り、それを発信することが、世界に対して貢献できると思うからです。ただ、外国の真似をしたり、同じようなものを作っても、それは外国にとって、意味がありません。また、逆に、他の国を批判することで、自国を好きになるようになることはありません。
自民、公明両党の教育基本法改正に関する与党検討会は12日、最大のハードルとなっていた「愛国心」の表現について「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」とすることで合意しました。 自民党は「国を愛する心」との表現を求め、公明党は「国を大切にする心」を主張しました。今回の合意は双方の立場を考慮した「寄せ木細工」のような内容だといわれています。自民党の主張に従い「国」「愛する」との表現を盛り込んだかたちですが、「国」とは何を指すのでしょう。というのは、ドイツでは、全国民の人口の4分の1はトルコ人だそうです。訪ねた園では、園児の半数がトルコ人、残りの半数が10カ国の国籍を持つ子どもたちで、そのひとつが、ドイツ人という状況でした。この園では、「国」をどのように教えるのでしょうか。「国を愛するとは、どうすることなのでしょうか。」まず、ドイツで取り組んだことがありました。それは、子どもたちに、きちんとしたドイツ語を学んでもらおうとしたことです。どの園でも、「言語教育」が重視されています。絵本の読み聞かせも、ストーリーを伝えるだけでなく、きちんとしたドイツ語の発音で、ゆっくりと明瞭に読み聞かせます。最近、少しずつ変化が出てきました。そうすることで、住んでいる国である「ドイツ」を愛するようになったかというと、どうも逆のような気がし始めています。2月にミュンヘンの教育委員会の幼児教育局の局長さんと話したら、方針を少し変えるそうです。それは、きちんとしたドイツ語を教える前に、まず、きちんとした自国語、トルコの子どもたちにはトルコ語を教えることにしようと思っているということです。すばらしいですね。まず、それぞれの国の文化を大切にすることを教えることであって、それぞれの国を忘れさせようとすることでは、真の「愛国心」は育たないと思います。
今、私の園には、多国籍の子が何人かいます。たとえば、両親や父親が中国や韓国やケニアの人などです。先日、そのお父さんたちに、「それぞれの国の言葉で書いてある絵本を、その国の言葉で読み聞かせをしてもらえませんか。」ということをお願いしました。また、3,4,5歳児のごっこコーナーには、その国の衣装がおいてあって、その国の服をいつでも着ることができます。また、「我が国と郷土を愛する」ということがまさにこういうことだと思ったことがありました。それは、保護者に「保育園に入って子どもがどう変わったか?」というアンケートを取ったときの回答に「ごみを、ゴミ箱に捨てるようになった。」私は、こういう答えが大好きです。