桜祭り

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 最近、各地から桜便りが届きますね。私も、少し早いのですが、枝垂桜を見に行ってきました。桜祭りというと、日本だけではなく、アメリカでも各地で行われます。一番有名なのは、首都ワシントンのポトマック河畔に咲き乱れる数千本の桜です。当時東京市長を務めていた尾崎行雄がアメリカに日本の桜を送ろうと活動したので有名ですね。この時のお礼として、アメリカから贈られたのがハナミズキでした。ほかにも、桜祭りのフェスティバルは、シアトルやホノルルでも行われます。シアトル桜祭に、かつて、私の園と園児の写真が展示され、当時のシアトル市長から感謝状をいただいたことがありました。そのいきさつは、面白いきっかけからです。カナダからの帰りの飛行機の中のことでした。当時、私はタバコを吸っていました。その頃は、飛行機の座席は、禁煙席と、喫煙席に分かれていて、機内でタバコを吸うことができました。私がタバコを吸っていると、突然、前の座席の人が振り返って、英語で怒鳴り始めました。私は、何を言っているのか、何を怒っているのかわかりませんでした。途方にくれていると、私の席の隣の人(アメリカの人)が、英語で、その人に向かって話し始めました。すると、突然おとなしくなって、席に座りました。何を言ったのか不思議でしたが、やさしい英語で、説明をしてくれました。私たちの席と、前列の間がちょうど喫煙席と禁煙席の境目だったのです。それが、きっかけでその人と話し始めました。私は、片言の英語でしたが、話題は、日本人の「美意識」についてでした。今考えると、ずいぶん難しい話をしたものです。しかし、なかなか英語が通じません。すると、遠くのほうに座っていた人が近寄ってきました。そして、私の隣の人に日本語で話しかけました。「先生、これから、どちらに行かれるのですか?」はなしかけた人は、アメリカ人です。「えっ、この隣の人は日本語がわかるのだ!」話しかけた人がいなくなってから、何で、あの人は日本語で話しかけたか聞いてみました。すると、あの人は、わざと自分が、日本語をこんなに話せるようになったと自慢したくて、日本語で話しかけたのだと言います。実は、自分も日本語は話せるが、いかにも自慢げなので、英語で話をしたと言いました。ということで、それから先は、日本語での会話です。話は、川端康成が自殺をした話になり、私は、三島由紀夫の自殺から、美意識の象徴が、三島の「憂国」という小説の中にあるような、真っ白い着物のすそのほうから、真っ赤な血がにじみあがってくる美を三島は言いたかったのではないか。そして、私の見解として、同様に日本の美を表現しようとした川端は、最後に日本の切腹に通じる自殺を図ったのではないかということで議論になりました。そして、私は、この美意識は、日本人でなければわからないかもしれないという失礼なことを言いました。しかし、相手の最後の一言で、これはかなわないと脱帽しました。なんと、先方は最後にこういいました。「じつは、私は、川端の自殺の前日に、本人に会って話をしているのです。」これは、かないませんね。そして、今回の日本への行く目的は、能の野村万象に会いに行くのだと言います。そして、私は、園長をしているということになり、園と園児の写真を見せると、「私は、日本では、田園調布のセブンアップアジア総代理店社長の家に滞在しているので、一度、遊びに来ませんか?」ということで訪ね、その写真を、シアトルチェリーブロッサムフェスティバルで展示をすることになったのです。私が、タバコを吸っていて、唯一よかったことでしょうか。

桜祭り” への5件のコメント

  1. ●藤森先生、そのとき、よく飛行機から飛び出さなかったですね!

  2. もし自分が英語ができていたとしても、この人と日本人の美意識について、川端康成や三島由紀夫ことから話すなんてことはできなかったと思います。英語はただのツールだということを思い知らされます。この人ともっと話したいと思うのは、語学が堪能だからとかではなくその人物がどれだけ自分に刺激を与えてくれるかによるんでしょうね。今のおかしな風潮も続かないんだろうと思わされる内容です。

  3. アメリカの方と日本の美意識について三島由紀夫、川端康成から論じるなんて、私には想像もできない世界です。想像できないのですが、なんだかどういうものなのか知りたい気持ちもあります。自慢になるから日本語を使わなかったというその方の姿にも美意識のようなものを感じます。飛行機で隣の席になった方との関係が深まるというのはおもしろいですね。なにより、藤森先生があらゆる人に対して敬意を持って接しておられるからこそ、相手と気持ちの良い関係を築くことができるのかなと勝手に想像してしまいました。相手に対する思いは自然と相手に伝わってしまうのかもしれません。どんな人にでも敬意を持って接する、気づかうということは忘れてはいけないなと特に私は自分を振り返りそう思います。

  4. 日本の美意識はどんなものがあり、昔と今では変化しているものがあるのでしょうか。表面上は変化していても、基盤は同じなのかもしれません。謙遜して相手を立てることだったり、縁の下の力持ちを自らかってでたり、自然との調和を望んだりと様々な美意識があるのだと思います。また、飛行機の中での出会いが、シアトル市長からの感謝状をもたらすとは思いませんでした。そして、その人が川端氏の最後の前日に会っていた人だなんて…。本当に、何が起きるか分かりませんね。そこで、美意識についての自分の考えを持っていたから起きた出来事なのですね。

  5. それにしてもすごい出会いですね。私も飛行機の中で隣になった人と会話を交わすことはありますが、日本人の美意識、しかも川端康成や三島由紀夫の美意識を語り合える相手とは出会ったことはありません。それもそのはず、川端や三島の美意識から日本人の美意識について語り合えるほどの知識が私にはないからです。だから、そうした出会いは起こらない。そうしたことが可能になるのはそのことを語る力があると天が判断した時に出会いとして結実するのでしょうね。そういえば、フランスからの帰りの飛行機の中でフランス人と英語で桜と日本人について語り合ったことはありました。何を話したか覚えていませんが、互いに英語という外国語を使って話し合ったので隔靴掻痒の感を否めませんでした。それはともかく、その飛行機の中の出会いがやがて「シアトル桜祭に、私の園と園児の写真が展示され、当時のシアトル市長から感謝状」に繋がっていくわけですからこれはもう何と申し上げてよいやら。結んだご縁がどう発展していくかわかりませんね。「ご縁」を大切にしていきたいものです。

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