教師として

WBCで日本が勝ってよかったですね。あの、アメリカの審判への不満がなければ、こんなに国民が喜ばなかったでしょう。あの審判は、大きな喜びのための演出だったのかもしれませんね。日本の多くの人が、この試合を見ていたと思います。ちょうど、休みの日の昼頃だったのでよかったですね。もし、夜中とか、明け方であれば、みんな寝不足になったでしょう。また、平日であれば、多くの人は、仕事の合間をぬって見ていた人も多かったに違いありません。また、もしかしたら、学校では、授業中に見ていた先生がいたかもしれません。ラジオで、そんなときに教師は、授業中に見てよいかというトークをやっていました。何日か前のブログへのコメントにも、小学校の頃の担任がタイガースファンで、給食が3時になってしまったことがあったという思い出が書いてありました。昔は、そんなことが許されるようなおおらかさが確かにあったと思います。しかし、私は、それはおかしいと思います。教室は、私にとっては神聖な場所であり、娯楽をする部屋ではありませんでした。教員の頃、私は、かなりのヘビースモーカーでしたが、決して教室ではタバコは吸いませんでした。こんなことは当たり前のような気がしますが、ずいぶん、吸っていた教師がいました。ただ、もう時効なので話しますが、もし今の時代だったら、怒られるようなことを教師の時代にした思い出があります。数日前にブログ(3月18日)で話した5年生を担任したあと、1年生を担任していたときのことです。3学期も終わる頃、そのときは6年生になっていた一人の男子生徒が、家の都合で引越しをしなければならなくなりました。あと1週間くらいで、小学校が終わります。しかし、家から通うには、遠すぎます。親から、どうしたらよいか相談を受けました。最後の小学校生活を送らせたいと言います。そこで、私はその頃は一人で住んでいたので、1週間、その男子生徒と私と二人で生活することにし、朝一緒に家を出て、学校のそばで分かれて知らん顔をして校舎に入って行ったのです。今は、そんなことは許されないでしょうね。
 また、こんなことがありました。その頃、青少対(青少年対策委員会)で、夜のパトロールをしていました。夜、街で中学生がうろつくのを注意するためです。そのとき、パトロールがあるという情報が入ると、「わる」と呼ばれていた中学生たち数人を私のところで、パトロールが終わるまで、かくまっていたのです。(結局、その子達に、その後、夜、勉強を教えることになるのですが)パトロールで注意をして歩いても何の効果もなかったからです。取締りよりも、そんな子を作らないような予防措置を企画しましょうと青少対に提案しました。小学6年生を対象に、「地域ウォークラリー」を企画しました。まず、青少対は、中学校単位を基盤にしていますので、区域内に小学校が3校あります。その3校均等になるようにチームを作ります。そのチームで出発するときに記念写真を撮ります。そして、地図を見ながら3小学校区内のウォークラリーをしていきます。ところどころにあるポイントの問題は、その学区内の小学生なら簡単に解ける問題ですが、ほかの学区内の子どもには難しくできています。そして、ゴール地点は、着いてみないと解らないようになっていますが、行く中学校の校庭です。そこで、先輩たちがクラブごとに待っていて、6年生に指導してくれます。お父さんたちは、お昼の焼きそばを作っています。そして、出発のときに撮った写真を、手作りの額に入れてプレゼントします。その子たちと、中学に行って、また出会うでしょう。日を決めてのパトロールよりも、日常、地域みんなが見守っていることを子どもに感じてもらうほうが有効的でしょう。

教師として” への5件のコメント

  1. 最近よく昔のことを思い出します。
    小学校や中学校のころなどなど・・・。
    もっと早くに藤森先生にお会いしていれば、というか、贅沢言うならば藤森先生が担任で教わっていたら、私の人生遠回りしてなかった気がします。
    あ、そしたら今の私はないですね?・・・。
    とにかく藤森先生のような先生ばかりの日本になるといいなあと望んで止みません。
    そうなったら、ワルといわれる人々も少なくなるんじゃないのかな、と思います。変なレッテル貼られる方にも責任はあるんでしょうけど、色眼鏡で見る前に、ワルと言われるこども達が何を本当に望んでいるのかを、受け止めるおとなが増えたらいいですね。
    私はまだまだおとなと言うには精神的に幼いですが、そんなおとなになりたいです。

  2. 地域みんなが見守っていることを子どもに感じてもらうことを目的にして、こんなに楽しい方法があるんだと驚かされました。見守りが必要だといって行われていることは少なくないですが、監視の意味が強く感じられることも実際にはあるんじゃないかと思います。地域の人がたくさんいて、その人たちと関わっていることを感じることができれば、その子にとっての地域の意味は深くなるだろうと思います。藤森先生がされていた活動は考えさせられることが多いです。

  3. 「時効なので話しますが…」とあったので、どんな話なのだろうかとドキドキして読み進めていましたが、内容を読んで、なんだか安心しました。確かに今の時代であったら問題になることなのかもしれませんが、藤森先生の子どもを思うからこその行動であると思いますので、心が温まりました。教室は娯楽をする部屋ではないということも、子どもにとって何が必要か、子どもにとっての思いが最優先であれば、職員の娯楽は必要ではないですね。誰のためなのか、子どもにどうなってほしいのかという思いを最優先にすることは忘れてはいけないことですね。
    話しは変わりますが、WBCのことはよく覚えています。当初、そんなに盛り上がるとは思っていませんでしたが、誤審や韓国との試合などドキドキさせられる場面がたくさんありました。この頃からイチロー選手が身近に感じられるようになった気がしています(ちなみに学生時代はイチロー選手の奥さんのご実家の近くに住んでいました…あ、もっと近くにはテニスの錦織選手のご実家もありました。両方とも半径100m圏内ぐらいでした。懐かしい思い出です。あまり関係ない話でしたね)。

  4. 藤森先生と出会って感じているのは、『独創的アイディアによる有効的アプローチ』といったことです。ある先輩保育者に、フリードリヒ・ニーチェの「多くの人が取るに足りないと思って、安易に見過ごしてきたものを、まるでとても新しいものであるかのように、見直す眼を持つ人が“独創的”なのだ」という言葉を教えられた時に、まさに藤森先生を感じました。また、行動を起こすだけで、その効果を見て見ぬ振りをしているのであれば、有効的な方法を新たに考えるといった一歩を踏み出し、物事の本質を見つめる眼を持たなければならない、そういったアプローチをしていかなければならないと感じました。これからも、そういった“眼”を学んでいきたいと思います。

  5. 「教師として」と同時に、「人間として」ということを考えます。この両方を意識して生きるその生き様を周囲の大人に実感してもらい、そして子どもたちにも感じてもらい、その育ちの範として頂けるよう私たちは日々自分を律していくことが必要なのでしょう。私たちはともすると、自分軸で主観的に物事を判断し行動に移してしまうことがありますが、この判断と行動の基準になるのは、やはり客観性と倫理性だろうと思います。そして、この「客観性」と「倫理性」を培っていくには、直面した事柄の意味を考え、行動を伴った場合、その結果を適切に振り返ることが大切になってくるのだろうな、と思いました。「取締りよりも、そんな子を作らないような予防措置を企画しましょう」という考え方は、変な大人を作らないために、乳幼児の段階で発達を最大限に保障することや主体性や自発性から関わりへという環境を子どもたちに提供するということと軌を一にすると思います。

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