私は、本来は、学校建築を研究するために学校に勤めたので、いろいろな学校の体験と、その頃の書籍等に紹介されている建物の学校に行けるようにと、産休代替、育休代替教員で学校に勤めました。そこで、いつの時期からか、何年生を受け持つかわかりません。ある年に、ちょうど今頃3月中旬に5年生を担任することになりました。そろそろ卒業式で、毎日その練習で明け暮れる日々です。そして、授業は、1年間のまとめです。そんなある日、校長から、来年度から育休制度ができたので、1年間やってほしいと言われました。そして、次年度、1年生を担任するように言われたのです。私は、びっくりしました。それは、1年生の担任のイメージは、ベテランの年配の方が多いと思っていたからです。それに比べて、私は、その頃は、独身、20歳代でしたし、経験年数は、その前の学校で産休代替教員として、4ヶ月だけです。しかも、この学校でも代替職員です。想像してみると、体育館で入学式をして、そこで校長から担任紹介があります。そして、「3組の担任は、○○先生。産休のため△△先生。」と私を紹介し、私が出て行きます。私は、校長に「いいのですか?私で。」と聞いたところ、「大丈夫です。前の学校で、1年生が上手だと聞いていますから。」そんなことを言われても、1年生しかしたことがないのですから。という訳で、1年生を4月から3月まで1年間担任することになったのです。その後、他の学校に行っても1年生のベテランということで、1年生を担任しました。(今の職業にとっては、ありがたい経験でした。)しかし、問題が起きました。2週間受け持った5年生が、私を6年になっても受け持たせろとストライキをしたのです。何とか説得しましたが、4月にはいって、毎朝黒板に「先生の裏切り者」とか、「私たちを見捨てた」と書かれたのには参りました。そこで、きちんと説明をして、6年生は、きちんとした担任の下で勉強をし、「卒業式の次の日にみんなでどこかに行こう!」と約束をしました。(みんなで約束どおり、高尾山にいきました。)それにしても、私は、みんなに聞いてみました。「何で、そんなに私がいいのか?」大きく、ふたつの体験があるといいます。ひとつは、給食のときでした。最初の日の給食のとき、前で食べている私の机のそばに、その日に休みの子のデザートが3個置いてありました。それを、新しい先生は、どうするのだろうと思ったそうです。まず、一番古いタイプですと、「給食費は、みんな同じ金額を払っていて、みんなはその分だけ食べている、ここに残っているのは、休んだ子が払った分だから、このまま返しなさい。」ちょっと若くなると、「いいから、これはみんなで分けて食べなさい。」というタイプです。一番若いタイプは、「これを誰が食べるかじゃんけんしよう。」と言って、先生もそのじゃんけんに参加します。子どもたちは、私はどの年齢のタイプかと思っていると、そのどのタイプでもなく、しかも、子どもたちからすると、一番望んでいたタイプだったといいます。私はどうしたかというと、みんなに、「私は一番体が大きいし、一番偉いのだから。」と言って、有無を言わせず、一人で全部食べてしまったのです。もちろん美味しそうだったからです。しかし、子どもたちからすると、変に子どもに媚をうったり、機嫌を取ったりする教師は、かえって信用しません。ちょうど「金八先生」が放映されていた頃だったと思いますが、自分たちと違う、尊敬できる存在を求めていたようです。もうひとつ、私が良かった理由は、授業が面白かったからだといいます。どんな授業をしたかは、明日話します。
藤森先生のブログを読んで、私が小学生だった頃を思い出しました。
私たちも新しい先生が来ると、まず品定めのようなことをしてましたね~。一番嫌われるタイプは何故か媚を売る先生でした。子どもはしっかりと自分がある先生を信頼し、好むのでしょうね~。(私もそうでした・・・。)
自分があるといえば、小学生の5・6年の時の担任の先生は、モーレツなタイガースファンで、タイガースがゲームに負けた時はそれはもう機嫌が悪く、怒り出したら止まらない先生だったので、生徒が給食食べるのが15:00になったりが当たり前な2年間でした。
今考えたらありえないですね~。
いい(?)思い出です・・・。