先日、ある出版社から、年長児の本の3月号を作るにあたって、小学校を取材したいので、どこか紹介してほしいといわれました。そこで、ある小学校に行って校長先生に頼んでみました。編集の意図としては、4月入学する子に、小学校の紹介をするために、どんな部屋が学校にあって、どんな人が、どこで、どんなことをしているかという写真を撮りたいということでした。いま、このような依頼をすることは大変です。その理由のひとつに、O157問題以来、非常に菌に対して神経質だからです。構内に、あまり部外者を入れたがりません。また、たとえば調理室を写真に撮りたいと思っても、いま、学校の調理室には、調理員以外は、校長しか入ってはいけないそうです。そういえば、園でも、いま、とても神経質です。こまめに手を洗わせますし、園によっては、いちいちアルコール消毒をしています。また、手を拭くタオルは、共同ではいけないことになっていますし、ところによっては、タオルも湿気を含むということで、紙タオルにするように指導しています。床は、特に乳児室は、薬品で消毒を毎日します。そこには、靴を脱いで入ります。子どもが使う絵本や様々な道具は、抗菌仕様になっています、それがドイツに行って、びっくりです。乳児室を含めてどの部屋へも、外で様々なものを踏んだ靴のまま上がります。乳児が這うじゅうたんの上にもそのままです。調理室へも、調理中であろうが、私たち17名くらいがやはり靴のまま入って、いろいろなものを覗き込んでもかまいません。子どもは、いつ手を洗っているかわかりません。それどころか、部屋にある流しは、手を洗うのが禁止です。手は、トイレでしか洗いません。ある園では、歯磨きをするときに、コップを使わずに、手で水をすくってしていました。それなのに、今世界中で、おなかをこわすのは、日本人だけだといわれています。そのまま飲めるドイツの水道の水も、日本人だけは飲まないように注意されます。オリンピックでも、食べ物で体調を壊したのは、日本の選手だったそうです。いまや、日本人は、世界では活躍できないのではないかといわれています。かなり前ですが、「清潔はビョーキだ」(朝日新聞社)で取り上げられていました。
「清潔も度をこすと危険です。O157がその典型です。O157は腸壁にくっつかないと悪さができません。ですがO157は毒素を作るためにエネルギーのほとんどを消費しているために、大腸菌などの雑菌の多くいる腸では腸壁にくっつくことができませんので、お尻から排出されて悪さができません。以前、岡山県でO157の集団食中毒が発生した時に感染者の清潔度を調べた結果、重症者の全員が超清潔に育てられた生徒だったそうです。同じ給食を食べていながら、まったく症状がでない生徒と重症で入院しなければいけないほどの差は清潔度の差です。清潔が必ずしもいいとは限らない、それも殺菌剤や除菌剤などの化学的清潔がいけないといういい例です。」
小野芳朗氏の「<清潔>の近代「衛生唱歌」から「抗菌グッズ」ヘ」(講談社選書メチエ、)にこう書かれています。
「江戸幕藩体制において、現在流布しているような「清潔」志向は存在しなかった。近代医学も発達していなかった当時、清潔で健康な生を維持していたのは医者ではなく、人体と環境との調和を図り、病気の治癒ではなく病気の予防を進める中国・神仙糸医学、家々の置き薬(富山の行商が有名)、そしてまた神仏のカにすがる医療信仰であった。」
神が治すかわかりませんが、たぶん、自分の力で治していたのでしょう。