ツバキ

tubaki.JPG
園の玄関には、1枚の手ぬぐいが飾られています。季節ごとに、私が浅草の手ぬぐい店で買ってきます。そこに書かれている絵は、日本手ぬぐいに書かれているために、色調はやさしく、構図は大胆で、とても日本的で、季節感がよく表れており、私は、見ていて心が和みます。今、飾られている柄は、ツバキです。先日、氷見に伺ったときに、先方の方が、私にぜひ見てもらいたいということで、山の奥まで連れて行ってもらったのが、コメントにも書いていただいた「老谷の大椿」です。富山県の文化財に指定されている天然記念物のツバキです。樹齢は500年以上と推定される日本でも屈指の巨樹で、3月中旬から4月中旬にかけて真紅の花を枝いっぱいにつけるそうで、年によっては、2月下旬でも咲くことがあるらしいのですが、今年は、雪が多くて、そばに近づくこともできませんでした。花いっぱいのところか、落ちた花で周囲が敷き詰めたようになる様子も格別だそうです。である。富山県には、もう一つ「長坂不動の大ツバキ」という天然記念物のツバキがあるそうです。こちらも、樹齢は約400年の巨樹だそうです。本州に野生するツバキには、ヤブツバキ、ユキバタツバキ、ユキツバキ等がありますが、この二箇所のツバキは、どちらもヤブツバキで、暖地性常緑広葉樹、花は赤色の五弁花です。
椿は縄文時代から人々の生活に使われた、大変馴染み深い木です。椿の木は堅く、しなやかなため、その特徴を利用して石斧の柄や櫛に使われました。また、「続日本記」に、渤海の使者に日本特産の椿油一缶を贈ったという記録があります。当時ツバキ油は食用、灯用、化粧用以外に不老長寿の薬とされていたようで、寒く椿が育たない渤海国にとっては、大変貴重な油であったようです。万葉集が詠まれる以前より、紫は最も高貴な色とされていました。その紫色を染めるのに欠かせなかったのが椿の灰でした。平安時代は、椿は宮廷や貴族の間で高貴な花、聖なる花木として扱われ、献上花、宮中行事、衣装、調度にも多く椿が使われ始めました。また、椿は昔から邪悪をよせつけぬ呪木として、厄除けなどに使われていましたが、葉もまた同じような力を持ったものとして扱われました。現在、おめでたい植物としては中国風に松竹梅が定着していますが、江戸前期までは松竹椿を使うことのが多かったようです。室町時代から流行した茶道により、茶庭、茶花の世界が膨らみ、椿が観賞用植物として脚光を浴び始めます。どうして、こんな歴史を言うかというと、なんと、昔の人にはなじみのある「大島椿」の製造元が、八王子市にあるのです。ツバキ油はヤブツバキの種子から採れる植物油ですが、ヘアケア用、スキンケア用、また食用としても大変優れた特徴をもった油です。
また、椿といって思い出すのが、「椿姫」です。これは、アレクサンドル・デュマと娼婦マリ・デュプレッシとの恋愛をもとにして書いた長編小説です。パリの高級娼婦マルグリットは、椿の花しか持たないため、椿姫と呼ばれます。これを基に書いたオペラが、ヴェルディ作曲の「椿姫」です。しかし、イタリア語の題名「ラ・トラヴィアータ」は、「道を踏み外した女」という意味で、原作の『椿の夫人』という名前を用いていません。また、ヒロインの名前も「スミレ」を意味するヴィオレッタに変えています。
「椿」の字は、日本で作られた字ですが、「春に花咲く」という雰囲気が出ていますね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">