年度

そろそろ、今年度が終わりになります。よく、年末に忘年会をやるときの挨拶で、「今年1年間、お世話になりました。来年もよろしくお願いします。」というのがありますが、何で年末かというと、年が開けると借金が棒引きになるという話を聞いたことがあります。また、新年になると、年齢も一つ上がりました。いわゆる数え年で計算するからです。しかし、世の中的には、「今年度お世話になりました。」とか、「今年度よろしくお願いします。」のほうが、実感があります。なぜかというと、年度替りが、子どもたちは学年が一つあがり、職員は卒業の関係で新入や移動があるからです。その年度の区切りを、学校では、学年といいます。これは、学校で定められた、1年間を単位とした修学の期間のことです。ということで、期間を表す意味で「学年」を用いる場合、ニュアンスとしては年度とほぼ同義に使われます。日本では普通、学年は4月に始まり、3月に終わり、アメリカなどの欧米では、9月に始まるのが一般的であることは有名ですね。また、同学年というように、学年がある集団をあらわす場合は、多くの人が学齢によって義務教育を受ける日本では、ある年の4月2日?翌年の4月1日までに生まれた人全てを指して、「学年」と言います。日本では、特に義務教育段階にあっては原級留置(落第)の例がほとんど見られないため、「学年」ということばがそのまま年齢と直接関連します。従って、一般に「同じ学年」であることは、「同じ年齢である」と考えられます。また、生まれる年が1年違っていても、その人が1月1日?4月1日の生まれ(これを俗に早生まれという)であれば同じ学年になります。逆に、生まれ年が同じであっても早生まれであると、学年が1つ上になることから「同じ年」という認識が薄くなります。このような用い方での「学年」は、義務教育段階のみならず、就学前の幼児や、義務教育期後の大人に対しても用いられます。すなわち、「学年」は、修学期間あるいは入学年度で区別された、児童・生徒・学生の集団のことなのです。したがって、「学年」という言葉には「階層」のニュアンスが入ってきます。ですから、日本では、なかなか原級留置は理解されません。それが、多くの高校や大学になると、学ぶ内容が周知されたかということが評価になるので、学年よりも単位制をとります。これは、学年制といわれるような、各学年での教育課程の修了を繰り返すことによって学習していく方式に対して、授業科目を単位と呼ばれる学習時間数に区分して修得していく方式のことです。一般的に、単位制は、授業科目ごとに取得できる単位数が決まっており、卒業時に必要単位数がそろっているかどうかで卒業を判定することが多くなります。
 そう考えてみると、幼児教育でも、この学校制度にならって学年制を基本にしますが、どうも、単位制のほうがいい気がします。というのは、学校教育法に書かれている幼児教育は、「発達を助長するところである」としたら、教育課程の修了を繰り返すというより、個人別に、発達内容を、きちんと踏み固めていくということに意味があるからです。たとえば、5領域の発達項目を単位と考えて、どの子も卒園までに、必要単位数をそろえて、学校に送り出すと考えるのはどうでしょうか。発達は、生年月日の区切りでしていくものでもなく、また、発達は、教えるものではないので、大人側から決められないからです。子どもにとって、卒園児以外は、年度替りは、次の日になるだけです。