だるま

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 私の記念のブログ第1号で、なにを書いたかというと、「私は強くシンクロニティーを感じるタイプのようです。日本語で言うと「共時性」です。(心に思い浮かぶ事象と現実の出来事が一致すること。ユングの用語)」ということです。これが、よく、「連想ゲームのように」という書き方で、ブログの中で共時性を書くことがあります。一昨日、園に行ってびっくりしました。私の机のそばに、大きい箱があるのです。それを開けてみると、大きなだるまでした。これは、明日見学に来る高崎市の園長会からの贈り物でした。高崎といえば、「だるま」で有名だからです。この張り子の縁起だるまは、高崎にある少林山達磨寺から生まれました。昔、大洪水で流れて来た大木で、一了行者が達磨大師の像を彫ってお堂に安置したのがこの寺の起こりです。その達磨寺境内に「洗心亭」があります。これは、日本に亡命したドイツ人建築家ブルーノ・タウト氏が日本文化の研究にいそしんだ場所です。この日曜日にたまたま行った「東京?ベルリン/ベルリン?東京展」では、展示がいくつかのコーナーに分かれていました。そのひとつのコーナーが、「バウハウスとブルーノ・タウト 1930年代の建築とデザイン 」でした。彼は、ドイツで名声を確立した後、ナチスを嫌ってまずスイスに移住し、さらに日本に1933年に亡命するような形でやってきました。3年余り日本に滞在し、あちこちを旅しながら日本美の再発見に努めました。そして、「日本美の再発見」などの著書が多数あります。また、現在、世界遺産に登録されている白川郷・五箇山の合掌造り民家を見て、「これらの家屋は、その構造が合理的であり、論理的であるという点においては、日本全国全く独特の存在である」と称賛し、その骨太の構造物を「ゴシック式と名付けるべきだ」といっています。また、「この辺の風景は、もうまったく日本的でない。少なくとも私がこれまで一度も見たことのない景色だ。これはむしろスイスか、さもなければスイスの幻想だ。」と著書の中で述べています。
頂いた達磨は、最初は、「一筆だるま」に似た「座禅だるま」、それが次第に繭の形に似た「繭型だるま」になり農家に広がり、形が丸く起き上がりやすくなり、現在の「縁起だるま」の形になっていきます。最初の坐禅だるまは両眼とも見開いていました。それが、養蚕農家が七転八起にあやかって蚕の起き(目覚め「4度脱皮すること」)がよくなるよう大当りの祈願をするため、眼を描かず願いを込めて片眼(向かって右)に墨を入れました。やがて蚕が良い繭を作ると、残った片眼にも墨を入れて大当りと喜び、お祝いしたのが始まりです。それが一般に広まって、達磨大師の不屈の精神にあやかり、目標(願い)を立て、精進努力して無事達成するよう願かけをするようになりました。それが、「願かけだるま」です。高崎だるまの特徴は、マユは鶴、鼻から口ヒゲは亀をあらわし、とても縁起のよい顔の福入だるまです。
 達磨大師は、インドの香至国の王子として生まれ、のちに出家し、お釈迦様から28代目の教えを継がれて、中国に渡りました。そこでの、梁の武帝との問答や、中国少林寺での面壁九年の話は特に有名です。この話は、またいつか、何かの折に書こうと思っています。どこで、どうつながるかわかりませんから。