コミュニケーション力2

 園や学校でコミュニケーション力が必要だと思うときの一つは、保護者とのコミュニケーションが取れないときです。元NHKアナウンサーの吉田たかよしさんは、次のように言っています。
「初対面の保護者と話しをするときは、一番大切なのは、「聞く」に徹することです。自分の情熱をわかってもらおうとして自分が話すことになりすぎている可能性があります。営業でもセールスの世界でも同じですが、もっとも大切なポイントは、こちらのセールスポイントを語るのではなく、相手のニーズを聞き出すことです。9割は聞くこと。話すことは1割。私たち人間の基本的要求は、情報を他人に話すことアウトプットと、他人から情報を聞くことインプットが、1対1の割合になるようにできています。ところが、メディアが発達した現代社会では、アウトプットがほとんどなくて、インプットばかりに偏ってしまっています。そこで、現代人のほとんどは、「自分の話を聞いてもらいたい。」という根源的な欲求が満たされずにいるわけです。この「話したい」という欲求を解消しない限り、次のステップには進めないと思います。」彼は、アナウンサーを勤めた後、医師免許を取り現在クリニック院長ですので、このようなコミュニケーションのとり方を医療の世界からも言及しています。
「医療というのは、アウトプット中心の世界。手当てをしたり、注射をしたり、処方箋を書いたり、生活所の指導をしたりというのは、医者から見ればアウトプットです。しかし、それより大事なのはインプットのほう、つまり、患者さんから正確に悩みを聞いてあげることなのです。「正しく悩みを聞くことができれば、病気の半分以上は治ったのも同じ」というのは、医療の世界では戒めとして語られていることです。医療の専門用語では「デブリーフィング」といいますが、医者が患者さんの悩みや症状を正確に聞きだすことで自然治癒効果が働くというのは、医療の世界ではよくいわれています。」(学研「すまいる」より)
 そういえば、ずいぶん前の話になりますが、ヨーロッパの福祉事情視察で厚生省の人たちとヨーロッパに行ったとき、メンバーの一人が具合が悪くなって、医者を呼んだことがありました。あとで、何をしたか聞いたところ、診察時間の9割が話を聞いただけだといっていたのを思い出しました。考えてみると、それは症状を正確に聞き取るというだけでなく、旅行先でその人が具合が悪くなったのは、精神的な部分が大きかったので、話を聞いてあげることが治療のひとつだったのでしょうね。だから、「医は仁術」といわれる所以でしょう。どうも最近の医者の中には、ただ検査結果だけを見て、患者の顔も診ずに病名を伝え、処置方法を伝えるだけという人もいるようです。時間がなく、忙しい世の中ということもあるのでしょうが。同様に、福祉、教育はアウトプットの世界です。しかし、まず、子どもの話をよく聞き、子どもの様子をよく見、保護者の話をよく聞くインプットが重要でしょう。保護者の中には、苦情や文句を言うときに、その内容を伝えたいというよりも、話を聞いてもらいたいということがあるかもしれません。子どもも、話を聞いてもらいたい、関わってもらいたいというサインを「わるさ」をすることで表現していることがあるのでしょう。「仁」は孔子が、「ひとをひととして扱う心構え」と名づけたことに始まるといわれます。「教育は、仁術」だと思います。

コミュニケーション力

 中教審は1年にわたり次期指導要領について議論を続けてきました。そして、出された原案では、日本の子どもの学力について、04年12月に公表された国際学力調査の結果をもとに、成績低位層が増加する「二極化」が進行していると分析しています。なかでも、読解力や記述式問題に課題があるなど、学力の低下傾向があると認めています。また、学習や職業に対して無気力な子どもが増えているとも指摘しています。そして、これを補うため、次の指導要領では、言葉や体験などの学習や生活の基盤づくりを重視する「言葉の力」を、すべての教育活動の基本的な考え方にすると明記しているのです。その内容を、原案では「言葉は、確かな学力を形成するための基盤。他者を理解し、自分を表現し、社会と対話するための手段で、知的活動や感性・情緒の基盤となる」と説明しています。これを、各教科にどう反映させていくかについては、○古典の音読・暗記や要約力の促進(国語)○数量的なデータを解釈してグラフ化したり、仮説を立てて実験・評価したりする(数学・理科)○感性を高めて思考・判断し表現する力(音楽・美術)――などを例示し、国語力の育成と関連づけた論理的思考力や表現力の重要性を強調しています。
 確かに、日本の子どもたちは、コミュニケーション能力が最近欠けてきているといわれています。また、他人に自分の考えを伝えるプレゼンテーション能力に欠けているということは、昔から言われています。最近、就職をするうえで、会社が特に重視する能力として、このコミュニケーション力とか、プレゼンテーション能力が求められてきているように、これからの時代に必要な力とも言われています。これは、日本人特有の性格や、習慣によるものがありますが、少子化の影響によるところが大きい気がします。親に、自分の考えを言わなくてもわかってもらえます。訴えなくても、先にかなえてくれます。赤ちゃんのコミュニケーションとして「泣く」ということも、泣かせるとかわいそうということで、泣く前に欲求をかなえようとしてしまいますし、赤ちゃんのほうも、何度も泣いたり、長く泣く必要もありません。一生懸命に伝える必要がなくなっています。それだけ、子どもをよく見る時間があることや、手をかけられる時間があるようになったということが、ある部分の力をなくしていることにもなります。昨日、ある出版社から取材がありました。テーマは、「幼児期の子どもに、どうしたらコミュニケーション力をつけることができるか。」で、保護者用の本の記事だということでした。私は、二つの観点を言いました。一つは、以前にブログでも書いたように、話させようとする前に、大人が聞こうとすることが大切であるということ。もう一つの観点は、脳科学的に、最近、このコミュニケーション力は、「前頭葉」の働きによるものであるということがわかってきています。そこで、ただ、コミュニケーションをつけようとするのではなく、乳児の頃はやさしく語りかけ、スキンシップを図り、いっしょに運動をし、なるべくテレビやゲームに子守をさせず会話をし、など話してきたら、何ということはありません。子どもにとって、良いということをしていれば、結果的にコミュニケーション力もついてくるという話になりました。基本的には、正常な関係性発達をした結果です。教育の中で、ただ伝える手段をどう学ばせようかという話しだけにはしないでほしいと思います。また、英語も、伝える手段だけを教えるようになってほしくはないですね。

日食

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 今日、皆既日食がありました。日食、月食というと、いくつか思い出があります。ひとつは、私が中学生の頃です。中学で地学という授業があります。その中で、その教科担任から「皆既日食を、地球と月の直径から見える大きさを割り出して、徐々にかけていく太陽を書きなさい」という宿題を出されました。しかし、中学生の頃は、見た目の太陽と月の直径比(本当は、日食が起きるのは、太陽と月の見かけの大きさ(視直径)がほとんど同じだからです)がわかりませんでしたし、自転、公転から欠けていく速度が割り出されます。どうすればよいか困った結果、専門家に聞きに行くことにしました。私の中学が神田にあったので、その駅には、銀座線が走っており、その終点は渋谷です。そこには、今はなくなってしまいましたが、五島プラネタリウムがありました。そこに聞きに行ったのです。何日か通ううちに、顔パスで入れてもらえるようになりました。そして、それが、天体が好きになったきっかけかもしれません。
 そんなわけで、天体のことにも興味を持ち、以前のブログ(12月1日)で書きましたが、小学校の教員の頃に、子どもたちにギリシャ神話を話して聞かせ、その結末の星座を天井に貼っていったのです。そんなわけで、地域のボーイスカウトや、子ども会で、星の話をするように頼まれました。そんなある日、私の家(当時、一人で住んでいました)に、ある中学生が尋ねてきました。そして、こう言ったのです。「ぼくたちは、中学校で、自主的に天文研究会を作りました。先生に、ぜひ、その会の顧問をやってもらいたいのですが。」クラブではない、自主的な集まりなので、私に話を持ってきたのです。そこで、その会の顧問をやることにしました。会の活動としては、例会として、私の家で、会員に天体についてのテストをします。そして、答え合わせをしながら解説をしていきます。もう一つの活動は、日食と、月食の観察です。日食は昼間なので、学校なりで観察すればいいのですが、月食は夜中のことが多いです。ちょうど、そのころ月食があったので、私の家にみんな集まって、夜中に欠けていく月を天体望遠鏡を見ながら、時間を決めて写生をしました。こんなことも、いまだったら、学校から怒られてしまうかもしれませんね。しかし、今でも、そのときの会長を勤めていた中学生から、年賀状が届きます。
 今日のの皆既日食は、皆既継続時間が4分以上ありますが、それが見られるのは、アフリカから中央アジアにかけて見られました。ですから、見るためには、そこに泊りがけで行かないとなりませんね。しかし、今は、ありがたいことに、その姿をリアルタイムで「観察」する手段があるのです。その手段とは、インターネットによる中継です。「非営利団体ライブ!ユニバース」によるプロジェクト「LIVE! ECLIPSE 2006」ではリビア、エジプト、トルコの3ヶ所から中継をしました。リビアからは、ぐるっと、周りを見渡せるようになっています。また、実際と違うところは、あたりが暗くなることでかんじるのではなく、純粋に刻々と黒くなっていく太陽自体を眺めることができることです。この3箇所からのライブを見ていて、映像は、あまり安定はしなかったので、あちらこちらを見ていたところ、トルコからの映像で、しっかりとコロナも見ることができました。とても感動しました。すごい時代になったものです。

年度

そろそろ、今年度が終わりになります。よく、年末に忘年会をやるときの挨拶で、「今年1年間、お世話になりました。来年もよろしくお願いします。」というのがありますが、何で年末かというと、年が開けると借金が棒引きになるという話を聞いたことがあります。また、新年になると、年齢も一つ上がりました。いわゆる数え年で計算するからです。しかし、世の中的には、「今年度お世話になりました。」とか、「今年度よろしくお願いします。」のほうが、実感があります。なぜかというと、年度替りが、子どもたちは学年が一つあがり、職員は卒業の関係で新入や移動があるからです。その年度の区切りを、学校では、学年といいます。これは、学校で定められた、1年間を単位とした修学の期間のことです。ということで、期間を表す意味で「学年」を用いる場合、ニュアンスとしては年度とほぼ同義に使われます。日本では普通、学年は4月に始まり、3月に終わり、アメリカなどの欧米では、9月に始まるのが一般的であることは有名ですね。また、同学年というように、学年がある集団をあらわす場合は、多くの人が学齢によって義務教育を受ける日本では、ある年の4月2日?翌年の4月1日までに生まれた人全てを指して、「学年」と言います。日本では、特に義務教育段階にあっては原級留置(落第)の例がほとんど見られないため、「学年」ということばがそのまま年齢と直接関連します。従って、一般に「同じ学年」であることは、「同じ年齢である」と考えられます。また、生まれる年が1年違っていても、その人が1月1日?4月1日の生まれ(これを俗に早生まれという)であれば同じ学年になります。逆に、生まれ年が同じであっても早生まれであると、学年が1つ上になることから「同じ年」という認識が薄くなります。このような用い方での「学年」は、義務教育段階のみならず、就学前の幼児や、義務教育期後の大人に対しても用いられます。すなわち、「学年」は、修学期間あるいは入学年度で区別された、児童・生徒・学生の集団のことなのです。したがって、「学年」という言葉には「階層」のニュアンスが入ってきます。ですから、日本では、なかなか原級留置は理解されません。それが、多くの高校や大学になると、学ぶ内容が周知されたかということが評価になるので、学年よりも単位制をとります。これは、学年制といわれるような、各学年での教育課程の修了を繰り返すことによって学習していく方式に対して、授業科目を単位と呼ばれる学習時間数に区分して修得していく方式のことです。一般的に、単位制は、授業科目ごとに取得できる単位数が決まっており、卒業時に必要単位数がそろっているかどうかで卒業を判定することが多くなります。
 そう考えてみると、幼児教育でも、この学校制度にならって学年制を基本にしますが、どうも、単位制のほうがいい気がします。というのは、学校教育法に書かれている幼児教育は、「発達を助長するところである」としたら、教育課程の修了を繰り返すというより、個人別に、発達内容を、きちんと踏み固めていくということに意味があるからです。たとえば、5領域の発達項目を単位と考えて、どの子も卒園までに、必要単位数をそろえて、学校に送り出すと考えるのはどうでしょうか。発達は、生年月日の区切りでしていくものでもなく、また、発達は、教えるものではないので、大人側から決められないからです。子どもにとって、卒園児以外は、年度替りは、次の日になるだけです。

桜祭り

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 最近、各地から桜便りが届きますね。私も、少し早いのですが、枝垂桜を見に行ってきました。桜祭りというと、日本だけではなく、アメリカでも各地で行われます。一番有名なのは、首都ワシントンのポトマック河畔に咲き乱れる数千本の桜です。当時東京市長を務めていた尾崎行雄がアメリカに日本の桜を送ろうと活動したので有名ですね。この時のお礼として、アメリカから贈られたのがハナミズキでした。ほかにも、桜祭りのフェスティバルは、シアトルやホノルルでも行われます。シアトル桜祭に、かつて、私の園と園児の写真が展示され、当時のシアトル市長から感謝状をいただいたことがありました。そのいきさつは、面白いきっかけからです。カナダからの帰りの飛行機の中のことでした。当時、私はタバコを吸っていました。その頃は、飛行機の座席は、禁煙席と、喫煙席に分かれていて、機内でタバコを吸うことができました。私がタバコを吸っていると、突然、前の座席の人が振り返って、英語で怒鳴り始めました。私は、何を言っているのか、何を怒っているのかわかりませんでした。途方にくれていると、私の席の隣の人(アメリカの人)が、英語で、その人に向かって話し始めました。すると、突然おとなしくなって、席に座りました。何を言ったのか不思議でしたが、やさしい英語で、説明をしてくれました。私たちの席と、前列の間がちょうど喫煙席と禁煙席の境目だったのです。それが、きっかけでその人と話し始めました。私は、片言の英語でしたが、話題は、日本人の「美意識」についてでした。今考えると、ずいぶん難しい話をしたものです。しかし、なかなか英語が通じません。すると、遠くのほうに座っていた人が近寄ってきました。そして、私の隣の人に日本語で話しかけました。「先生、これから、どちらに行かれるのですか?」はなしかけた人は、アメリカ人です。「えっ、この隣の人は日本語がわかるのだ!」話しかけた人がいなくなってから、何で、あの人は日本語で話しかけたか聞いてみました。すると、あの人は、わざと自分が、日本語をこんなに話せるようになったと自慢したくて、日本語で話しかけたのだと言います。実は、自分も日本語は話せるが、いかにも自慢げなので、英語で話をしたと言いました。ということで、それから先は、日本語での会話です。話は、川端康成が自殺をした話になり、私は、三島由紀夫の自殺から、美意識の象徴が、三島の「憂国」という小説の中にあるような、真っ白い着物のすそのほうから、真っ赤な血がにじみあがってくる美を三島は言いたかったのではないか。そして、私の見解として、同様に日本の美を表現しようとした川端は、最後に日本の切腹に通じる自殺を図ったのではないかということで議論になりました。そして、私は、この美意識は、日本人でなければわからないかもしれないという失礼なことを言いました。しかし、相手の最後の一言で、これはかなわないと脱帽しました。なんと、先方は最後にこういいました。「じつは、私は、川端の自殺の前日に、本人に会って話をしているのです。」これは、かないませんね。そして、今回の日本への行く目的は、能の野村万象に会いに行くのだと言います。そして、私は、園長をしているということになり、園と園児の写真を見せると、「私は、日本では、田園調布のセブンアップアジア総代理店社長の家に滞在しているので、一度、遊びに来ませんか?」ということで訪ね、その写真を、シアトルチェリーブロッサムフェスティバルで展示をすることになったのです。私が、タバコを吸っていて、唯一よかったことでしょうか。

ご当地B級料理

 各地では、町おこしのためにいろいろな企画をしています。その中で、食べ物に関しての町おこしがあります。そんな全国的な知名度はないものの、地元で愛され続けている「ご当地B級グルメ(料理)」が集まり王座を決める「B―1グランプリ」が2月18日、青森県八戸市で行われました。各地から十品が参戦しました。そして、ここで入場者が使ったはしを、気に入った料理に投票し、グランプリを決めます。このB―1グランプリは、八戸市周辺の郷土料理「せんべい汁」の普及を目指す市民団体が「各地のご当地料理が手を組んで、地域おこしにつなげよう」と発案しました。そして、次回の開催権は、グランプリを獲得した「ご当地」に与えられます。人気投票の結果、グランプリは静岡県富士宮市の「富士宮やきそば」が獲得、来年の第二回グランプリは同市で開催することが決定しました。そのほかの成績は次の通りです。
(2)横手やきそば(秋田・横手市)(3)室蘭焼とり(北海道・室蘭市)(4)八戸せんべい汁(青森・八戸市)(5)小倉発祥焼うどん(福岡・北九州市)(6)青森生姜味噌おでん(青森市)(7)とうふちくわ(鳥取・鳥取市)(8)富良野カレー(北海道・富良野市)(9)久留米やきとり(福岡・久留米市)(10)浜焼き鯖(福井・小浜市)
各地に行くことはあるのですが、どれも食べたことはないですね。ただ、ちょうどブログ(2月21日)で書いた小倉の焼きうどんが5位になりました。その時に、こだわる条件を書きましたが、同じように1位になった「富士宮のやきそば」も、調理方法で、12の特徴があるそうです。1.富士宮流やきそば蒸し麺 2.油は、ラード 3.「肉かす」をくわえる(一般的には、「肉」「天かす」など) 4.イワシの「削り粉(だし粉)」をふりかける 5.キャベツは、富士宮の高原キャベツで「秋キャベツ」 6.辛口ソース 7.紅ショウガをそえる 8.トッピングは、各店で工夫 9.富士山の湧水を用いる 10.厚くて大きい鉄板を用いる 11.焼き方は、店の主人が焼いても、客が焼いても可 12.食べ方は、皿でも熱い鉄板でも好き好き だそうです。ただ、これはあくまでも基本で、各店で工夫をしているそうです。
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これは、焼きそば好きの私としては、ぜひ行って、食べてみたいと思って、富士宮に行ってきました。ラーメンもよく食べ歩きますが、結局は、どれがおいしいといっても、それぞれ味の好みがあるので、一概には言えませんね。富士宮焼きそばは、私のこだわりである「天かすを加える」「鉄板で焼く」が入っているので、美味しかったです。しかし、味の好みは、年齢によって、そのときの体調によって、もっと、微妙なことをいえば、そのときの精神状態によって変わってくるものです。その点で、集団給食の中ではなかなか難しいのですが、本当は、今日はちょっと疲れるような活動をしたので、甘口にしようとか、1日じめじめしているので、気分が晴れるような鮮やかな色彩の盛り付けにしようとか、そんな工夫ができると良いですね。また、昨日の夕食は少し重いものだったので、朝食は、胃に負担のないようなものにしようとか、その都度の食事だけではなく、1日すべての、また数日間のトータルな見通しの中での献立も必要でしょう。したがって、一食の、残菜が多いとか、食べる量が少ないからと一喜一憂する必要なないと思うのですが、やたらと給食だけで栄養を満たそうとか、好き嫌いをなくそうとする先生の使命感は強いですね。結果は、かえって好き嫌いを作っていることに気づいていないのでしょうね。

動線その2

 小学校での永遠の週目標に、「廊下を走らないこと!」というのがあります。定番ですね。しかし、私が勤めた小学校の中に、それがいちども週目標にならなかった学校がありました。その学校では、子どもたちは、廊下を走らなかったからです。なぜでしょう。その学校は、しつけができていたからでしょうか。いいえ、それは、その校舎が、敷地の都合で、折れ曲がっていたからです。当然、廊下も途中で折れ曲がっています。廊下の見通しがとても悪く、向こうから誰が来るか直前までわかりません。すると子どもは走りません。
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 また、私の園の近くの地域でこんなことがありました。この地が開発されてしばらくしてからのことです。ここには、シンボルとして、「せせらぎ」があります。静かに川が流れています。(この計画は、建設大臣賞を受賞しました。)「せせらぎ」は長池見附橋の下の池から流れ出て、この地方で、かつて雑木林の丘陵の間を流れていたせせらぎの姿を再現しています。このせせらぎは、地域の里山における自然の保水機能でもあったのです。この「せせらぎ」が、下流に下ってくると、渓流風の造りから現代的な造形の水路へと姿を変えます。このせせらぎができた頃、よく、水路へと変わるあたりで水の中に落ちる人が何人か出ました。ある人は、子どもを自転車に乗せて走っていて、そのまま落ちる人もいました。もちろん、それほど深くないので、ぬれる程度でしたが。その時に地域のメーリングリストにこのことが話題になりました。この川に柵をつけるべきだ。いや、景観をそこねるのでそれは避けるべきだ。気をつけるように立て札を立てて、注意を促すべきだ。それくらいは、自分で危険回避能力が必要ではないか。などなどです。そして、最後に、私が意見を求められました。私は、こう答えました。「川というものは、自然にその地形に沿って流れるものです。獣道もその地形に沿ってできるものです。人は、自分の心に沿って自然に歩くと、その川の流れや獣道に沿って歩くはずです。それが、人の歩く道になって行きます。それが、ある場所で川に落ちるということは、その場所が人の心に沿っていないということではないでしょうか。ということは、その川を設計した人がいけないと思います。設計者が、自分の趣味で計画をしてしまい、人の動線を読みきれていないのではないでしょうか。ですから、その場所は作り直さない限り、違う具体的な方法で防ぐしかないと思います。」結局は、突き当りに柵をすることにしました。
 私の園に、子ども同士がよくぶつかる場所がありました。そこは、かどになっていて、トイレに走っていく子と、トイレから急いで戻ろうとする子がよくぶつかりました。子どもによく言って聞かせました。「ここは、危ないでしょ。向こうから誰が来るかわからないから、気をつけなさい!」しかし、子どもはすぐにそんなことは忘れてしまったり、あせっているとつい走ってしまいます。職員で話し合いをしました。飛び出し注意の標語を貼ろうか、カーブミラーをつけようか、もっと、子どもに何度も注意をしようか、などです。結果、ある方法をしたところ、その後、誰もぶつからなくなりました。それは、そのかどに植木を置いたのです。その植木があるために、当然、かどを大回りでまわらなくてはなりませんし、植木越しに向こうから来る子が見えます。人は、どうしても危ないと、ものを片付けようとします。すると、見通しがよくなって余計に走るようになったり、走ることができる直線距離が長くなりますし、走り回る空間ができてしまいます。それなのに、「走るな!」と言っても、無理ですよね。

動線

 「福岡県のある少学校では、給食後の食器の片付けを子どもたちがきちんとしないために、先生方がこれを子どもたちの「心の問題」ととらえ、子どもたちに対して「マナー」とか「食器を洗う人への思いやり」とか、さらには「食器さんがかわいそう」などということを連呼し、子どもたちの心や意識やモラルに働きかけようとしたことがあったそうだ。それでも顕著な改善が見られず、先生方が落胆していたところ、一人の先生が、「これは、食器を片付けるときの動線が悪いのではないか」ということに気づき、子どもたちがスムーズに動けるよう動線を直したところ、たちどころに片付けられるようになったという。」(「日本を滅ぼす教育論議」岡本薫著)
 「ずいぶん前の話になるが、「子どもが落ち着いて一つのことに集中できなくて、いつもザワザワソワソワで、どうにかならないだろうか」と、ある保育園の園長さんから相談を受けた。早速、出かけてしばらく様子を見せてもらった。床の上でお絵かきをしているすぐ横を駈けぬけて行く子や、ままごと遊びのすぐ横でトランポリンで飛び跳ねている子がいる。ルーム形式の保育園で、異なる年齢の子が自由に遊べるようになっていて、それはそれでいいのだが、これでは確かにじっくりと落ち着いた遊びは、やりにくい。そこでぼくは問題点を指摘し、試みにその部屋の家具のレイアウトを変えるよう提案した。園長さんは、半信半疑の様子だったが、ぼくの提案は、お金がかかることでも多大な労力を要する仕事でもなかったので、子どもたちが帰宅しはじめたころから、数人の保母さんに号令をかけて家具の移動をやってみることになった。それまで、ほとんどの家具は四方の壁に背を向けていたのを、中心に引っぱり出して、間仕切りになるようにしたわけである。こうすることで随所にコーナーができ、子どもたちの動線をあらかじめ設定できる。翌日、早速、園長さんから電話がかかってきた。見事にこちらが予想した結果が得られたということだった。そして、それが驚くべき事実だと評価され、ほめられ、感謝されてしまった。しかし、こんなことは、建築デザインの仕事をやっていれば、誰もが知っていることなので、ぼくはただただ恐縮するばかりであった。そしてこういう知識は、保育の現場でも共有できていなければならないなと痛感した。」(「バリアフリーをつくる」光野有次著)
 「動線」というのは、人や乗り物などが動く道筋のことです。建築物や、展示会場などの平面を機能的に計画する手法の一つです。動線と動線が交わらないで、目的地点に短い線で行けるのがよいとされています。建築物というのは、その建物にどのように近づいていくのか、建物のどの場所から入るのか、そして中に入るとどのように動いてどこに行って何をするのか、というように基本的に人が動く場所です。しかもその動くものは、園では、それぞれの年齢の子です。登園から降園まで、どのように子どもが生活をするかに関係します。そして職員がそれに対して、どのように動くか。最近は保護者だけでなく、地域の人も園の中に来ることが多くなるので、そういう人たちの動きも考えなければいけません。子どもが怪我をしたり、騒いだり、落ち着かなかったり、その問題の原因を簡単に「こころ」や「しつけ」の問題にするのではなく、まず、システムやさまざまな手段をを充分に検討しなければいけないのを、どうも手順を間違えてしまうことが、子どもの問題が、なかなか解決しない原因になっているかもしれませんね。

水仙

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道を歩いていると、2月の初め頃から咲き始めている花があります。それは、いろいろな種類の水仙です。水仙といえば、私の年代の団塊の世代が思い浮かべるものがあります。それは、「七つの水仙」です。今考えると、なぜ、七本の水仙でなかったのでしょうね。これは、ブラザース・フォーの名曲です。この頃、意味もよくわからずに、英語の歌詞を丸暗記した思い出があります。「アイメノ ハバマンション アイハブン エニランド」という具合です。本当は、
I may not have mansion, I haven’t any land
Not even a paper dollar to crinkle in my hands
But I can show you morning on a thousand hills
And kiss you and give you seven daffodils
です。また意味も当時は余り関心はありませんでした。英語の響きがよかったからです。改めて意味を訳してみると、
「僕には、豪邸も、土地もない。手の中でしわくちゃな紙幣一枚さえ無い。けれど、千もの丘に降りそそぐ朝を、君に見せてあげられるよ。そして、くちづけと、七つの水仙の花をあげよう。」こんな歌だったのですね。
 また、水仙というと、この歌の題名のように英語では「ダフォディル」といいますが、学名はナルキッススで、そのいわれをほとんどの人は、知っているでしょう。「多くの男女の愛を受け入れなかったナルシスが、水を飲んで渇きをいやそうと泉にやってきて、水を飲もうとのぞき込むと、そこに美しい少年がいます。彼はその少年に恋をしてしまいました。ナルシスはもだえ、やつれてこの世を去ったのです。姉妹や仲間たちが彼の埋葬をしようとやってくると、泉のほとりに死体はなく、そこに一輪の水仙が咲いていた。」というものです。しかし、山の「こだま」のエコーがナルシスに失恋した話を知らない人は多いかもしれません。「エコーは森のニンフのひとりです。あるとき女神たちの最高位のヘーラーが、夫ゼウスの浮気の相手の森のニンフを追いかけていましたが、エコーが現れて色々なおしゃべりで引き止めるので、夫とニンフとも逃してしまいました。怒った女神はエコーに「おまえなんか短い言葉しかいえなくしてやる」と言って呪いをかけたので、エコーは他人の最後の言葉を返すことしかできなくなってしまいました。あるとき、エコーは森の中を歩いているナルシスを一目見て恋心にとらえられ、ひそかにあとをつけました。ナルシスは狩りの仲間とはぐれて一人になってしまって、不安になって「おおい、誰かいるかい」というとエコーが「いるよう」と応えた。「出ておいで」というと「出ておいで」と言うだけで姿はありません。そこでナルシスが「一緒になろうよ」というとうれしくなってエコーは「一緒になろうよ」といって木陰から姿を出してナルシスにかけより、両手で首に抱きつこうとしました。驚いたナルシスが「はなしてくれ、誰がおまえなんかの思い通りになるものか」と飛び退きました。恥ずかしくて悲しくなったエコーは山に逃げ帰り食事もとらずに嘆くうちにやつれてひからびて岩の一部になってしまいました。今でも山では、大きな声で叫ぶとエコーがこだまを返しています。」ギリシャ神話で、最後に星座になる話は多いですが、最後に花になったり、岩になるのは珍しいですね。

教師として

WBCで日本が勝ってよかったですね。あの、アメリカの審判への不満がなければ、こんなに国民が喜ばなかったでしょう。あの審判は、大きな喜びのための演出だったのかもしれませんね。日本の多くの人が、この試合を見ていたと思います。ちょうど、休みの日の昼頃だったのでよかったですね。もし、夜中とか、明け方であれば、みんな寝不足になったでしょう。また、平日であれば、多くの人は、仕事の合間をぬって見ていた人も多かったに違いありません。また、もしかしたら、学校では、授業中に見ていた先生がいたかもしれません。ラジオで、そんなときに教師は、授業中に見てよいかというトークをやっていました。何日か前のブログへのコメントにも、小学校の頃の担任がタイガースファンで、給食が3時になってしまったことがあったという思い出が書いてありました。昔は、そんなことが許されるようなおおらかさが確かにあったと思います。しかし、私は、それはおかしいと思います。教室は、私にとっては神聖な場所であり、娯楽をする部屋ではありませんでした。教員の頃、私は、かなりのヘビースモーカーでしたが、決して教室ではタバコは吸いませんでした。こんなことは当たり前のような気がしますが、ずいぶん、吸っていた教師がいました。ただ、もう時効なので話しますが、もし今の時代だったら、怒られるようなことを教師の時代にした思い出があります。数日前にブログ(3月18日)で話した5年生を担任したあと、1年生を担任していたときのことです。3学期も終わる頃、そのときは6年生になっていた一人の男子生徒が、家の都合で引越しをしなければならなくなりました。あと1週間くらいで、小学校が終わります。しかし、家から通うには、遠すぎます。親から、どうしたらよいか相談を受けました。最後の小学校生活を送らせたいと言います。そこで、私はその頃は一人で住んでいたので、1週間、その男子生徒と私と二人で生活することにし、朝一緒に家を出て、学校のそばで分かれて知らん顔をして校舎に入って行ったのです。今は、そんなことは許されないでしょうね。
 また、こんなことがありました。その頃、青少対(青少年対策委員会)で、夜のパトロールをしていました。夜、街で中学生がうろつくのを注意するためです。そのとき、パトロールがあるという情報が入ると、「わる」と呼ばれていた中学生たち数人を私のところで、パトロールが終わるまで、かくまっていたのです。(結局、その子達に、その後、夜、勉強を教えることになるのですが)パトロールで注意をして歩いても何の効果もなかったからです。取締りよりも、そんな子を作らないような予防措置を企画しましょうと青少対に提案しました。小学6年生を対象に、「地域ウォークラリー」を企画しました。まず、青少対は、中学校単位を基盤にしていますので、区域内に小学校が3校あります。その3校均等になるようにチームを作ります。そのチームで出発するときに記念写真を撮ります。そして、地図を見ながら3小学校区内のウォークラリーをしていきます。ところどころにあるポイントの問題は、その学区内の小学生なら簡単に解ける問題ですが、ほかの学区内の子どもには難しくできています。そして、ゴール地点は、着いてみないと解らないようになっていますが、行く中学校の校庭です。そこで、先輩たちがクラブごとに待っていて、6年生に指導してくれます。お父さんたちは、お昼の焼きそばを作っています。そして、出発のときに撮った写真を、手作りの額に入れてプレゼントします。その子たちと、中学に行って、また出会うでしょう。日を決めてのパトロールよりも、日常、地域みんなが見守っていることを子どもに感じてもらうほうが有効的でしょう。