はるよ こい

 寒い寒いといいながら、今日は外に出てみると、東京ではかなり暖かく、春の予感がします。立春の日にブログで書いた「早春賦」のほかに、春を待ち望んでいる歌に「春よ来い」があります。この歌は、もう少し後の季節、3月頃の歌です。しかし、この歌詞も、本当に北国の人々が、春が来るのを待ち焦がれている感じが出ていて、いいですね。
「春よ来い 早く来い あるきはじめた みいちゃんが 赤い鼻緒(はなお)の じょじょはいて おんもへ出たいと 待っている 春よ来い 早く来い おうちの前の 桃の木の 蕾(つぼみ)もみんな ふくらんで はよ咲きたいと 待っている」
 春よ、来いと呼びかけている感じが、子どもの気持ちを借りて歌っている様子をよくあらわしています。この歌を作詞したのは、新潟県糸魚川市出身の文学者、相馬御風で、『金の鳥』に発表されていますが、誕生した御風の長女を素材に作られたといわれています。歌が作られた当時、数えで3才。ちょうど「あるきはじめた」ばかりで、自分の周囲に好奇心を向ける年頃です。しかし、日本海に面した糸魚川市は雪の多い所なので、冬は家の中でじっとしていなくてはなりません。雪が消えて、赤い鼻緒の草履をはいて外出できるようになる春の訪れを、ひたすら待っているのです。御風は「じょじょ」や「おんも」といった幼児語を大胆に歌詞に取り入れることによって、彼女の心の叫びを見事に表現しています。彼は、早稲田大学校歌「都の西北」や「カチューシャの歌」(島村抱月との合作)の作詞をしたことでも知られています。作曲者は、南国・高知生まれの弘田龍太郎です。ほかにも、「叱られて」「雀の学校」「靴が鳴る」など、いずれも有名なものばかりです。
1番の歌詞は、冬の間に歩き始めた「みいちゃん」が、買ってもらった下駄を持て余し、早く雪が解けた地面で歩きたいのを待つ情景が想像できます。そして、そばで、「もうすぐ春が来るからね。そうしたら外にでれるから、もうちょっと待とうね。」というような声が聞こえてくるようです。2番の歌詞からは、春が来るのを待っているのは、みいちゃんだけではなく、庭の草木も同様です。家の前にある桃の木は、つぼみも膨らんで、早く咲きたいと、言っているようです。相馬・弘田のコンビはこの童謡「春よ来い」が有名ですが、面白いことに、この歌と対を成すように「春がゆく」という歌があるのです。こちらは、山鳩の低い鳴き声に、季節の変化を描き出そうとしています。こんな歌詞です。
「デデツポツポ デデツポツポ、どこで啼くのか 山鳩が、しづんだ ふといなき聲で、おかしいやうに 時にまた、あはれなやうに うたひます。もうぢき春が行くのでせう。デデツポツポ デデツポツポ、遠い山には 雪がまだ、白く光つて ゐるけれど、浦の山には きのふけふ、やるせもなげに 鳩がなく。もうぢき春が行くのでせう。」
 こちらのほうは、「春よ来い」と比べて、なんだか気取りすぎている気がします。春を惜しむ気持ち「惜春」があらわされていない気がします。春が行くのは、私からすると、次には夏が来るので、さびしいというよりも、春を惜しむ気持ちのほうが強いからです。そして、次に来る季節に対しての、期待がこめられていないような気がします。私は、何かと別れを告げることは、何かと出会う始まりだと思っています。やはり、春の終わりには、「夏よ来い」のほうがいいですね。

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