一休さん

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 マサチューセッツ大学のメディカルセンター心理学主任でもあるバークレー教授が監修をした「ADHDの子どもの上手な指導法」というビデオがあります。ADHDは多動性・衝動性と不注意を特徴とする行動の障害で、神経生物学的な背景を持っているものです。このビデオの中に、罰の与え方の例として、数日前にブログで書いた「タイムアウト」のやり方が書いてありました。当然、前提としては、よい行動を見つけてほめてあげたりごほうびを与えたりすることが必要です。これに連携し、その反対の行動に罰を与え始めるといっています。最初は、穏やかで直接的な命令や言葉で、子どもがその時に行っていることをすぐに止めるようにはっきりと指摘することが必要です。その対処手段だけでは、うまくいかない場合の手段として、「タイムアウト」を実行することも有効であるとしています。ただ、全般としてみると、否定的な結果は効果的ですが、不適切な使い方によって、有害で副作用的な影響がでることがあります。起こりうる有害な自称を最小限度にとどめるために罰の利用はなるべく控えめにすることが大切ですし、肯定的な結果を取り除くために罰を多用する先生は、子どもの行動をそれほど効果的に管理することはできないといわれています。しかし、何か、現場としては、決め手がほしいですね。
 私が教員だった頃に、子どもを集中させるある方法を用いていました。その頃、テレビで「一休さん」のアニメが、人気がありました。その中で、毎回さまざまな困難にあったときに一休さんは、とんちを働かせて乗り切ります。その時に、その「ひらめき」をもたらすときのスタイルがあります。禅を組み、目をつぶります。そして、両の手の人差し指をぺロリとやって、頭の両脇をさすります。そして、マジナイをした後、木魚のポンポンたたく音がしばらくした後、チ?ン鳴って、ひらめくのです。このスタイルは、子どもたちには人気がありました。私は、1年生の子どもたちに、何で、こうするとすばらしい考えが思いつくのだろうかと問いかけました。ためしに、みんなで、禅を組み、目をつぶってもらいました。クラスの子どもたちが全員で、目をつぶり、シーンとしています。しばらくして、私が小さな声で、こう言いました。「みんな、何がわかるかな?ほら、外の校庭で、声がするよね。たぶんどこかのクラスが体育の授業をやっているんだね。その声は、6年生かな?あれ、今度は、隣のクラスから先生が怒っている声がするよ。何をしたんだろう。あっ、誰かが廊下を走って行くね。慌てているみたいだ。目を開けていたり、騒いでいたら、そんなこと全部、気がつかないよね。そうしたら、いい考えなんか、浮かばないかもしれないね。」そして、そっと目を開けてもらいました。それから、こんなことも言いました。「座禅を組むときには、じっとしなくてはいけないのだけれど、どうしても、ふらふらしたり、眠りそうになったりする弱い心が出てしまうことがあるね。その時に、和尚さんが、棒を持って、肩のところをたたいて注意するのだよ。」まだ、あまり本当の座禅の意味を教えても無理なので、簡単にそう話しました。すると、子どもたちは、面白がって、「ねえ、ねえ、僕たちもやろうよ。先生は、棒を持って、歩き回ってよ。」と言います。そこで、私は、子どもたちが騒いでいるとき、大切な話をしようとしたり、静かにさせたいとき、集中させたいとき、「一休さん!」と声をかけると、みんな、目を閉じて、シーンとなります。この言葉があったおかげで、あまり子どもたちを叱らないですみました。