コラム

 新聞の記事の中には、ニュースや情報を伝えるだけでなく、コラムのなかに、ほっと一息つく言葉や、さまざまな示唆を含んだ言葉を見つけることがあります。
「今年に入ってから、妻はテレビドラマの収録、そして僕は歌舞伎の稽古と、珍しく二人とも家にいないことが重なった。そういう場合は、動物たちの世話はペットシッターさんにお願いしている。仕事から帰宅すると、リビングのテーブルの上に伝言ノートが置いてある。とび(飼い犬)が散歩でどこまで行ったか、猫たちはちゃんとウンチをしていたか、えさは残さず食べたか、事細かく記されている。先日、そのノートに「ホイちゃん(3年前に拾ってきた捨て猫)の元気がありません」とあった。―略― そのホイが、ペットシッターさんのノートによればまったく夕食をとらなかったというのだ。そう言えばあれだけおしゃべりだったホイが、この数日は無口になっている。具合でも悪いのか。―略― 妻と相談し、翌朝も元気がなければ、出かける前に僕が病院に連れて行こうということになった。その夜、ホイを抱いて寝た。―略― その日の朝は、ホイは残さずご飯を食べた。元気も戻ったようで、いつもの意味不明のつぶやきも復活。「淋しかったんだね。」と妻。―略― そんなホイだから、この数日、僕がかまってやれなかったので、精神的にまいってしまったのだろう。のほほんと生きているようで、彼らは意外とナーバスなのである。」(三谷幸喜)
猫以上に、人間の子どもはナーバスのはずですよね。シッターのように、遊び相手や、散歩に連れて行ったり、記録を書いたりしても、それでは満たされない何かがあるのですね。
「何を嬉しいと感じるかということには個人差がある。毎朝、コーヒーを飲みながら、「今日もあの未解決問題についてたっぷり十時間も考えることができるのか!」と胸を弾ませる数学者がいる。体の弱った人を介護し、その笑顔に接することを何よりの生き甲斐にする人もいる。たとえベストセラーにならずとも、自ら魂を込めた一編の小説を世に送り出すことに至上の喜びを見出す作家もいる。私たちの脳の中で、ドーパミンの上流に位置する「快楽のアマゾン河」は広大であり、人それぞれである。欲望のあり方が単純に割り切れないことを認め、その多様性を育むことが何よりも「合脳的」な倫理規則ではないか。」(茂木健一郎)
最近、格差社会ということが言われていますが、この問題は、収入や地位の格差が広がっているのではなく、価値観が単一化されてきていることが問題だと思います。収入や地位が高いからといって、幸せとは限りませんから。
「友人と電車に乗るときに、「飴、食べる?」ポケットから飴を出すと、「ありがとう」友人はにっこり笑って受け取ってくれた。小学生の頃にいじめられていた私には、給食当番のときに「お前の触ったパンは食べられない」と受け取ってもらえなかった経験がある。だから、人が食べ物を受け取ってくれただけで、胸が熱くなる。大人は「ありがとう」と言ってくれる。大人になれてよかったと、感じ入る。」(山崎ナオコーラ)
 早く大人になりたい人や、いつまでも子どもでいたい人は、その時期に満足いく体験をしていないのでしょうね。

一休さん

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 マサチューセッツ大学のメディカルセンター心理学主任でもあるバークレー教授が監修をした「ADHDの子どもの上手な指導法」というビデオがあります。ADHDは多動性・衝動性と不注意を特徴とする行動の障害で、神経生物学的な背景を持っているものです。このビデオの中に、罰の与え方の例として、数日前にブログで書いた「タイムアウト」のやり方が書いてありました。当然、前提としては、よい行動を見つけてほめてあげたりごほうびを与えたりすることが必要です。これに連携し、その反対の行動に罰を与え始めるといっています。最初は、穏やかで直接的な命令や言葉で、子どもがその時に行っていることをすぐに止めるようにはっきりと指摘することが必要です。その対処手段だけでは、うまくいかない場合の手段として、「タイムアウト」を実行することも有効であるとしています。ただ、全般としてみると、否定的な結果は効果的ですが、不適切な使い方によって、有害で副作用的な影響がでることがあります。起こりうる有害な自称を最小限度にとどめるために罰の利用はなるべく控えめにすることが大切ですし、肯定的な結果を取り除くために罰を多用する先生は、子どもの行動をそれほど効果的に管理することはできないといわれています。しかし、何か、現場としては、決め手がほしいですね。
 私が教員だった頃に、子どもを集中させるある方法を用いていました。その頃、テレビで「一休さん」のアニメが、人気がありました。その中で、毎回さまざまな困難にあったときに一休さんは、とんちを働かせて乗り切ります。その時に、その「ひらめき」をもたらすときのスタイルがあります。禅を組み、目をつぶります。そして、両の手の人差し指をぺロリとやって、頭の両脇をさすります。そして、マジナイをした後、木魚のポンポンたたく音がしばらくした後、チ?ン鳴って、ひらめくのです。このスタイルは、子どもたちには人気がありました。私は、1年生の子どもたちに、何で、こうするとすばらしい考えが思いつくのだろうかと問いかけました。ためしに、みんなで、禅を組み、目をつぶってもらいました。クラスの子どもたちが全員で、目をつぶり、シーンとしています。しばらくして、私が小さな声で、こう言いました。「みんな、何がわかるかな?ほら、外の校庭で、声がするよね。たぶんどこかのクラスが体育の授業をやっているんだね。その声は、6年生かな?あれ、今度は、隣のクラスから先生が怒っている声がするよ。何をしたんだろう。あっ、誰かが廊下を走って行くね。慌てているみたいだ。目を開けていたり、騒いでいたら、そんなこと全部、気がつかないよね。そうしたら、いい考えなんか、浮かばないかもしれないね。」そして、そっと目を開けてもらいました。それから、こんなことも言いました。「座禅を組むときには、じっとしなくてはいけないのだけれど、どうしても、ふらふらしたり、眠りそうになったりする弱い心が出てしまうことがあるね。その時に、和尚さんが、棒を持って、肩のところをたたいて注意するのだよ。」まだ、あまり本当の座禅の意味を教えても無理なので、簡単にそう話しました。すると、子どもたちは、面白がって、「ねえ、ねえ、僕たちもやろうよ。先生は、棒を持って、歩き回ってよ。」と言います。そこで、私は、子どもたちが騒いでいるとき、大切な話をしようとしたり、静かにさせたいとき、集中させたいとき、「一休さん!」と声をかけると、みんな、目を閉じて、シーンとなります。この言葉があったおかげで、あまり子どもたちを叱らないですみました。

経堂

今日は、小田急線沿いの「経堂」の辺りに行ってみました。地名や駅名は、その地域の人からみるとなじみがあるかもしれませんが、一度も聴いたことのない人にとっては、奇妙に聞こえることがあります。しかも、その地域名を施設の名前にすると、またこれが始めて聞くものにとっては、とても奇妙に感じることがあります。この経堂と同じく世田谷区にある有名な「三軒茶屋」も、聞きなれているからいいものの、初めて聞くと奇妙です。「三軒茶屋」は、江戸時代中期に大山街道沿いに「信楽」「角屋」「田中屋」 の三軒の休み茶屋ができたことによるそうです。当初は、茶屋などというと、たとえば学校の名前も、「茶屋小学校」ということになり、かなり抵抗があったようです。しかし、名前は、よく知らなくても、なんとなくその由来を感じることができます。この「経堂」も、「なにかの経典なりを収めたお堂があったのだろう。」と思います。やはり、その説があるそうです。駅の南口に経堂山「福昌寺」という曹洞宗のお寺があります。福昌寺の開基松原土佐守(弥左衛門)は中国からの帰化人で幕府の医師でした。彼は、室町時代の江戸城の御殿医でした。そして、この辺りを知行し福昌寺のところに住み、医学書を多数所蔵していました。その屋敷に僧を招いて寺としたので、村人は医学書を教本と勘違いして松原屋敷を「経堂」と呼ぶようになり、やがて村名になったという説があります。土佐守というのは土佐国の国守ということです。また、松原土佐守の屋敷内に「一切経」を祠ったお堂があったからとか、経塚を祠ったからという説もあります。あるいは、村が開かれたところに、既に誰かが建てたお堂があり、そのお堂の造りが江戸風ではなく京都風のものであったから「京堂」とよばれいつしか「経堂」となった説があります。また、ある時代に教本を納めた石室を地下に作って埋め、その上に小堂を建てて「経堂」と呼び村名としたという説もあります。土地の人は「きょうとう」と濁らない発音をするそうですが、本当か、聞いてみたいものです。そんなに昔のことではないのに、何で、そんなにはっきりしないのでしょうか。
伝承とは、本当にそうかどうかと思うことがあります。誰が見たのか、聞いたのかわからないで、うわさがいつの間にか本当になってしまうことがあるからです。また、声の大きい人の考えが、真実を帯びてしまうことがあります。まあ、いわれなどは、本当はどうであれ、なんだか、そこから「ロマン」を感じることができればいいのですが、それが、現在に影響を及ぼすものであれば、また、誰かの迷惑になることであれば、きちんと検証しなければなりませんし、不確かであれば、きちんと確実ではないということや、憶測であるということや、自分個人の考えであることを言わないと、迷惑をかけることになりかねません。特に、影響を及ぼす立場の人の発言は、気をつけてもらいたいものです。

人形

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 今日、飯田市の講演会場に着いたときに、保育者たちによる人形劇が上演されていました。しかし、そのせりふの中に、時たま意味のよくわからない言葉が挟まります。なぜか聞いてみると、この間、韓国に行って上演したので、たまに韓国語が入っていると言います。そういえば、ここ飯田市は、人形劇で有名です。飯田市を中心とする伊那谷は、黒田人形、今田人形、早稲田人形、古田人形に代表される人形浄瑠璃や,田楽,猿楽などの古式神楽の面影を残す多くの伝統民族芸能が保存されている地域です。黒田人形は、300年の歴史を持つ伝統人形浄瑠璃です。毎年4月、下黒田諏訪神社の春祭りで奉納上演されます。今田人形も、やはり300年の歴史を持つ伝統人形浄瑠璃です。毎年10月、大宮八幡宮祭典で奉納上演されます。天保11年(1840年)に黒田人形舞台が建てられたそうです。それが今は、国指定重要有形民俗文化財となっています。そんなことがあって、1978年に、各地の人形劇人が飯田に集まり、全国的な人形劇の祭典が企画されました。そして、その翌年の国際児童年の年、第1回の「人形劇カーニバル飯田」が開催され,以後毎年8月の初めに開催され続けてきました。その名称も「いいだ人形劇フェスタ」と代わり、夏の風物詩として世界中から人形劇人が集まる一大イベントになっています。このイベントは、様々な賞をもらっています。地域づくりとしても、平成6年には、第1回優秀観光地づくり賞を取っていますし、平成14年には、第6回ふるさとイベント大賞優秀賞を受賞しています。
 日本では、浄瑠璃はじめ人形劇では伝統がある国なのに、あまり園では人形劇はやりません。ペープサートという紙に書いた絵に棒をつけて動かすものはやりますが、手遣い人形といわれるようなパペットはやりませんね。最近テレビで、「パペットマペット」が、人気がありますが。その点、外国は人形劇が盛んです。棒人形、手遣い人形、棒遣い人形、糸操り人形、抱え遣い人形、仮面人形等いろいろな種類があります。先日行ったドイツでも、園で自由時間の間に、あるコーナーでは、人形劇をやって見せていましたし、棚の上には、人形がおいてあります。おもちゃ屋にもたくさんの人形や、舞台が並んでいます。私も、昨年、園へのお土産に人形劇の舞台(布でできていて、つるして使います)を買いました。ドイツのある園で、本の読み聞かせを見たときです。まず、保育者が、読み聞かせる本を布に包んで、子どもの前に持ってきました。それは、持ってくる途中に何の本かわからないようにするためです。その包みをもって子どもの前のいすに座ります。すると、保育者は、ほうきと、魔女の人形を持って、子どもの前に置きました。何が始まるのだろうかと、子どもたちは真剣なまなざしで保育者を見つめています。その中で、保育者は、おもむろに布の包みを広げます。中から出てきたのは、ほうきに乗った魔女の絵本でした。そして、静かに読み始めたのです。人形を置くことで、本の話に実感が持てます。保育の中でも、人形を演出によく使います。また、あるときは、部屋を暗くして、ろうそくの光の中での読み聞かせを見たこともあります。日本での本の読み聞かせは、なんだか寝る前とか、時間の間にする儀式のようなものの気がします。もう少し、演出を考えるとか、いろいろな工夫をするとかしないと、本があまり好きでない子に、本の面白さを伝えることはできないかもしれません。

高遠

 いろいろな地を訪れると、いつも不思議な因縁を感じます。今日は、明日、長野県飯田市で講演があるために、前泊で高遠に泊まっています。高遠は桜が有名で、かなり昔から知っている地ですが、今回改めて、宿の案内を何気なく見ていて、新しい事実を知りました。信州高遠は、700年来の歴史を持っている城下町です。
徳川家康の鷹狩に同行した内藤清成は、江戸西郊に70万平方メートルほどの土地を家康より拝領しました。100年ほど経ったころ、その内藤家の子孫である摂津富田の城主内藤清枚が、幕府から信州高遠城主(築いたのは、武田信玄です。)として移封することが命ぜられました。彼が、内藤家初代高遠藩主です。以来、内藤家は高遠藩主として、版籍奉還まで高遠を統治することになります。そして、家康から拝領した江戸の土地は、後には狭くなりますが、代々内藤家の下屋敷として使用されました。そのころ、甲州街道の第一宿、高井戸までは日本橋から距離があり、旅人は難儀していました。そこで、幕府に宿場開設の要望が出され、1698年、内藤家の屋敷の一部を用地として新しい宿場が開設されたのです。このようにして甲州街道の新しい第一宿、内藤新宿が成立しました。それが、今の新宿です。その縁で、昭和61年に新宿と高遠町は、友好提携を締結しました。現在、青少年から高齢者までの幅広い交流を続けているそうです。新宿300年記念事業開会式には、高遠町に伝わる伝統行事である「子供騎馬行列」を、高遠北小学校の5、6年生が披露しました。この高遠町子供騎馬行列は、当時の高遠藩主・保科正之公が出羽最上(山形)に移封される際、子供騎馬行列の用具一式を、高遠町大字藤澤荒町の貴船神社へ奉納していったのが始まりだそうです。
保科正之と聞くと、なんだか懐かしい気がします。中高時代に覚えた名前です。こんな名前を覚えても、何にも役に立ちません。というのも、世の中に出てから、一度も口にすることはなかったですし、何かに使った覚えもありません。しかし、今になって、各地を訪れたとき、その名前を知っていることで、よりその地が身近に感じられます。それが、生活に潤いを持たせる「教養」というのかもしれませんが、子どもの頃や若い頃は、「教養」では、飯が食えないと思っていました。しかし、それでは飯が食えないからこそ、人間の付加価値として必要なのだということが、年を取ってくると思いますね。この保科正之をテーマにしたNHK大河ドラマ化を高遠町では、以前からNHKに要請しているそうです。保科正之は、3代将軍「家光公」の弟で、7歳の時に高遠藩主「保科正光」の養子となり、21歳で高遠藩主となりました。その後最上藩の城主、さらに23万石の会津藩の城主になりました。そこで、時代を先取りした藩政を実行し、また家光の遺言で4代将軍「家綱」の輔弼として江戸に詰め、飲用水の無い江戸に玉川上水を開削、また明暦の大火災後の江戸復興など徳川300年の礎を築きました。(玉川上水沿いは、よく休みの日に歩きます。水は少ないですが、両岸は大きな木が茂り、とても気持ちのよい道です。)また、日本最初の国民年金制度の制定をしています。(身分男女を問わず90歳以上の者に1日につき玄米5合を給付しました。)今度、会津に行ったときにも、また会津の地の違う見方ができるかもしれません。

イエローカード

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 先日ドイツに行ったときに、夜、今年ワールドカップの開幕戦が行われるスタジアムの横を車で通過しました。日本では、1993年にJリーグが開幕しました。私は、あまりサッカーはよく知りませんが、Jリーグが開幕して初めて知った言葉の一つに「イエローカード・レッドカード」があります。イエローカードとは、サッカーの試合において悪質な反則、行為を行った選手に対して、審判が警告を宣するときに提示する黄色いカードの事です。かつては同様の警告・退場処分は主審の口頭によって行われていましたが、国際試合の多いサッカーでは言葉が通じないことがままあります。退場処分を下したにも関わらず、その意図が理解されずにプレーを続行する選手がいたというミスが生まれました。そこで見てすぐに理解できるようにカードが導入されたのです。単にイエローといって表すこともあります。他のスポーツ、たとえば、ラグビーや格闘技などにも同様に「警告」の意味付けで用いられることがあります。また「イエローカード」の語自体が一般化して「次に同じ事を行なえば何らかの措置をとる」というニュアンスを持って使われることも多いです。そこで、Jリーグが開幕した次の年に、私たちは、有志で開催した「乳幼児の世界展」のサブテーマを「イエローカードを出されないために」としました。そのポスターは子どもがイエローカード持っている絵です。内容は、「育児に負担を感じたり、イライラして子どもにあたったりしないためにどんな工夫があるでしょうか。」というものです。その展示を見に来た人へのプレゼントに「イエローカード」をあげました。それを、子どもにあげてもらうようにです。しかし、どうも、最近は、レッドカードを出される親が増えてきた気がします。サッカーにおいては同一ゲーム中に同一選手に2枚目以降のイエローカードが出された場合は、レッドカードを出されます。レッドカードは、サッカーの試合中、特に悪質な反則を行ったプレイヤーに対して審判が退場処分を言い渡す時に提示する赤いカードです。それが転じて、営業停止処分などを「レッドカードを示される」という比喩にも使われます。
反対に、親が子どもに対しての罰し方で、アメリカでの一般的なものに「タイムアウト」というものがあります。スポ?ツなどで休憩時間を取ったり、ゲ?ムを中断する時に、タイムアウトといいます。それと同じで、子どもがかんしゃくを起こしたり、悪さをやめない時などに、親が「タイム・アウト!」と言って、子どものやっていることを、そこで中断させ、個室(オモチャなどの置いていない退屈な鍵のかかる部屋が望ましい)に一定時間閉じ込めたり、部屋の隅や椅子に一定時間座らせるのです。年齢によってタイムアウトの時間は異なりますが、2才位では1?2分。4?5才からは5分位のようです。その時間が、子どもにもわかるように、砂時計とか、ベルのなるタイマ?をかけて、子どもの横に置くといいそうです。ただじっと何もせずに座らせられるということは、子どもにとって非常に苦痛なことですし、この数分の間に頭も冷やされるわけです。また、親もこの間に高ぶった感情を静めることができるので一石二鳥です。アメリカでは、公園などで、悪さをした子が、隅っこに座らせられているのを見かけることがよくあるそうです。タイムアウトが終わった後は、必ず、何が悪かったのかを、子どもに静かに言って聞かせることも大切です。
言ってわからない場合は、何か工夫が要りますね。

自発性

04年12月に公表された国際学力調査の結果のなかで、学習や職業に対して無気力な子どもが増えていることが指摘されています。確かに前回の調査でも、日本の子どもは、学ぶ意欲は、世界の中で最低でした。私は、少しぐらい学力が下がっても、そんなことは、本来の教育を求めていく過程では、長い目で子どもたちに真の力をつけるためには、たいしたことはないと思っています。しかし、意欲がないということは、大きな問題です。この「意欲」とか、「自主的」とか、「自発性」というものは、教えてできるものではありません。教えたり、やらせたりしたら、それは「強制」とか、「他発性」になってしまうからです。自発性を育てるためには、0歳児からの発達をきちんと捉えなければなりません。子どもは、乳児の頃に大人に保護され、養育される過程でその十分な相互作用の中で、人への信頼感と自己主体性を形成していきます。そして、愛情豊かな大人から愛され、守られ、信頼されることによって、情緒的に安定し、大人の期待に自らこたえようという気持ちが芽生えてきます。この主体的な活動が、発達するにつれて自発的な興味や関心を示して事物に働きかけたり、人とかかわろうとする気持ちになっていくのです。こうして、自分が主体となることで、自己の能動性に自信を持ち、言葉や思考力、自己統制力を発達させていくのです。その結果として、新たな態度や知識、能力をつけていこうとするのです。自主性だけでなく、道徳性も同様にして、きちんとした発達を遂げていく過程で生まれてくるものです。決して、教え込んだり、しつけと称した強制からは育っていきません。発達から育ってきた自主性は、学校教育の中で、学問に向けられていきます。それが、将来、働く意欲につながっていきます。幼児期での自主性の芽生えをきちんと保障しておけば、学問をするうえでは、自主性は、逆にその責任を自身に求めることによって、より強化されていきます。
 数学者のピーター・フランクル氏が、学生時代の思い出を、語っていました。
「ハンガリーでは、学校の授業は毎日昼過ぎまで。給食も選択性で、家で食べたい人は帰宅してもいい。学校で過ごす時間は日本よりずっと短いのですが、毎日口頭試問があるので、家で自主的に勉強します。日本では、多くの子どもたちは定期試験の直前以外では、家で本格的に勉強しません。でもハンガリーではそれでは間に合わない。毎日、授業の始めに先生が、名簿から3人指名して、前日の授業の内容に関する質問を出します。生徒は質問に対する答えを頭の中でまとめ、教壇の横からみんなに向かって2,3分かけて説明し、それを先生が採点するのです。これは、二つの面でとても効果的です。一つは、家で毎日自主的に勉強するようになること。もう一つは、自分の考えをうまく言葉にする訓練になることです。日本人の頭の中にはたくさんの知識が入っていますが、それを理路整然と並べて人に伝えることがとても苦手です。自分の考えを人に伝える力が付けば、人生のあらゆる場面で役に立ちますし、外国語力も飛躍的に伸びて行きます。」
 ずいぶんと厳しいような気がします。しかし、やはり勉強というものは、厳しいものであるのかもしれません。それに耐えることができるのは、きちんとした乳幼児期での大人とのかかわりにあるのです。

焼きうどん

私は、食べ物に対して特に好き嫌いはなく、わりと何でも美味しく食べることができます。しかし、私が「好きな食べ物は?」と聞かれてよく答えるものに、「焼きそば」というのがあります。しかし、焼きそばといっても、様々な味付け方、麺の種類、麺の硬さなどがあります。好きな種類は、よく子ども会の活動で、川原で、大きな鉄板で、多くの人数分を、強い火力で作った味が美味しいですね。それは、子どものころから、縁日やお祭りの屋台で食べたり、浅草の近くに住んでいたために、下町の味がするからでしょう。最近は、塩焼きそばも多いですが、私は、なんと言っても「ソース焼きそば」がいいですね。そして、子ども会で作った焼きそばの特徴は、肉を入れないで、揚げ玉を使うことです。肉は、高くて使えないということもありますが、揚げ玉で脂分はでますし、揚げ玉にソースがしみ込むと、なんとなく肉の味がします。いまは、焼きそばというと、日本では全国的に普及している一般的なメニューですが、本当は、中華料理の焼きそばが日本で独自の発展をとげた麺料理です。戦後、闇市の屋台で生まれたとされています。また、近年、秋田県横手市(横手焼きそば)・群馬県太田市(太田焼きそば)・静岡県富士宮市(富士宮焼きそば)が、「焼きそば」を名物に位置付けて地域振興を図っています。また、焼きそばをホットドックに使用するパンにはさんだ「焼きそばパン」も、調理済みパンとしては定番商品ですね。また、モダン焼き(広島風お好み焼き)の中にも焼きそばを入れます。今回、ドイツに行くときに、現地で日本の味が恋しくなり食べたくなるものとして私が持っていったのは、「カップ焼きそば」です。これは、面白いですね。全然、焼かないのに焼きそばです。しかも、他のカップ麺は、「お湯を入れて○分待つ」というものですが、焼きそばは、麺をお湯でもどしたあとに「お湯を捨てる」ので、ずいぶんとトラブルが多いと聞きます。(お湯を捨てないでソースを入れてしまうとか、お湯を捨てるときにふたがきちんと閉まっていないで、麺も流しに捨ててしまうとか)それにしても、よく考えたものですね。
今日訪れている小倉は、学校では習いませんが、なんと「焼きうどん」の発祥の地だそうです。終戦直後、小倉市(現北九州市小倉北区)の「だるま堂」の店主が、関西で流行りの焼きそばを作ろうと思ったのですが、物資不足の折、中華のそば玉が手に入りません。そこで、代わりに干しうどんをゆがき、焼いて出したところ大好評だったのが始まりと言われています。その後、焼きうどんを出す店が小倉から各地に広がっていきましたが、他の地域ではゆでうどんを使う店がほとんどです。小倉焼きうどん研究所というものがあるらしいですが、そこでは、元祖焼きうどんへの敬意と文化の重要性の認識を促すために、小倉発祥焼きうどんの定義を掲げています。1、乾麺を使用するべし 2、キャベツは若松産であるべし 3、豚肉はバラ肉であるべし 4、玉葱はその甘みを引き出すべし 5、秘伝のソースは良く研究するべし 6、削り節はアジ、サバ節を使用するべし  7、小倉地酒で香り豊かに仕上げるべしとあり、そのうち五項目は必ず取り入れことが決められています。食べ物ひとつでも、こだわる人は、許せない範囲があるのですね。
私が今提案をしている保育にも、定義を決めて、こだわってみたいですね。絶対に抜けてはいけない定義は、「こどもを優先して考えるべし」でしょうか。

 ドイツの哲学者ニーチェは「強者は、嘘をつかない」と言っています。堺屋太一氏は、「織田信長は弱くて不安定なときには大嘘つきだった。しかし、武田信玄が死んだ頃から自信に溢れ、何事にも率直に表現するようになった」と分析しています。渋谷昌三氏の「人はなぜ ウソをつくのか」という本を興味深く読みました。まえがきにこう書いてあります。「信長が若いときに悪用したウソは、明智光秀の猜疑心をあおり、本能寺での謀反劇の伏線となった。強者は嘘をつかないのか、嘘をつく必要がないのか、それは定かではないが、弱者だったときのウソが命取りになることを肝に銘じておきたい。」この言葉が実感として感じるのは、最近のライブドアの堀江の一連の報道の中で、堀江やその社員のやっていたことや、昨今の話題の「ガセネタ」騒ぎを見聞きするからでしょう。(「ガセネタ」騒ぎというのは、本当は使い方が間違っています。どうしてかというと、ガセの語源は「お騒がせ」の「がせ」で、本物ではないのに人騒がせな物ということから、「偽物」の意味となったといわれているので、ガセ自体にお騒がせという意味があるからです。)
 今回ドイツに行って、日本ほど人間関係を大切にする国はないと思うようになりました。しかも、その関係の奥ゆかしさや、相手を大切にする気持ちなどは、すばらしいものがある気がします。たとえば、自分のことを表す言葉は日本語には、300種類以上あるそうです。相手によって、呼び方を変えます。それに比べて、英語では、1種類(I)しかありません。すごい違いですね。それに比べて、嘘という言葉は、英語表現のほうが多い気がします。(lie,deception,cheat,fraud,fake,sham,swindle,charlatan,fib,trick)ウソの手口や目的によって言葉が違うようです。これは、アメリカなどは、契約社会なので、うそをつくことは重大な意味があるからのようです。また、日本では、人間関係を大切にする現われとして、あいまいな言い方が許され、好んで使われるからのようです。これも面白いですね。人間は、少しずつウソを学んでいくのでしょう。渋谷氏の本の1章の中で、ウソはついてはいけないと教えられるにもかかわらず、「子どもはどうやってウソを覚えるのか」が書かれています。そこには、「ウソをつく行為は、後天的に学習するものであり、その師となりモデルとなっているのが、ウソをついてはいけないと説いている当の大人たちである。」とあります。また、河合隼雄氏は、「子どもを心ならずもウソつきにしてしまうのには、学校の先生も一役買っている。」と指摘をしています。こんな例が出されています。「学校の先生は、「嘘をついてはいけません」と言いながら、実際に子どもが何か説明しようとすると、「生意気言うな」というような形で、子どもの発言を封じ、嘘をつくように仕向けているところがある。」また、よく使われるのが、「正直に言ってごらん。決して叱らないから」といわれて正直に話すと、やはり小言を言われるか、お説教をされてしまいます。子どもにしてみれば、叱られたのと変わりません。正直に言うことはやめようということになります。私も、保育者の言葉の中で、気になる言葉があります。「こんなこと、していいと思っているの!」という言葉、文章に書くとわかりますが、最後には、「?」がつかないで、「!」が付きます。ですから、こどもは「うん」とは言いにくく、「ううん」と答えます。すると、「じゃあ、なんでやったの!」と言われてもねえ。この言葉は、質問ではなく、脅迫ですよね。

ゆとり

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ザルツブルグのシュタイナー学校
 今日は、ドイツの視察研修から帰ってきました。ドイツでも、日本同様、とても少子化が進んでいます。しかし、今回の数箇所の視察と、ミュンヘン市学校局幼児教育施設部部長さんの話の中では、少子化と言う言葉は聞きませんでしたが、少子時代の中での環境の変化、特に地域の環境、親の存在、子ども同士のかかわりが変わってきていること、特にそれにプラスして、多国籍の子の増加が、幼児教育、学校教育、放課後の過ごし方など子どもを取り巻く様々な課題に試行錯誤しているようでした。一昨日視察研修したところは、オーストリアのザルツブルグにあるシュタイナー学校でした。以前、ブログで紹介した「オランダの教育」という本の中に、オルタナティブ教育のひとつとして紹介されています。「オランダで行われているオルタナティブ教育の主なものは、「モンテッソリ教育」、「ダルトン教育」「イエナ・プラン教育」「シュタイナー教育」「フレイネ教育」の五種類である。モンテッソリ教育では、読み、書き、計算を教えるのに、子どもたちが実際に手に取って触れることのできる具体的な教材を作り、先生が刺激を与えることによって、子ども自身が発見しながら学ぶことを重視している。ダルトン教育の、子ども自身が自分で決めた時間割を実行する、というやり方には、子どもの内発的な要求、自発性の尊重が見られる。ダルトン教育では、さらに、課題を達成する、先生との約束を守る、という責任を強調している。フレイネ教育が強調しているのも、子どもの積極性、自立性、好奇心である。自分の考えていることを言葉にして文章として表現することは、子どもが自分で自分の意見や観察を自覚することにつながっている。シュタイナー教育でも、個々の子どもの自発的な発達を大変重視している。」様々な教育の形がありますが、共通する内容が見えてきます。どの国でも、時間割は「ゆとり」がありますし、土、日は休み、夏休みは多く、ドイツでは、午前中で授業は終わり、塾などはないといいます。しかし、「ゆとり」とは、「休むときは、きちんと休む」ということであり、授業は厳しく、内容もとても高度なことをやっていました。なんだか、日本でのゆとりは、「楽に授業をする」とか、「楽に学校生活を送る」という気がします。学問とは、それほど甘くないということで、落第もあります。自分できちんと責任を持つ「自発」「自立」が中心です。日本では、「ゆとり」から「言葉の力」へかわろうとしています。約10年ぶりに全面改訂される次期学習指導要領に、学校のすべての教育内容に必要な基本的な考え方として、「言葉の力」を据えようとしています。文部科学省が近く、中央教育審議会の部会で原案を示しますが、「言葉の力」は、確かな学力をつけるための基盤という位置づけです。学力低下を招いたと指摘を受けた現行指導要領の柱だった「ゆとり教育」は事実上転換されることになります。しかし、人生には、「ゆとり」が大切です。ゆとりから何かが生まれ、次への活力になります。確かに。言葉の力は大切ですし、それを教育の基本にすることには賛成です。しかし、それが、ゆとりにかわるものではなく、人生に「ゆとり」と「うるおい」を与えるために、どのように「ことば」を学んでいけばいいのか、どのようにそれを使いこなす能力をつけていけばいいのかを考えて欲しいと思います。世界の教育の変化を見たときに、日本の変化は、なにかおかしい気がしないではありません。