携帯電話

 今日から、JRの改札口が、携帯電話で通れるようになりました。携帯電話が、人と話をする電話であるという時代は、とうに、過去の話になってしまいました。私の財布には、いろいろなカードが入っています。その中で、乗り物関係のものが多くあります。その代表格は、「スイカ」と呼ばれるカードです。「Suica(スイカ)」 とは、JR東日本の出改札システムで使用されるICカードの総称です。「Super Urban Intelligent CArd」の頭文字をとって名づけられています。もちろん、音から、“スイスイ行けるICカード”という意味があるのは、誰もが気がつくことですね。よく言われるこの「ICカード」のICとはIntegrated Circuit(集積回路)の略であり、プラスティックカードにICチップを埋め込んだカードの略称です。このICを使う前は、「イオカード」とか、「オレンジカード」を使っていました。今、このカードの使えるエリアは、首都圏エリア、仙台エリア、新潟エリア、近畿圏エリアです。ずいぶんと広範囲になったものです。次によく使うカードは、「パスネット」というもので、首都圏の22の鉄道の乗り降りができます。たとえば、小田急、京王、京成、京急、東京メトロ、都営地下鉄などですので、よく使います。その次によく使うのが、「バス〈共通〉カード」というカードで、東京・神奈川・埼玉・千葉の一都三県に路線を持つ主なバス事業者で共通して利用できるバスのカードです。同じようなカードが、関西エリアにもありますね。「イオカード」に相当するものが、「イコカカード」というもので、JR西日本のICカードです。イコカとはIC Operating CArdの略とのことですが、いかにも関西らしい「行こか!」という雰囲気が出ていますね。「パスネット」に相当するものが、関西の私鉄のほとんどを網羅している「スルっとKANSAI」というカードです。それぞれ、ネーミングが面白いですね。なんとなく、関西らしさがあり、その気質や正確が出ている気がします。改札を通り抜けるのに、関東は「すいすいと抜け」関西は「行こうか」と通り抜け、関東は改札口を「パスする」のを、関西では、「するっと抜ける」という感覚は、面白いですね。
 しかし、それらのカードは、次第に携帯電話の中にすべて入っていきそうです。便利でいいのですが、ネーミングが、「携帯電話」では、変ですよね。まあ、「モバイルSuica」とは言うのですが。ほかにも、「おさいふ携帯」というのもあります。携帯電話で、ものが買えたり、自動販売機から飲み物が買えます。財布は、もう要らなくなります。あと、飛行機のチケットの購入と、チェックインができます。そのほか、宿泊地などの予約、辞書代わりにいろいろなことを調べる、音楽を聴く、ラジオを聴く、今いる場所がわかる、子どものいる場所がわかる、ビデオ、写真を撮る、声を録音する、計算をする、メモ帳、予定を記入するカレンダー、もう際限がありません、もうすぐ、日本語を英語に翻訳をするなども、簡単にできるようになるかもしれません。機械でできることは、すべて、あの小さな機械で可能になります。しかし、英語を話せるようになっても、どんなに進んでも、話す内容は考えてくれません。人格ももつことはできません。善悪を判断することはできません。英語を早くから教えようとしていますが、英語が話せるようになったとき、その英語で、何を話すのでしょうか。話す内容は、人間が考えるしかないのです。

携帯電話” への5件のコメント

  1. このブログが2006年、このときからもかなり携帯電話は進歩しましたね。改めて振り返ってみると、その進歩の速さには驚かされます。スマートフォンの登場によって、それだけでできることがかなり広がっています。ではそのスマートフォンをうまく使いこなせているかというと、もしかすると振り回されているかもしれないというのが正直な思いです。人にしかできないこと、人がしなければいけないことをやめてしまったり、そのことによって関わりが薄くなってしまうことは、十分に注意を払う必要がありますね。

  2. 携帯電話が利用できる幅は、本当に広がりましたね。そうなった時困るのは、携帯電話を失くしてしまったら何もできなくなることです。また、それに依存してしまうことで、人とのコミュニケーション不足の要因になってしまうことが危惧されます。いくら携帯電話が発展しても「話す内容は考えてくれません。人格ももつことはできません。善悪を判断することはできません。」というように、本当の意味で、人がどんなことで人とつながり人として生きてこれたのかをしっかりと理解しなくては、1日のほとんどを、人が携帯電話とにらめっこをしている様子がほとんどになってしまいますね。

  3. PASMOとICOCAを持っていますが、あれを使って改札を通り抜けた時には「おおスマート!」と少し感動したのを覚えています。残金があってもいろいろなお店でカードを使って買い物をすることができるので、地方にいる人間にとってはありがたい機能でもあります(ほとんど使うことはありませんが)。携帯電話の進化はすごいですね。自分のその進化を楽しんでいる人間ではありますが、必要以上に入ってくる情報に自分のペースを乱してしまうこともあります。ですので、意識して、SNSから距離を置いてみたりということをしていたりします。携帯電話を使う側の人間はそう簡単に進化や適応をすることができないと思うので、自分で意識しておかなければいけませんね。私は使っているというより、使われているという感覚の方が近いのかもしれません。

  4. 私は相変わらずスイカカードです。先日、藤森先生との出張の際、前を行く先生がスマホを取り出し、改札のタッチパネルにスマホをタッチさせ、改札を出て行く姿を見て、おぁ、カッコいい、と単純に思いました。また、飛行機に搭乗する時、私などは二次元バーコードをかざしてゲートをくぐるのですが、私の前の客は携帯電話をかざしてするっとゲートを通過していました。これも、ステキ、と思いました。ここ数日間で私の目に焼き付いていたことですが、今回のブログ、今から8年前のブログには「今日から、JRの改札口が、携帯電話で通れるようになりました。」とあります。これを読んで、なーんだ、8年前から携帯で改札が通れていたんだ、と思い、私は何と文明から取り残されていることか、と哀れに感じたところです。ICカードの名前、実に楽しいです。最近では、スイカで日本全国あちこち行けるようになり、これまた便利になりました。私自身、カードというものをあまり使いこなせないというか、基本現金決済人間で、どうも時代遅れな感じがします。まぁ、カードなど使うと、一体自分にいくらお金があるかもわからず際限なく使ってしまいそうなところもありますから、カードはそこそこに、というのが私にはあっているようです。

  5. 先日何かの記事で人口知能の限界について掲載されていました。例えばコンビニエンスストア、トイレ掃除などは人口知能はできないそうです。ヒトとの共存が前提となっている話ではありますが、この度のブログを読むと、ヒトがヒトらしく在る、そのことについてこれから先も恐ることなく邁進していけばいいということを言っていただいているような気がします。便利さをこれからも求め続けるヒトは、その中でもヒトとして生きていくことを余儀なくされるでしょう。物質的な豊かさの果てに求められる心の豊かさを追い求める日々に、ゴールは設けてもらえないものなのかもわかりません。

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