赤ちゃん

千歳に行って思いましたが、前回の支笏湖にしても、ウトナイ湖にしても、アイヌ語から来ている地名が多いですね。北海道では、言葉だけでなく、アイヌ文化のすばらしいことに出会うことが多くあります。たとえば、赤ちゃんのことをこんな風に書いてある絵本があります。「ヘカッタラ シノッ」という絵本で、ちむらまさる氏の作です。この絵本は、子どもたちが日々の暮らしのなかで、親の愛に見守られ、友だちと遊び、自然の中でいろいろな体験をすることで成長していく姿を紹介しています。いつの時代にもその本質は変わらないことを本書は表現しています。本書の題名の「ヘカッタラ シノッ」は、アイヌ語でヘカッタラは「子どもたち」、シノッは「遊び」という意味です。
「アイヌのひとたちは むかし あかちゃんを べちゃべちゃウンチ なんて よんだんだ。 かわいくて きれいなものが だいすきな びょうきの かみさまが あかちゃんに ちかづかないようにね。」
 乳幼児の死亡率が高かった時代、赤ちゃんの健やかな成長を願ってわざと汚い言い方で呼びました。赤ちゃんを守るために、かわいくてきれいなものに近づこうとする神さまは、臭くて汚いものが大嫌いだという世界観があり、「言葉の力」で病気を寄せつけまいとした愛情の表れだといわれています。そして、なまえも、5、6歳になったころにその子の個性にちなんでつけていましたが、体の弱い子の場合わざわざ汚い名前をつけたといわれています。
世界では、乳児に対していろいろな呼び方をしています。姿を現したり、様子を表したり、願いを表したりして呼びます。たとえば、「赤ちゃん」の語源は、新生児の皮膚の色が赤く見えることによるといわれ、「赤ん坊」や「赤子・赤児」も、皮膚の色に由来するといわれています。しかし、それほど赤くはないですね。ですから、赤ちゃんと言う理由としては、「赤」は、夜が「明ける」から来ていて、朝になって昇ってくる太陽からくる「純粋で穢れの無い」「生まれたて」「始まり」というイメージと、太陽=「赤」という印象が結びついたものだという説があります。また、「赤の他人」や「真っ赤な嘘」などの「赤」も語源は同じと考える説もあり、これは、「赤」には、「何も無い、全く無い」という意味がある、というものです。ほかにも、仏前に供える浄水を意味する梵語(サンスクリット語)の「アルガ」にある、ともいわれています。この「アルガ」は漢字をあてると「閼伽(あか)」、英語に転じて「aqua-アクア」となっていますが、どうやら「空」という意味も持っていたようです。どれが本当かわかりませんが、こんな面白い呼び方もあります。飛騨の民芸品に「さるぼぼ」という人形がありますが、これは、飛騨の言葉で「ぼぼ」は赤ちゃんという意味で、サルの赤ちゃんに似ていることからこう呼ばれています。災いが(さる)、家庭(えん)満などの願いがこめられています。色であらわすと、みどりご(緑児)と呼ぶこともあります。これは、「新芽のような子」という意味で、生まれたばかりの子をさしました。ちなみに、英語のインファント[infant](フランス語ではアンファン)は、「話せないもの」(unable to speak)という意味から出ているらしいです。どちらにしても、何もできないとか、話せないとかという言葉に比べて、アイヌの言葉のように守ろうという意味がある言葉はいいですね。