心の灯

 先週の土曜日の朝日新聞「be」に宇宙飛行士の野口さんが特集されていました。彼の7歳のときの誕生日に、飛行機を手にしてうれしそうな顔をしている写真があります。そして、高校に進学したとき、スペースシャトルの打ち上げをテレビで見て、3年生のときに「宇宙からの帰還」(立花隆著)と出会い、宇宙飛行士を目指します。人は、生まれついて、何か心に響く分野があります。しかし、それに出会い、それを職業にできる人は、とても少ないような気がします。もし出会えたら、その分野で大成する気がします。
 「私は泣き虫のくせに乱暴で、人と仲良くすることができなかったので、他の人と遊ぶことは苦手であった。いつの頃からか、私は土蔵の中へ入って、一人で遊ぶことが多くなった。」こうして、土蔵で遊んでいるうちに、将来に影響するあるものと出会うのです。天井から吊り下げてある紐を引っ張って、土蔵の中に光が差し込んだとたんに、「複雑に打ち砕かれたそれらの宝石は、光の中できらきらと反射しあって、意思の奥に秘められた神秘な世界を惜しげもなく私の目の前にあらわしていた。いったいこれはなんだろう。私はこの不思議な石に、すべてを忘れて夢中になった。わたしはそれをこっそり持ち出して台紙から切り取り、そろえて並べたり、口へ入れてなめたり、夜はフトンの中へ持ち込んで寝た。とがった先端で皮膚をつっついてみると、くすぐったいような、とてもいい気持ちであった。」
 これは、遺跡の石矢じりだったことが後でわかります。そして、そんなものを好きになってはだめだと父親にしかられ、お灸をすえられますが、どうしてもその魅力に勝てず、涙でお灸が消えたほどだったそうです。この本を読んだときに、こんなものに出会えるのをうらやましく思ったものです。この本は、藤森栄一氏「心の灯 考古学への情熱」で、昭和46年にサンケイ児童出版文化賞を受賞しています。(私と同じ姓ですが、特に親戚ではありませんが、私の先祖が同じ郷里です。)彼は、アマチュアであるが、素人ではないと言っている様に、最後まで在野での考古学者です。小さいうちから、こんなにも惹かれた考古学なので、他の本にもとてもいい言葉があります。
『考古学とともに―涙と笑いの奮戦記―』の中には、「友にいってやりたい。なに、こんな迷った奴もいるんだよ。あせることも、あきらめることもないんだよ。君のその少年期につけた心の灯を消さぬように、ともしつづけていけばいいんだよ、と。疲れたら休めばいい。苦しければ中絶したって、心の灯に油を忘れさえしなければね」
『かもしかみち』では、「深山の奥には今も野獣たちの歩む人知れぬ路がある。ただひたすら高きへと高きへと、それは人々の知らぬけはしい路である。私の考古学の仕事はちょうどそうした、かもしかみちにも似ている。」といっています。
「いいんだよ。ゆっくり休んでいこう。どんな廻り道だって、人生に無駄だったなんてことは一つもないんだ。一度ともした灯を消しさえしなければね。」『かもしかみち以後』『心の灯』より
 私も、今、心の中にともされた灯を大切に、あせらずに、確実に進んでいこうと思っています。