言わなくてもわかる?

 明日から2月です。毎月、園便りを発行していますが、そのなかで、わたしは、「巻頭言」を担当しています。そこには、私の考え方、感じたことを書いています。最近、日本の文化の中で、少し変わってきたと思うことに、「言わなくてもわかる。」とか、「子どもは、親の背中を見て育つ。」ということがあります。この言葉には、少し、甘えがある気がします。「察する」ということはとても大切な能力ですが、やはり伝わっていないと思えば、きちんと、言わないとだめだと思います。以前、こんなことがありました。園に入園してくる保護者の皆さんは、当然、園の考え方、園の方針を理解し、それに賛同してくださっていると思っていました。ある年、各クラス保護者会が始まる前に、全体に向けて、園の方針を話しました。すると、何人かの保護者の方に、「話を聞いて、本当によかった。」とか、「園の考え方がわかりました。」とか、「感動しました。」という声を聞いて、考えてしまいました。ということは、それまで、園の方針をあまり知らなかったのだということです。この園を選び、評判がよいといううわさがあっても、具体的に説明しないとわかっていなかったのです。ショックだった感想にこんなのがありました。子どもたちが、生活の中で、友達との関係からいろいろなことを学び、そして、時にはトラブルを起こし、泣いたりすることがあります。それを、保育者が見守りながら、子どもの成長を支えているのだということを、具体的な例から話した時です。「園は、ただ、子どもを泣かせているのではないということがわかって、本当によかったです。」という感想をもらいました。ふと、今までは、園は、ただ子どもを泣かせているのだと思っていたのだろうかと思ってしまいました。それ以後、参加者が少なくても、毎年、きちんと方針を説明することにしていますし、毎月の巻頭言で、園の考え方をお伝えしています。
 同じように、バブルの頃は、父親たちはとても忙しく、妻のこと、子どものことにかまってやれませんでした。しかし、自分が一生懸命に働いている後姿を見れば、わかるであろうと思っていた頃がありました。しかし、気がついてみると、夫婦間、親子間の気持ちにずれが起きてきてしまっています。きちんと、前を向いて、話をしないとダメだったのです。結局は、忙しいという言葉に甘えてしまってきた気がします。今の時代の、少子化、育児の伝承、若者の働く意欲、それらの問題点は、「言わなくてもわかる。」という甘えに一因がある気がします。医療のなかで、インフォームド・コンセントということが言われています。「説明・理解」と「同意」ということですが、どちらが欠けても成立しません。しばしばこの点は誤解されるようです。「お医者様に全部お任せします」といって十分な説明を受けない態度や、「十分に医師・歯科医師として説明は行った」として半ば説得して「同意」させる態度がありますが、これらは不十分だと言われています。子どもとの関係でも、親は、まず、きちんと説明をする必要があります。園と、保護者との関係でもそうです。また、説明だけでなく、「話したから、いいでしょ!」とか、「子どものことは、とやかく言わないで、任せなさい。」というのも違います。きちんと、こちらの考え、内容を伝え、同意を求めていかないとならないのです。保護者のほうでも、ただ、要求だけを伝えたりすることが多く見られます。今、双方にそのような文化が育っていない気がします。

ピグマリオン

 今日は、近くの医院に行きました。私は、少し血圧が高いために、定期的に計ってもらっています。最近は、肥満気味なので、高いとも言われますが、若い頃から高いので、生まれつきとか、遺伝とか言われています。でも、自分では、意外と精神的かなと思うところがあります。あるとき、血圧が高いと言われました。そうすると、その後、血圧を計るときに、「高いと、どうしよう。」と、どきどきしてしまいます。看護師さんに、「深呼吸して!」とか、「ゆったりとして!」といわれても、余計どきどきしてしまうのです。「がんばれ!」と励まされると、余計に落ち込んでしまうのと似ているのかもしれません。私は、かつて、内蔵を悪くしたことがあって、毎年、胃カメラを飲んでいたことがありました。胃カメラは、私は苦手で、どうしてもゲーゲーしてしまいます。ある年、検査に行って、控え室で喉をうがいしていました。これは、喉を麻酔して、少しでも刺激をなくそうというものです。今日は、ゲーゲーするのをよそうと、一生懸命に、丁寧にうがいをしました。しばらくして、検査室から看護師さんが、名前を呼びました。そのときに、自分で、予期しない、びっくりしてしまったことが起きました。なんと、検査室の戸をあけて、部屋の中に一歩入った瞬間にゲーゲー始めたのです。まだ、何も、検査をしているわけでもなく、喉に何も入れているわけでもないのにです。そのとき、小学校の教員時代のある出来事が思い出されました。給食のときに、ある子が目の前の野菜に手をつけていないので、私が「あれっ、野菜、食べないの?」と聞いたところ、突然、ゲーゲー始めました。私は、「先生は、無理に食べろなんて言わないのだから、わざとらしく、ゲーゲーしないでよ。」と言ったのを、思い出したのです。「あの時は、わざとではなかったのだ。私が声をかけた瞬間、喉が食べたと思って、その反応をしただけなのだ。」とわかったのです。私の検査の日も、部屋に入ったとたん、喉に胃カメラを入れられたと思って、そのときの反応をしたのです。人の体って、本当に不思議ですね。子どもが学校に行きたくないと思うと、本当に熱が出たり、おなかが痛くなることもあります。逆のこともあります。「ピグマリオン効果」といわれているものです。アメリカのローゼンタールという人の実験結果から、期待することによって、相手もその期待にこたえるようになる、という現象をいいます。ピグマリオンという名前はギリシア神話から取っています。ギリシャ神話のキプロスの王、ピグマリオンには女性忌避症があり、俗世の女性を愛することはできないと考えました。それで象牙で理想型を彫刻をつくり、それをこの上なく大切にし、彫刻が人間であってほしいという夢を見るようになりました。そして、美の女神アフロディテに彫刻像の女性を妻として迎えられるようにしてほしいと切実に祈ったところ、女性像が呼吸を始め、この女性と結婚し、娘も生まれ、彼の女性観も変わったという話です。ここから「ピグマリオン効果」という言葉が出ました。このような効果が起こる理由として、ローゼンタールは、人は常に相手の期待に対し最も敏感に反応するから、と説明しています。この実験は後に、その実験内容に不備があるという指摘がなされたため、この実験結果をそのまま信じることはできませんが、私は、子どもに対して期待をもち、その子の長所を伸ばそうという温かい態度で接していれば、子どもも自分にあった望ましい方向に伸びていく可能性はあるように思います。もう少し、子どもを信じて、待っていてあげる必要があるのかもしれません。

江戸東京博物館と国技館

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 今日は、久しぶりに、都内を散歩しました。もらったチケットがあったので、久しぶりに「江戸東京博物館」に行きました。この江戸東京博物館は、失われつつある江戸東京の歴史遺産を守るとともに、東京の歴史と文化を振り返ることによって未来の東京を考えるために設立された博物館です。しかし、下町の景観を損ねたうえに激しいビル風との批判も受けています。また、バブル期に計画されたため維持費用も膨大で、都の持ち出しも多いので、「こんな物はつぶしてしまえ!」と石原都知事が言いましたが、実際に見学したところ、これは、大切だということで、残ったことで有名です。この建物の設計は、菊竹清訓氏によるものです。彼は、福井県の久留米出身ということで、久留米市役所の設計を手がけ、一度その地に行ったときに案内をしてもらいました。(あの携帯電話のような建物です)この江戸東京博物館は、高床式の倉のイメージで設計されたと言われています。ここで、今、大河ドラマ『功名が辻』特別展『山内一豊とその妻』という企画展をやっているので、それを見に行ったのです。
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 この建物は、その隣り合わせにある、両国国技館との調和を考えて設計されたとも言われています。今は、国技館というと両国を思い浮かべる人が多いのですが、私は、「蔵前国技館」のほうを思い浮かべます。というのは、私の出身幼稚園は、蔵前でしたし、小学校の運動会は、蔵前工業高校のグラウンドで行っていたというように、蔵前の近く、鳥越で育ったからです。大相撲は、まさに「栃若(栃錦と若乃花)時代」でした。そして、若乃花が優勝すると、優勝パレードを住んでいた場所の近くを通ります。蔵前国技館から、中野の相撲部屋に帰るのに、蔵前通りを通るからです。よく見に行きました。もともとは、国技館は、明治42年(1909年)に両国に開館しました。しかし、それまでは、勧進相撲の開催場所として、蔵前八幡・深川八幡・本所回向院・神田明神など決まっておらず、天保年間に本所回向院が定場所となりました。そして、江戸中を巡って興行を行っていた江戸相撲も民衆が集う両国で頻繁に行われるようになったのですが、雨雪などで順延になることも多かったため、日本銀行や東京駅などの設計で有名な辰野金吾氏と葛西万司氏との設計で両国国技館が建てられました。しかし、第2次世界大戦の戦局が悪化してくると両国国技館は軍部に接収されてふ号爆弾(風船爆弾)の工場として使われ、空襲で焼け落ちてしまいます。そして、戦後、進駐軍に両国を追われた後、蔵前に国技館を建設したのです。蔵前の地は古くから相撲との係わりが深く、江戸時代に蔵前神社(蔵前八幡)で勧進相撲が催行されていました。この蔵前では、栃若時代だけでなく、大鵬と柏戸の「柏鵬時代」、輪島と北の湖の「輪湖時代」、千代の富士時代柏鵬時代と数多くのドラマを提供しました。しかし、老朽化のため、昭和59年9月の千秋楽を最後に35年にわたる歴史の幕を閉じたのです。ここでは、相撲だけでなく、プロレス興行も行われ、最後の対戦は、「アントニオ猪木対長州力(長州小力ではありません)」で、アントニオ猪木のフォール勝ちでした。あの伝説のキャンディーズも蔵前国技館でコンサートを開催したことがあります。そして、今の新両国国技館が、両国駅をはさんで旧両国国技館と対称の位置にある旧国鉄の用地に建てられたのです。なんだか、あのあたりは、私にとって、「ALWAYS 三丁目の夕日」です。

携帯電話

 今日から、JRの改札口が、携帯電話で通れるようになりました。携帯電話が、人と話をする電話であるという時代は、とうに、過去の話になってしまいました。私の財布には、いろいろなカードが入っています。その中で、乗り物関係のものが多くあります。その代表格は、「スイカ」と呼ばれるカードです。「Suica(スイカ)」 とは、JR東日本の出改札システムで使用されるICカードの総称です。「Super Urban Intelligent CArd」の頭文字をとって名づけられています。もちろん、音から、“スイスイ行けるICカード”という意味があるのは、誰もが気がつくことですね。よく言われるこの「ICカード」のICとはIntegrated Circuit(集積回路)の略であり、プラスティックカードにICチップを埋め込んだカードの略称です。このICを使う前は、「イオカード」とか、「オレンジカード」を使っていました。今、このカードの使えるエリアは、首都圏エリア、仙台エリア、新潟エリア、近畿圏エリアです。ずいぶんと広範囲になったものです。次によく使うカードは、「パスネット」というもので、首都圏の22の鉄道の乗り降りができます。たとえば、小田急、京王、京成、京急、東京メトロ、都営地下鉄などですので、よく使います。その次によく使うのが、「バス〈共通〉カード」というカードで、東京・神奈川・埼玉・千葉の一都三県に路線を持つ主なバス事業者で共通して利用できるバスのカードです。同じようなカードが、関西エリアにもありますね。「イオカード」に相当するものが、「イコカカード」というもので、JR西日本のICカードです。イコカとはIC Operating CArdの略とのことですが、いかにも関西らしい「行こか!」という雰囲気が出ていますね。「パスネット」に相当するものが、関西の私鉄のほとんどを網羅している「スルっとKANSAI」というカードです。それぞれ、ネーミングが面白いですね。なんとなく、関西らしさがあり、その気質や正確が出ている気がします。改札を通り抜けるのに、関東は「すいすいと抜け」関西は「行こうか」と通り抜け、関東は改札口を「パスする」のを、関西では、「するっと抜ける」という感覚は、面白いですね。
 しかし、それらのカードは、次第に携帯電話の中にすべて入っていきそうです。便利でいいのですが、ネーミングが、「携帯電話」では、変ですよね。まあ、「モバイルSuica」とは言うのですが。ほかにも、「おさいふ携帯」というのもあります。携帯電話で、ものが買えたり、自動販売機から飲み物が買えます。財布は、もう要らなくなります。あと、飛行機のチケットの購入と、チェックインができます。そのほか、宿泊地などの予約、辞書代わりにいろいろなことを調べる、音楽を聴く、ラジオを聴く、今いる場所がわかる、子どものいる場所がわかる、ビデオ、写真を撮る、声を録音する、計算をする、メモ帳、予定を記入するカレンダー、もう際限がありません、もうすぐ、日本語を英語に翻訳をするなども、簡単にできるようになるかもしれません。機械でできることは、すべて、あの小さな機械で可能になります。しかし、英語を話せるようになっても、どんなに進んでも、話す内容は考えてくれません。人格ももつことはできません。善悪を判断することはできません。英語を早くから教えようとしていますが、英語が話せるようになったとき、その英語で、何を話すのでしょうか。話す内容は、人間が考えるしかないのです。

ザルツブルグ

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 今日は、ヴォルフガング アマデウス モーツアルトの250歳の誕生日です。というより、生誕、250年です。彼は、1756年1月27日、ザルツブルグに生まれ、1791年12月5日、ウィーンでなくなりました。ザルツブルグに生家と、幼少期に過ごした家が残っています。その家が今は、記念館になっています。私は、4年前にそこを訪ねたことがあり、また、来月行く予定です。といっても、目的地は、そこではなく、有名な建築設計士であるイエンス・ペータース氏の設計によるシュタイナー学校を見るためです。
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彼は、建築デザインと工業デザインの融合を提案しています。シュタイナー学校の建築設計、及び車両デザイン(ICE、IRなど)のヨーロッパにおける第一人者です。子どもの成長こそ、学校建築における機能の内実であるという確信から、シュタイナー学校が建築されたこと、車両デザインに有機体の思想の欠如しているという意識に基づいて、インターレギオ車両やICE1で試みられたことなどで、それがわかります。前回行ったときに残念だったことは、雪まじりの曇天だったため、その建物の背景にある山々が見えず、山から流れ落ちる川をイメージした屋根の設計と、それぞれの教室の窓から見える背景となる景色が見えませんでした。今回は、どうでしょうか。ただ、訪問する2月は、基本的には、毎日暗い、雪まじりの天気が多いので、期待はできませんが。滞在は、ミュンヘンですが、今は、EU諸国は、まったく国内という感じなので、ドイツからオーストリアに行くのも簡単ですし、通貨もいっしょですし、ちょっと足を伸ばすという感覚です。ミュンヘンのキンダーガーデンでも、給食は、半分くらいの園では、このオーストリアの業者から運んでもらっています。国内でまかなえる食材は限られるからと言っていました。ですから、国内産と同じ感覚ですね。ここは、大司教区として栄え、岩塩の生産地でもあります。その美しい街並みや風景は、サウンドオブミュージックのロケ地としてあちことが使われました。また、ザルツブルク音楽祭でも有名で、多数の教会もあります。
 今日、誕生日を迎えるモーツアルトは、私は、好きな作曲家です。特に、オーボエ協奏曲と、ピアノ協奏曲が好きで、その全集をもっています。K288などは、楽譜を買ってきて、第2楽章のさびの部分を必死に弾いた記憶があります。映画にもよく使われますね。また、息子が幼稚園の頃、音楽祭で、アイネクライネ・ナハトムジークという曲を、メロディオンの鍵盤を目いっぱい使って弾きました。また、この曲を、訪れたシュタイナー学校のオイリュトミーの授業で使っていたのをみたとき、神秘的なオイリュトミーが、ずいぶん身近に感じました。また、こんなことを聞いたことがあります。今の若い人は、ロックやラップなどを聞くと心が落ち着きますが、胎児は、親に関係なく、クラッシックを聞いているほうが落ち着くようです。特に、モーツアルトの曲が落ち着くといわれています。アルフレッド・トマティス博士というフランスの医師が、子どもの学習と音環境の関係についてリサーチを行って、赤ん坊は生まれる前から音を聞いているということ、そしてこの出生以前の聴覚経験が、幼児の成長の重要な要素であるということを発見しました。彼は「モーツァルトは素晴らしい母親だ」と表現していたそうです。大人の好み、価値観と違ったところで、子どもは、育つことがあるのですね。

人との付き合い

 昨日は、市内の小学校の研究授業に行ってきました。とても面白い試みで、1、2年生は生活科の時間を使って、3、4、5、6年生は、総合的な学習の時間を使って、「由井二っ子」という活動です。この時間は、1年生から6年生までの異学年集団での「縦割り班活動」を行います。全部で、18の課題に分け、それぞれの班は、各学年からの2?3名で構成をします。課題は、主に「生き物」「遊び」「暮らし」「音楽」などで、たとえば、「昔の暮らしを体験しよう」では、1年かけての活動で、大豆を畑で育て、それを石臼で轢いて、きなこ団子や、豆腐を作り、最後のフェスタでみんなに披露するというものです。まず、発達が違う子との関係から、さまざまな工夫が必要になってきます。話す言葉も、説明も、高学年の子は苦労しています。また、普段なかなか他学年の子と触れる機会のない子は、付き合い方で戸惑っています。この苦労、戸惑いがとても大切だと思います。今の子どもたちは、いつも心地よい関係の中で過ごすことが多い気がします。話のわかる人、話を聞いてくれる人、自分にあわせてくれる人と付き合い、相手に合わせて付き合うことは少なくなっています。その意味では、異学年集団での活動は大切な気がします。
「オランダの教育」(リヒテルズ直子著)には、オランダにおける新しい教育の試みが紹介されています。オランダの教育は、オルタナティブ教育である。「オルタナティブalternative」というのは、「何かに取って代わる」とか「もう一つの別のやり方」というような意味です。すなわち、既存の教育に取って代わる別の教育という意味です。ここでいう既存の教育といわれるのは、長い間当然の形式とされてきた、同じ年齢の子どもを一つの教室に集め、先生が教壇に立って、主に一方通行で知識を伝達し、子どもはそれを受身に習う、という教育のことでしょう。その中で、オランダの多くで取り入れられている教育は、イエナ・プラン教育といわれているものです。これは、子どもと社会の理想像、そこから導かれる教育の原則が二十項目の「イエナ・プランの基本原則」として明記されています。例えば人はユニークなものであり、一人しかいない存在です。だから、子どもも大人も各人は他のものでは代えることのできない価値を持っています。原則の4番目には、人はまとまりの人格を持った人間として認められ、可能な限りそういう態度で待遇され、話かけられるべきであると書かれています。また、原則の6番目には、人は各人がユニークで何者にも代えがたい価値を持つ者であることが尊重される共同社会を目指して働くべきであると書かれています。原則では共同社会についての見方も、明確に定義してあります。このようにイエナ・プラン教育では、子どもを育てるにあたって、子どもが育ち、やがて一員となっていく社会とはどうあるべきかということについて、明確な理想像を言葉にしているのです。
 教育とは、何かの知識を学ぶことではなく、社会での生き方を学ぶところでもあります。社会とは、人と人との関係を中心として、人と自然、人と物など様々な関係のなかでなりたっています。ということは、社会を学ぶということは、関係を学ぶことでもあります。そして、一人ひとり、自分の価値に気がつき、その価値を尊重する社会を学ぶためにも、人とのかかわりが必要になります。昨日の研究授業には、そんな意図も含まれています。

仕事

ある町の市長選の演説です。
「前略―このような演説の機会に、「私に投票してください。」という人が多いのですが、しかし、皆様、私はそんなことは言いません。次のような人に投票してください。「この人に信頼できる。この人がこの町の発展を助ける。」と思われる人に。ただ、一つだけ言っておきたいと思います。もし、私が当選したら、できることはすべてやって見せます。そして、この町を発展させたいと思います。(一同拍手)そして言いたいことがもうひとつあります。次のような人に投票しないでください。当選するために、イベントで人にお金を渡したような人です。なぜなら、そんなことをしなくても、よくできる候補が多くいるからです。しかし、賄賂を渡さないとなんともならない人もいるようです。こういうことはよくないと思います。なぜなら、この選挙は自由で、この選挙は平等だからです。」
 この演説は、ドイツで毎年行われている子どもの都市「ミニ・ミュンヘン」での市長選挙で、立候補した14歳の少年の演説です。私が気に入ったフレーズは、「私に投票してください。」とは言わずに、「こんな人に投票してください。」と言った所です。ミニ・ミュンヘンは、8月の夏休み期間3週間だけ誕生する7歳から15歳までの子どもだけが運営する「小さな都市」で、ドイツのミュンヘンでは20年の歴史があります。この都市で市民権を得るためには、まず少しだけ仕事と学習が必要です。市民権を得た後は、自由に自分の好きな仕事を見つけて働くと「ミミュ」という通貨をもらえます。時給すべて5ミミュですが、1ミミュは税金として市役所に納めなければなりません。そして、ミミュを持っていると、映画を見たり、タクシーにも乗れますし、おいしい食事もできます。しかし、働かないとそのお金は手に入りません。コックさん、タクシー運転手、花屋さん、デパートの定員、デザイナー、新聞記者、教員、公務員、議員、市長など仕事はさまざまです。そして、お金が余ったら、銀行に預けたり、土地を買って店を経営します。そのために、銀行ができ、建築家ができ、大工さんがいます。清掃局があり、広告代理店も、テレビ局も、大学もあります。しかし、投資家はありません。どれも、体を動かして、働き、お金を得ます。
 リクルート出身の和田中の藤原さんの授業が新聞に紹介されていました。「よのなか科」という授業です。「お金で買えないものを9個挙げよ。」「ビル・ゲイツは、帝釈天どおりの商店主よりも幸せだろうか。」藤原さんは、今回のホリエモンは最高の教材と言います。「正解のなくなった成熟社会で、極端な価値観を示した。彼は、停止していた人々の思考のスイッチを入れたんです。」と言っています。
 このミニ・ミュンヘンで大人として関わっている人のインタビューで「なぜ、こんなことをするか」という問いに対して、「ここで、子どもたちはいろいろなことを体験できます。しかし、子どもが体験するのは、仕事だけではありません。他の人と接することです。人との付き合いも体験しています。これこそが、一番重要なポイントだと思います。」
 仕事とは、体を使うことのほかに、人との関係をどう作るかの問題が含まれています。ただ、コンピューターの前に座って、画面とだけ接しているような仕事を、最初に、子どもたちには教えるべきではない気がします。

機内誌

 飛行機に乗ると、機内誌がおいてあります。そこに、思わない収穫があることがあります。今回、JALの機内誌にこんな記事がありました。
養老孟司(脳を旅する)ある保育園の理事長も務めている養老さんは、園では子どもたちを戸外に連れ出すことはあっても、勝手に遊ばせているだけと言います。最近、脳からの検証が盛んですが、こんな話はいいですね。
「戸外で体を動かして生き生きするのは、実は体だけではない。ある統計がある。3歳くらいの子ども100人以上の生活時間と識字率の関係を調べたら、外遊びの時間が長い子どもほど文字を知っているという結果が出た。意外なようだが、脳の成長の仕組みを考えれば、これはあたりまえ。体を動かすことが脳を育ててるからである。脳には、目、耳、手足など皮膚感覚を通して、外部からいろいろな情報が入ってくるが、逆に脳から出すことができるのは体の運動だけだ。しゃべるだけでも声帯や口を動かさなくてはならない。動かしてみて、その感覚をまた脳にバックしていく。そうやって入出力をぐるぐる回していきながら、脳は育つ。一見、無意味なような遊びの中から、いろいろなことに出会って、自分なりのルールを作っていくことは、生き物としての人間には大事。特殊な才能を育てるのはその先でいいとぼくは思う。おとなが思っているよりずっと、子どもは自然に近い生き物なのだ。」
高輪時間(高輪プリンスホテルを作る人々)ここには、このホテルの各分野のスタッフの言葉が綴られています。コマーシャルですが、一流の言葉は、どの分野にも共通します。
「ベルボーイ:お客様の目を見れば、瞬時に、求められているものがわかる。そんなベルボーイが目標です。」彼は、二年目に入った頃、視野に入ってくる空間が広くなったことに気がつきましたと言っています。どうしても、保育者は、年数を重ねるに従って、視野が狭くなる気がします。視野が狭くなると、子供の目を見れば、瞬時に求められるものがわかる。そんな親であったり、保育者にはなれないですね。
「メール・ド・テル:お客様が求めているのは、どんな空気か。それを発見し、つくるのが私の仕事です。」彼は、グラスを置く位置も、人によって心地よい場所が違う。お客を理解すれば、何をすべきかわかると言います。環境を設定するためには、まず、相手の理科がなければならないのです。
「総料理長:料理人は、臆病なくらいでいい。それがパーファクトを目指して挑み続ける情熱の芯になる。」彼は、常に新しいものに挑戦する姿勢が大切だと言います。これでいいと思ったら、それがその人のレベルだとも言います。だから、本当にこれ以上できることはないか、臆病なくらい自分に問い続けることをしています。
「ゲストリレーション:心を透明にして、お客様の話を聞くこと。それが的確な答えをご提供するための第1歩」質問が同じでも、答えが同じとは限らないと言います。子どもからの質問に、また同じことを聞く!と言うことは、心の真ん中で聞こうとしないかもしれませんね。
 こんないろいろな言葉が聴けるのも、旅のよさかもしれません。

いろいろな姿

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 今日は、松山に来ています。いろいろなところを訪れますが、それは、土地というより、いろいろな人と出会うという印象です。ですから、場所の移動の疲れより、いろいろな人との出会いに疲れるという感じです。しかし、私の場合は、いろいろな土地に行って面白いというより、いろいろな人と出会って面白いという感じです。
 人は、場所のことをすぐ思い浮かべます。愛媛の松山に行ったというと、「いいですね。道後温泉ですか。」といわれます。しかし、私の場合は、本当は幸せなことなのでしょうが、宿泊先は、呼んでいただいた先方が予約をすることがほとんどです。すると、人様々というように、宿泊先も様々です。そして、その宿泊先で、私への先方の印象を感じることがあり、精一杯の心遣いを感じます。今日の宿泊先は、道後温泉でなく、松山全日空ホテルです。長崎でも、長崎全日空ホテルでした。(とても、すばらしいシティーホテルなのですが、私は、本当は、ひなびた温泉宿がいいのですが。)しかし、先方が選ぶことで、自分では決して体験しないこと、いつもは気がつかないこと、そんな新しい発見をすることもあります。今日の夕食は、ホテルの中のレストランでいただいたのですが、その窓から見慣れない建物がライトアップされているのが見えました。よく、松山には来ているのですが、いつもは、直接、道後温泉に連れて行ってもらい、あまり市内見学はしていないので、その建物には気がつきませんでした。そこで、夕食後、散歩をかねて、その建物のあたりをめぐってみました。(結局、松山城を一周しました。1時間半くらいかかりました)小高い丘の上にライトアップされている松山城が鎮座しており、その丘の中腹に、緑に埋もれるようにして古い洋風建築の建物がありました。萬翠荘(ばんすいそう)です。この建物は、大正時代に、旧松山藩主久松家、第15代当主久松定謨伯爵と云う人が別荘として建てたフランス式建築の建物だそうです。今は、愛媛県美術館分館(正式名称 愛媛県美術館分館郷土美術館)ですが、非常に立派な建物で、当時は、最高の社交の場として各界の名士が集まり、又、皇族方が愛媛に来た折は、必ず立ち寄ったそうです。戦後は米軍の宿舎として使われたり、その後裁判所として使われたりしていたようです。定謨伯は、陸軍駐在武官としてフランス生活が長く、陸軍きってのフランス通といわれ、欧米外遊帰朝直後の建築家木子七郎に設計建築させた鉄筋コンクリート造の建物で、フランス風です。また、この敷地は、松山藩の家老屋敷の跡地で、夏目漱石が、松山中学の英語の教師として赴任した折に下宿をしていた「愛松亭」のあったところでもあるそうです。また、漱石と子規が一つ屋根の下て暮らした「愚陀佛庵」(復元)もこの庭園内にあります。
 そういえば、以前のブログに書いた気がしますが、この正岡子規と、日露戦争を秋山兄弟から描いた司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」が、どうも、平成19年度以降の放送に向け、NHKの21世紀スペシャル大河として制作を開始するそうです。というように、いつもと同じ町でも、見方によって、連想から違った町の姿が見えてきます。人も、地方に行っていつも出会う人でも、出会い方によって、違った姿が見えることがあります。ひとつの姿だけから、判断しないほうがいいですね。

数の美

 今、長崎から、福岡の二日市温泉に来ています。二日市の中の「2」という数字は、どういう意味を持っているでしょうか。100までの「素数」の最初のほうを並べてみると、「2,3,5,7,11…」と、25数字が並びます。その中で、2だけが一つだけ偶数であり、最初の数字です。これを、博士は、こう言います。「素数番号?の一番打者、リードオフマンは、たった一人で無限にある素数の先頭に立ち、皆を引っ張っているわけだ。」「淋しくないのかな」「いやいや、心配には及ばないさ。淋しくなったら、素数の世界をちょっと離れて偶数の世界に行けば、仲間はたくさんいるからね。大丈夫。」
 これは、今、公開されている「博士の愛した数式」という映画の原作にある一文です。この本は、小川洋子さんという作家が書いた小説です。私は、映画は見ていませんが、個人的には、この原作はとても好きなジャンルです。これは、交通事故で、80分しか記憶ができない老数学者と、そこに来た10歳の息子を持った家政婦との触れ合いを、「数」を通して描いたものです。たとえば、最初に訪れた日に、博士が名前より先に、こう尋ねます。「君の靴のサイズはいくつかね。」「24です。」と言うと、「ほう、実に潔い数字だ。4の階乗だ。」それにたいして、階乗とは何かを尋ねる家政婦に説明をします。「1から4までの自然数を全部掛け合わせると24になる。」次にこう聞きます。「君の電話番号は何番かね。」「576の1455です。」「5761455だって?すばらしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」いかにも感心するふうに、博士はうなずきます。こんな日々が繰り返されます。数学が苦手な人は、最初は抵抗あるかもしれませんが、読み進めるにしたがって、数の不思議さというよりも、数の美しさを次第に感じるようになります。家政婦の10歳の息子に博士は頭の形から、こんな愛称をつけます。「君はルート(√)だよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる。実に寛大な記号、ルートだ」その息子にある日博士は、こんな宿題を出します。「1から10までの数を足すと、いくらになるか。」という問題です。これを読んだときに懐かしくなりました。以前のブログに書きましたが、私が小学生の頃「数学クラブ」でいろいろな数の不思議さ、数の面白さを知りました。その授業の中でひとつのエピソードが紹介されました。これは有名な話ですが、数学者であるガウスが幼少の頃、クラスの先生が自分で何かやることがあるので、しばらく生徒に自習させようと思いました。そこで、生徒に時間がかかるようにこんな問題を出しました。「1+2+3+4+…….+100は」という問題です。もちろんすぐさま答えられないと思ってです。それは、その先生自身が1から順番に足し、3回かけてようやく答えをだせたからでした。さあ、仕事をしようとしたら、3分程でガウスは手をあげて、「5050です。」と答えます。先生は答えをどこかで盗み見たのではないかと疑い、なぜそうなったのかを尋ねてみると、「最初と最後の数を足すと101になります、次の数と最後から二番目の数を足しても101になるので、101が50組で5050です。」と答えたという話です。この話で、数の面白さにひきつけられました。そう思ってみると、数はなかなか面白いものです。たとえば、数の日の3月14日は、円周率が3.14であることから決められています。こんな遊びもあります。電卓を出して『12345679』と入力して下さい。(8を抜きます)これに自分の好きな数字×9をかけてみてください。自分の好きな数字が電卓に並びますよ。数って、美しいですね。