星座

 私が小学1年生を担任しているときに、よく、子どもたちに「ギリシア神話」を話してあげました。私は、ギリシア神話が好きでした。なぜなら、その結末が、星座になることが多いからです。すると、私は、教室の天井に金色の色紙で作った星で、話に出てきた星座を、できるだけ、その位置に貼っていきました。また、その大きさも、その星の明るさに合わせました。だんだんと、天井いっぱいが星で埋め尽くされていきました。星座の本を見ると、星の間に線があり、それを結んで形になります。しかし、実際の星には、線がありません。そこで、天井には線がないので、その天井いっぱいの星から、星座のかたちが見えてきます。他のクラスの子は、ただ星がいっぱいのように見えても、私の担任しているクラスの子は、星座が見えるのです。ですから、実際の空を見ても、星座を見つけることができます。話のなかで、子どもたちは、「ペルセウス」の冒険や、「こと座」の「オルフェウス」の悲しい話や、「大熊座」の切ない結末などの話に、固唾を呑んで聞き入ったものでした。
 今日は、今年最後の出張先である松山にいます。宿は、道後温泉です。このホテルは、屋上が露天風呂になっていて、今日は少し曇りでしたが、星空がよく見えます。最初にこの宿に泊まったときには、冬の星座が、とてもよく見えました。一人で露天風呂に入っていたので、思わず、歌を歌っていました。私が、大好きな歌です。「冬の星座」(堀内敬三 訳詞・ヘイス 作曲)です。その歌は、メロディーがとてもきれいで、大好きな歌です。このメロディーはアメリカのポピュラー曲で、ヘイスの作曲です。医学博士でもあったウィリアム・シェイクスピア・ヘイスの作品は、アメリカでも長く親しまれているものが多く、日本ではこの歌の他に、「故郷の廃家」が有名です。また、私は、そのメロディーの美しさにも増してとても気に入っているのは、その歌詞です。この歌は古くは「他郷の月」という名の曲名で、故郷の家族を懐かしむ歌として、日本に紹介されましたが、堀内敬三によって訳し直され、冬の星空の歌として広く歌われるようになりました。この堀内敬三という人、アメリカはマサチューセッツ工科大学院卒業という学歴をもちながら、日本人にはとっつきにくかった外国曲をなじみ深いものにした第一の功績者といっても過言ではないようです。かつては中学校の唱歌に指定されていましたが、言い回しが今の子どもには分かりにくいといった理由で、残念ながら10年ほど前から音楽の教科書から消えてしまっているようです。確かに、私も当時は、ずいぶんと意味をちがえて覚え、今、あまり意味もわからず覚えた歌詞を口ずさみながら、本当の意味や、その思い、宇宙の営み、そんなものを感じるようになってきました。ですから、少し意味がわからなくても、その音の美しさ、日本語の意味の深さを感じればいいと思います。明日のブログで、その歌詞の深さを語りたいと思います。

星座” への7件のコメント

  1. 小学校の宿題で星の観察をするというものがあり、一緒に観察をしていました。以前よりは多少は見えるようになったのですが、星座を知らないと夜空の星はただのたくさんの星にしかうつりません。子どもに星座の面白さを伝えられたら興味が広がるんだろうけど…と思いながら、何もできずに終わってしまいました。大人の関わりの大切さはいろんな場面で問われますね。

  2. 小学生の頃、夏休みに入る前に必ず星座表を学校からもらっていました。その星座表の質感、作りが好きで、手にすることが嬉しかったのを覚えています。しかし、残念ながら星座をじっくり観察するとまではいきませんでした。大人になっても夜空を見る機会があります。ですがどちらかといえば流星群を必死に見つけてみたり、月をぼんやり見ることが多いです。星座を見つけようともするのですが、「どう見たらいいんだろう」で終わってしまうことも多いです。それではもったいないので、ちょっと星座を意識してみたいと思います!

  3. 星には興味はありませんでしたが、小学校3年生の頃、姉(小6)の担任であった成田先生という星好きの先生が、6年生の有志対象で、夜の学校の屋上で星の観察会を企画し、私もそれについていったことを思い出しました。天体望遠鏡でみた月や星は、神秘的な雰囲気をかもし出し、姉の内なる好奇心を刺激したようで、その年の誕生日プレゼントに“天体望遠鏡”を父に頼んでいました。夜の学校に入ったのは、後にも先にもそれが唯一であり、その屋上で夜空を眺めながら食べた団子の味も印象に残っています。幼き頃のぼんやりとした感動が、今の自分の感情の一部を司っているならば、多くの不思議や感動を体験させたいと感じました。

  4. オリオン座や小犬座のシリウスがよく見えるようになった今日この頃です。冬のお外は寒いのですが、空気が澄んで、他の季節に比べて星がよく見えます。今日も望遠鏡を抱えてマンションの屋上に上がって星の観察をしたいと思いつつ、子どもの頃のようになかなか出れませんね。私の田舎に帰ると、それはそれは降ってくるような星の数で、星座を確認するのも一苦労しますが、それでも昔取った杵柄、慣れてくると、北極星を中心に様々な星座を確認できます。しかし、歳をとるというのは目の問題が出てきて、これまたいけませんね。星を観察するのも私の趣味の一つですから、常に月や惑星、星座や流星には関心があります。それから「冬の星座」は私も好きな曲です。歌詞を思い出すことが難しくなってきていますが、メロディは口ずさむことができます。先生のクラスの子どもたち、星座がわかるようになって良かったですね。そしてギリシャ神話への関心も生徒さんたちの中に湧き上がったことでしょう。「固唾を呑んで聞き入っ」ている生徒さんたちの姿が目に浮かんできます。

  5. 「冬の星座」、youtubeで聴くことが出来るようです。帰ったら聴いてみようと思います。とても楽しみです。
    藤森先生が星座にとても精通されていることは、多くの人が知っているところです。僕はプラネタリウムを見に行ったことが数回あります。近くにとても大きなプラネタリウムが出来たことを聞き、子どもが大きくなることの楽しみが増えました。家族で見に行きたいです。
    恥ずかしい話なのですが、星座に物語りがあることを知っていますが、内容を全く知りません。藤森先生のブログから勉強させていただこうと思っています。

  6. 星座、小学生の時に、星座表をもらい、夜に親を連れて外で見たことを思い出します。また、田舎の方に家があるので、夜に車から降りると、毎回、空を見上げて、星が沢山見えているで、空がすんでるから明日は晴れなどという形で空を見上げてました。夏の時期には天の川を見ようと空と向き合ったこともあります。
    園生活の中でも、子どもたちへ七夕会の時に星を天井に写すことのできるシアターというのでしょうか。機械があります。それを子どもたちの仰向けになり、見る機会があります。その時の子どもたちの表情を思い出すと、どれだろうという、探求心、好奇心が高まっているのが見えてきます。普段から身近に感じれるように考えていきたいと改めて思います。

  7. 小学生の時に藤森先生の星座のお話を聞いていたら、今よりもっと星のことが好きであったのだろうなと思いました。僕も星が好きで、じっと見ることが多いです。冬は空気が澄んでいてよく見えるので、普段は見られない星が見られて得した気分になります。遠く離れた所から光っている星を見ていると吸い込まれそうで、時間を忘れてしまいます。僕は、星を見るたびに、思うことがあります。宇宙人は必ずいる。そう思っています。星を継ぐ者という本に、宇宙のことや遠い昔の宇宙人と思っていたものが、実は先祖だったこと、新しい発見があるたびに興奮ことを思い出します。
    話が逸れてすみません。
    ギリシャ神話の最後は星座になることが多いのですね。僕はさそり座で、少しだけ物語を見たことがあるのですが、功績が認められたことで、星座になったようです。星座一つ一つの物語には、切なかったり、いい話だったりと沢山あるようで、そこから学べることもあるのでしょうね。ことわざのようで、気になった星座の物語も調べたいと思います。

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