あかり

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光る海 光る大空 光る大地 行こう無限の地平線」で始まるのは、「エイトマン」の主題歌です。コマーシャルに使われて、もう一度思い起こしましたね。これを何の宣伝に使ったかというと、光通信です。いまや、光は、明かりをともすだけでなく、情報のやり取りにも使われることになっています。
 日曜日に六本木にあるAXISビル内のAXIS Gallery Annexへ「あかりメッセージ2005」を見に行きました。ビル内では2つの会場に分かれ、学生展とプロ展が行われていました。テーマは「21世紀のAndon(行灯)を考える」というものです。「あかり」のデザインには、いくつかの要素があります。まず、一番わかりやすいのが、照明器具のデザインです。壁にかけるもの、机に置くもの、床に置くものによって、また、居間に置くもの、食堂に置くもの、オフィスに置くものなど、置く場所によってデザインが変わってきます。次のデザインが、「ひかり」のデザインです。どのくらいの照度のものを、どこに当てるかです。それは、まず、器具自体の問題があります。経済的にはすばらしいのですが、私は、蛍光灯の発明が、ある意味で「ひかり」のデザインを無味乾燥にしたように思っています。それに比べて、ろうそくの光は、なんともいえません。(外国では、ろうそくを保育室の装飾や保育に多用します。)この光は、何かを物語っているような気がするからでしょう。物語にもよく登場します。そして、雪がしんしんと降りしきるのは、物悲しい気がするのですが、雪明りはとても明るいです。昔は、それで勉強したというのもうなずけます。しかし、蛍の光では、勉強はできそうにありませんね。(「蛍雪の功」とは言うものの)それから、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」にも出てきた「裸電球」の光です。この「あかり」は、生活感がでています。今月23日の祝日に行った「建築家吉村順三の作品とその世界」(会場: 東京藝術大学大学美術館)では、吉村順三のこんな言葉が書いてありました。
「建築家として、もっともうれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか」
 たぶん、この家の中の明かりは蛍光灯ではない気がします。
 「あかり」の次のデザインは、「ゆらめき」のデザインです。これは、電気では難しいです。星も、自ら光っていない恒星はゆらめきません。「ゆらめき」は、それ自体の燃えている活動だからです。しかし、最近では、電気でその「ゆらめき」を演出できるようになりました。
最後のデザインの要素で大切なのは、「影」です。光で生じる「影」を、どうデザインするかです。これをよく表しているものが、谷崎 潤一郎の「陰翳礼讃」です。この中に、こんな言葉があります。
ひとはあの冷たくも滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くはない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う」
 影というよりも、「ひかり」をなくしたときのデザインをかんじる文ですね。

あかり” への5件のコメント

  1. 最近は様々な色の光を選んで購入することができます。多くなったのは白いいろでしょうか。あの色は明るく感じるのかもしれませんが、光を強く感じてしまいます。黄色の色の方がなんとなく落ちつきますね。光は明るい方がいいというのも分からなくはないですが、あかりやひかりのデザインという風に考えてみることも、時には必要なのかもしれません。

  2. 「あかり」、「ひかり」、「ゆらめき」と明るいものを考える時には様々な視点があるのですね。その場に応じたひかりやあかりを考えることは大切で、おもしろそうなことですね。あかりは冬に特にその存在のありがたさを感じやすいかもしれません。それは寒かったり、暮れるのが早いからかもしれませんが、暖かさという印象をあかりは与えてくれます。山陰地方は日照時間が少ない地域でもあります。確かにこの時期はスッキリしない天気が続きます。その分、晴れの日のありがたさや気持ち良さを感じれるのかもしれませんね。

  3. 温かみのある色を感じさせる小さな炎、そして揺らぎながらもそこに留まろうとする姿に、ろうそくの良さを感じたりもします。同様に、たき火の炎にも、落ち着いたり不思議と目が奪われる効果があるように感じます。テーマが「あかりメッセージ」という展覧会、とても面白そうですね。個人的には、「あかり」からは「ぬくもり」を感ます。コタツの中に入って漫画を読んだり、何か(毛布等)にくるまっている状態で、そこから毛布を通して入ってくる光のようなものが、なんとなく「あかり」を想像させるのです。

  4. 園の窓には障子の引き戸が設えてあるところがあります。外光を「あかり」に変換する作用が障子にあることを耳にして、とても感動したことを思い出しました。「ひかり」が「あかり」に変わる、実に素敵な瞬間ですね。「蛍光灯の発明が、ある意味で「ひかり」のデザインを無味乾燥にした」、なるほどその通りですね。ヨーロッパの施設などの間接照明は若干の暗さとあいまって心に安らぎをもたらしてくれます。特にホテルの室内で「蛍光灯」というところはあまりないような気がします。先日、我が家でクリスマスイブのお祝いにケーキを頂きました。ローソクをその上に立て、家のクリスマスツリーのイルミネーションだけにして蛍光灯を消し、しばしローソクの灯りを楽しみました。ローソクの灯りはいいですね。クリスマスに限らず、ローソクの灯りで一晩過ごす経験をこれから定期的に我が家でもやってみようかなと思いました。「影」の存在も忘れずにいたいですね。子どもの頃は「影」でいろいろと遊んでいたような気がします。今の子どもたちは「影あそび」をしているのでしょうか。光と影、私たちの文化は、あらゆる機会で、この光と影を大切にしていました。レッジョに行かなくても私たちの足元にはたくさんのヒントがありますね。

  5. いいですね。何とも言えず、心がほぐれるというのでしょうか、先生の文体、ユーモア、そして先生のお人柄を過去のブログは教えてくれます。今のブログと過去のブログ、同じ日に読むと何ともメリハリがあり、しかしそのどちらにも学びがある、光と影ではなく、その大元、太陽のような先生の陽です。味わいのある環境の中で子育てをしてみたくなります。

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