河合継之助

 「読書三到」が表わしているように、江戸時代は朱子学中心でした。朱子は、「只是知を致す」という徹底的に学ぶこと(致知)を唱え、読書三昧です。それに対抗するように言われているのが、「陽明学」です。陽明学とは、中国の明時代に、王陽明がおこした学問で儒教の一派です。心即理、知行合一、致良知の言葉に思想が凝縮されています。「心即理」(しんそくり)とは、人間は、生まれたときから心と理(体)は一体であり、心があとから付け加わったものではないということで、その心が私欲により曇っていなければ、心の本来のあり方が理と合致するので、心の外の物事や心の外の理はないということです。「知行合一」(ちこうごういつ)とは、論語には、「先ず其の言を行い、而して後にこれに従う」といいますが、王陽明は、知って行わないのは、未だ知らないことと同じであることを主張し、実践重視の教えを主張しました。朱子学では、万物の理を極めてから実践に向かう「知先行後」という主張なので、これに対立しています。「致良知」(ちりょうち)は、実践に当たって私欲により曇っていない心の本体である良知を推し進めればよいという主張です。やはり、朱子が「知を致すは物に格(いた)るに在り」とし、万物の理を一つ一つ極めて行くことで得られる知識を発揮して物事の是非を判断するということに対して、「知を致すは物を格(ただ)すに在り」として物を心の理としてそれを正すことによって知を致す、すなわち「良知を致す」ことであると解釈しています。
 そんなことから、日本に伝わった朱子学の普遍的秩序志向は体制を形作る治世者に好まれた半面、陽明学には個人道徳の問題に偏重する傾向があり、私が先日、広島へ行って聞いたドイツ人の講演で出会った「心の陶冶」鍛えることの大切さを主張した教えです。それゆえ、王陽明の意図に反して反体制的な理論が生まれたため、体制を反発する者が好む場合が多かったようです。
 この陽明学に18歳の時に出会い、精神根底にこの思想をもち、それが、後年の悲劇を呼び込んだ人が、明日テレビ放映される「河合継之助」です。私が、この河合継之助を主人公にした、司馬遼太郎の「峠」を読もうとしたきっかけは、「知行合一」という「知って行わないのは、未だ知らないことと同じであること」に共感したからです。以前のブログに書きましたが、「備中松山藩の山田方谷を訪ねる」場面を読んでいるときに偶然に備中「方谷」駅を通過したのです。そして、それが、テレビドラマ化されると知って驚きました。しかし、継之助の行動には幾つかの矛盾があります。時代の流れが読めていたのに、政府軍へ戦いを挑み長岡を戦火にまみれさせ、藩をつぶし、藩主を滅亡させた点などはその際たるものでしょう。長岡市民は彼を恨み怨嗟の声は絶えなかったといいます。「峠」を読みながら、継之助が、この道に進まざるを得なかった心の動きに、なんとも言えず切ない思いをしたものでした。しかし、「「我あって他あり、他あって我あり」の精神は、今の時代、人生の上で、もう一度「陶冶」という概念を含めて、人間としての関係性の構築から、道徳的基本を考え直さなくてはいけない事を教えていることに間違いはないでしょう。

河合継之助” への5件のコメント

  1. 知行合一についてはちょうど考えるきっかけがあったところでした。何も行っていないのに「分かった」ことに満足してしまうことはよくあると思います。分かってはいるんだけどできないだけだともよく聞きますが(私もそう考えたりすることもありますが)、やはり行動できてこその理解ですね。人は置いといてまずは自分です。知って行わないのは、未だ知らないことと同じであること」を常に頭に置いて日々過ごしていきたいと思います。

  2. 「知って行わないのは、未だ知らないことと同じである」という知行合一はまさに私に足りない部分を教えてくれる言葉であります。考えたことを行動に移してみないことには分かるものも分かりませんね。そして、ただ行動するだけではなく、その行動を支える部分も同時に持っていなければならないと思っています。陽明学、朱子学と様々な教えがありますね。多くの考えがあることは真理は一つでなないということを感じます。何が正しくて、何が正しくないということではなく、真理は一つではないと思いながら学んでいくことが自然なのかもしれません。

  3. 優しくされたことのある人には、優しくできる自分がいます。嫌な思いをさせられた人には、冷たい態度をとってしまう自分がいます。まるで鏡のように、自分の行動が他人によって決められてしまうことに嫌気がさした時期がありました。その頃から、評価の対象を“自分だけ”に向けていこうと考えましたが、そう思わせてくれたのは「他者」であります。藤森先生が「気の合わない人は、自分にないものを持っている」と言っているのを思い出しました。相互関係によって今があること、そして、他者を評価の対象とするのではなく、自分に向き合わせる存在という認識が大切であることを「我あって他あり、他あって我あり」精神から感じています。

  4. おかげで雑誌「致知」を飽きずに購読しています。この言葉は四書の中の「大学」からとられたようですが、意味は今回のブログで紹介されているように「徹底的に学ぶこと」です。しかし、この「学び」が実践に移されなければ机上学問に終わってしまいます。私自身にそうした傾向があって、今の園にお世話になるまで、どちらかといえば、朱子学的生き方をしてきたな、と大いに反省しています。もっともその癖から抜け出すのにまだまだ修行が必要ですが・・・。「知行合一」、これはとても重要な教えであることをここ10年間でしみじみ感じています。「知って行わないのは、未だ知らないことと同じ」との王陽明の考え、これは衝撃でした。これは高校時代、佐久間象山の伝記からこのことを知ったのですが、その時もその後も四字熟語として頭に入れていていましたが、藤森先生から直接この考えを伝えて頂いときは、自分自身の愚かしさと恥ずかしさで、自分が自分でなくなればいい、と思ったほどでした。司馬遼太郎の『峠』は私も読み、河合継之助に感心抱いた時期がありました。「継之助が、この道に進まざるを得なかった心の動き」に私も切ないものを感じました。「長岡市民は彼を恨み怨嗟の声は絶えなかったといいます」、これなど本当に切ないですね。今年のHNK大河ドラマ「八重の桜」の会津、白河、二本松の悲劇を描いていましたが、会津藩の「家訓」によって行き着くところまで行った、という感を否めませんでした。「我あって他あり、他あって我あり」の精神、年末の押し迫った今日この頃、我を省みる良い言葉を頂戴しました。

  5.  〝河合継之助〟への理解を、『峠』を読み終えてこそ深まっていくその魅力に、改めて心惹かれるものがあります。〝知行合一〟という教えに純粋なまでに生き挑んだその生き方、そして、〝我あって他あり、他あって我あり〟の精神が一つの藩を潰させてしまうに至るにしたとしても、彼の精神は先見性と優しさに溢れていたという感触を、読み終えて大分経った今も、思い出すことができます。
     〝知行合一〟〝知先行後〟対立する考え方を知り、改めて思うのは教えとは人を救うものだということです。実践する人を救い、知ってから動こうとする人を救い、そうして現代は、自分の生きる道を安心して生きていいという優しさの中にあるということに気付かされます。藤森先生の教えもまたたくさんの人を救い、今日もまたたくさんの人を救うのですね。保育という仕事に携わる全ての人が藤森先生の教えに触れられる為にも、『臥竜塾』ブログの存在というものはとても重要であるということを改めて思いました。

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