2005年12月20日 [記念日]
餅つき
若い人と話すときに、私たちの世代は、次の世代にいろいろなことを伝承しているだろうかと思うことが多くあります。戦後、新しい文化が入ってきて、一見夢のような、すばらしい世界かのように欧米文化が見えました。その文化に浸り、その文化を取り入れることが、時代の先端を行くかのように思っていました。昔からの文化は、「ダサイ」「おじん、おばんくさい」と言われ、なるべく昔からのことは言わないにようにしてきて、今の人の考え方についていくようにしました。特に、私たち団塊の世代では、大学を始め、古い体質を変えよう、壊そうと先頭に立っていたこともあり、残すことよりも、壊すこと、変えることに価値を持っていた気がします。もちろん、悪い、古くからの慣習は、変える必要があります。新しい時代を作っていかなければなりません。しかし、その前に、過去からの文化を検証し、その意味を考えなければいけないのでしょう。
今日は、園で、餅つきがありました。私の園では、行事の目的をきちんと意味づけています。今日の「餅つき」という行事は、行事4つの目的の一つである、「地域の文化を伝承する。」です。
私は、下町で育ちましたが、祖父母が八王子にいたので、長い休みになると八王子に来ていました。私が小さかった頃、年末になると、朝から、地域の人たちがみんな私の家に集まって、餅つきを始めます。私の家では、工場をやっていたので、住み込みの人も何人かいましたので、朝から大騒ぎでした。正月いっぱいの、また地域の人の分までもちをつくので、次から次へとたくさんついていきます。つきおわると、それを、鏡餅と、伸し餅と、青のりや豆を入れて、なまこ餅にしていきます。それを、新聞紙を下に敷いて、おおきな板の間に並べていくのです。餅をついているのを覗き見している私に向かって、大人たちは、「ほら、ついてみな!」といって、杵を渡されます。八王子の杵は、重さでつくので、非常に重く、持ち上げるだけで一苦労です。しかも、餅が杵につくと、もっと重くなります。ひいひい言って持ち上げる私を見て、大人たちは、からかいます。「そんなんじゃ、大人になれないぞ。」と。でも、そう言いつつも、つき方のこつを教えてくれます。「こねるだけで、餅はほぼ出来上がる。力でこねるのではなく、体重でこねるのだ。」「手で、ついてはダメだ。腰でつくものだ。」「手返しは、つく横からでないと、頭を打ってしまう。」「手返しは、もちを返すのではなく、リズムを取ってあげることだ。」などなど。しかし、そんないっぱいの量をついても、つきたてのやわらかい餅は食べたことがありませんでした。餅は、冬の間の大切な、保存用の食べ物です。ほかの地域ではわかりませんが、つきたての餅を食べたという記憶は、大人になってからしかありません。また、正月の食べ物なので、年を明けてから餅をつくということもあることも知りませんでした。ただ、それらは、地域での伝承なので、本来のものとは、違ってきているのかもしれません。どうも、年末の12月29日は二九を音韻からフク(福)と読み、その日に餅をついていた気がします。(逆に、「苦を搗く」音韻から九日餅(くんちもち)と呼び、年の暮れの数日間のうちその日だけは餅を搗いたり購入を避ける風習がある地域もあるようですが。)
みんなで集まって、わいわいがやがやと餅をつく姿を見ながら、年末を感じたものです。
投稿者 fujimori : 2005年12月20日 18:10