2005年12月16日 [読書]
三島

「春の雪」が映画化されて、上映されています。私は、この手の恋愛物は苦手で、映画もほとんど見ませんが、この原作には、とても興味がありました。というか「豊饒の海」4部作を、出版当時、夢中で読んだものです。第4巻の最後にこう書いてあります。「そのほかには何一つ音とてなく、寂寞(じゃくまく)を極めている。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。…… 「豊饒の海」完 昭和45年11月25日」
作者三島由紀夫は昭和45年11月25日、切腹自殺しました。三島由紀夫は昭和45年(1970年)の11月25日に市ヶ谷の自衛隊本部に侵入し、自衛隊員に決起を呼びかけ、自刃を行ったのです。そしてその日の朝、彼の最後の長編小説『豊饒の海』の最終原稿を手渡しているのです。つまり、11月25日の朝、最後の著作の原稿を手渡し、その日の午後には市ケ谷で自刃しています。この最後の文章を、それを知って読むと感慨深いのですが、そうでなければ、そんな気配は見られません。心の高ぶりも、決心も、感じられません。
しかし、この本を読もうと思ったのは、そんな劇的なことに関心があったのではなく、この本の装丁に惹かれたからでした。三島の世界を象徴するように、この本の表紙は、絹の布でできています。しかも、その第1巻の「春の雪」はとてもきれいな紫色をしています。第2巻の「奔馬」は真っ黒、第3巻の「暁の寺」は真っ赤、第4巻の「天人五衰」は真っ青です。
第1巻の「春の雪」は恋愛ものです。このなかで、主人公が、鎌倉の別荘に行きます。そのくだりにこう書いてあります。「青葉に包まれた迂回路を登りつくしたところに、別荘の大きな石組みの門があらわれる。―略― 和洋折衷の、12の客室のある邸を建て、テラスから南へひらく庭全体を西洋風の庭園に改めた。南面するテラスからは、正面に大島がはるかに見え、噴火の火は夜空の遠い箒になった。由比ガ浜までは庭伝いに5,6分で歩いていける。」このモデルは、先日行った、「鎌倉文学館」です。本当は、加賀百万石の藩主で知られた、旧前田侯爵家の鎌倉別邸だったそうです。この建物が建っている鎌倉といい、その建物のつくりといい、いかにも三島が好きそうですね。
第2巻の「奔馬」が、私は当時一番好きでした。これは、神風連史話に傾倒する主人公が昭和の神風連を標榜しながら昭和維新を企て、その挫折ののちに海に臨んで割腹自殺をする物語です。なんとなく、三島の末期を予感させますね。
しかし、このシリーズの本当の物語は、各巻ごとに時代と背景と環境は異なる独立した物語として完結しながら、それぞれの主人公が歴史の流れとともに、輪廻、転生の不思議な縁でつながるというものです。作品の末尾にはこう書かれています。「『豊饒の海』は『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語であり、因みにその題名は、月の海の一つのラテン名なる Mare Foecunditatis の邦訳である。」何もない、砂漠のような月にある海の名前を取ったのは、面白いですね。三島由紀夫のあまりに美しい言葉を並べ、テーマも少し陳腐の嫌いがあるのですが、天才の「ほとばしり」を感じます。
投稿者 fujimori : 2005年12月16日 21:45