陶冶

 今、建築業界では、建物の構造の手抜きで、将来ちょっとした地震で倒れるのではないかという建物で大変な騒ぎです。まだまだ解明されていない複雑な状況、関係があるので、はっきりしませんが、わかっているのは、何で鉄筋の数や、柱の数を減らしたかというと、コスト的に安いものにしたかったとか、工期を短くしたかったからのようです。また、検査機関が、なぜわからなかったかというと、見た感じの建物を重視して、外からは見えない構造をそれほど真剣に考えていなかったことがあるようです。
 建物のことをビルディングと言います。建てることを英語で「build」と言います。しかし、buildの意味には、ほかに「人格などを形成する」があります。人格形成するとき、コスト的に安くするため、早くきちんとさせようとするため、見た感じを優先させようとして、心の中の鉄筋を数本抜いたり、土台を粗末にしてしまうと、将来、ちょっとしたことで倒れやすくなる人間を作ってしまいかねないということになってしまいます。しかも、それ自体が倒れるだけでなく、隣の建物までも壊しかねません。なんだか、日本での今の幼児教育のような気がします。
 今日、広島の幼稚園の園長からもらった資料にこう書いてありました。「日本や英語圏では、ケアと教育という区別の仕方をするが、ドイツ語圏では、betreuung, bildung, erziehung 保護と陶冶と教育という言い方をする」よく、教育=educationの語源は、ラテン語のeducoからきているといわれています。この educoという語には、「育てる」という意味と同時に、「引き出す」と言う意味も含まれています。つまり、教育とは、「人間に本来備わっている能力や性質を、外部からの作用によって引き出し育て上げる」になります。もう一つ、教育には「人間が社会の中で、人間として生活できるように人格形成を施すという一面もあります。これがビルドです。これを日本語に訳すときに、最近はあまり使われませんが、いただいたレポートでは、「陶冶」と訳しています。そして、幼児施設は、「養護」と「陶冶」と「教育」を考えなければならないといっています。
 陶冶(とうや)は、「人間形成」のことをいう古い表現で、「教育」とほとんど同義に使われます。近年は、ほとんど人間形成という言葉で置き換えられ、陶冶という言葉は使わなくなりました。使われなくなってきた背景には、人を焼き物を作るように、型に合わせて、焼き固めるような行為を連想させるというのが一因となっているとみられています。この字からして、そう思ってしまうのはわかるのですが、本当は、「陶」は、人を教え導くの意味で、「冶」は立派なものに仕上げることの意味です。型にはめる、製作者の意のままに教育するといった意味合いではないのです。一部には、良い材料をしっかり探し出し、吟味して選び出し、それを細心の注意をもって立派なものに仕上げていくという意味だという説明をする人もいます。辞書には、「生まれついた性質や才能を鍛えて練り上げること。」とあります。ペスタロッチの教育理論は「基礎陶冶の理念」として示されていて、そこには人格陶冶が人類陶冶の基本課題であることが明示されています。子どものさまざまな事件、学級崩壊などの現象など、子どもが壊れていく今、もう一度、「人格陶冶」という観点を見直す必要があるかもしれませんね。

陶冶” への1件のコメント

  1. せいがの森保育園を見学された先生方は、藤森先生が建築家
    だということもあって、異口同音にその建物のすばらしさを
    語ります。しかし、本当に注目してほしいのは、「養護」と
    「陶冶」と「教育」という幼児教育の三大カテゴリーを
    具現化したものであるという一点です。
    特に今の幼児教育には、「陶冶」の概念にかけているという
    藤森先生の警鐘には耳を傾けるべきでしょう。
    今、巷を騒がせている耐震偽装の事件は、幼児教育に携わる
    ものにとって、決して他人事にしてはならないと思います。

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