2005年11月11日 [講演先にて]
鯨とサケ
今日は、三陸海岸沿いの岩手県山田町に来ています。この地区では、18世紀の中頃に、網を使用したイルカ漁が大浦という地区で始まりました。これは湾に入ってきたイルカを追い込み、網で捕獲する「追込網」という漁法で、大正時代まで約200年の間続けられました。大正2年には、2000~3000頭という大量のイルカがとれたと伝えられています。他にも、山田町では、オットセイ猟、トド猟も行われていました。オットセイは毛皮や食用として、トドは食用にされていました。 そして、昭和24年に農林大臣から大型捕鯨の許可を得て、捕鯨が始まり、規制により商業捕鯨が禁止になった昭和62年まで続きました。
なんだか、イルカ漁やオットセイ猟があったと聞くと、かわいそうにと思います。今、捕鯨も、日本のほかの地域でも世界から反対を受けています。しかし、同じ山田町で盛んな「サケ漁」は何も言いません。どこがちがうのでしょうか。まず、その種が絶滅に近い貴重な種ということがあるでしょう。また、見た感じが、かわいい姿をしているということがあるでしょう。またある人は、知恵がある動物は、殺すときに悲しい思いをさせるからいけないのだという人もあります。しかし、もともとは、その地方における食料として捕獲していて、生きるためだったことが多くあります。たとえば、「エスキモー」の語源は、東カナダに住むクリー族の「生肉を食べる者」を意味する語から来ているとされています。そのため、1970年代ごろからカナダでは「エスキモー」は差別用語とされ、「人々」を意味する彼らの言葉「イヌイット」を代わりに使用するようになりました。日本のマスコミ、出版界でも「エスキモー」は差別用語であり「イヌイット」に置き換えられるべきとされています。しかし、私は、生肉を食べるということが、何で差別化はよくわかりません。生肉を食べるということは、決して残酷なことではなく、その民族の文化だと思います。「食」は文化なのです。日本でも、アイヌが肉を食べるという狩猟民族であるということで、残酷な民族といわれてきましたが、熊など生き物に対して、きちんと敬意を払い、大切にしています。それに引き換え、去年、北海道に行って、とてもショックだったことがありました。川を遡上するサケを、川で取ると密漁になるので、海から川になる手前でサケを釣っていました。次から次へ釣れるサケを、イクラがないオスと見ると、放り出し、メスの場合は頭をたたいて殺し、おなかからいくらだけを出して、あとは、その場に足で蹴り上げ捨てているのです。川岸は、サケのオスの死体と、腹を割かれたメスの死体で埋め尽くされていました。それを見たときに、鯨がいけなくて、サケならいいとはいえませんでした。もちろん、今は、鯨のように他の食べ物で代用できるようなもので、しかも貴重種はできるだけ守ったほうがいいと思いますが、だからといって、そのほかは、無用に殺してもいいということはないと思います。
投稿者 fujimori : 2005年11月11日 23:56
コメント
臥竜塾は、いつも楽しみに開いています。イヌイットが食べてきた生食には栄養学的に理由があるそうで、今年のNHK高校社会科のテレビでその映像が流れていました。寒い地方はビタミンやミネラルが不足するので動物の血はそれを補うための智恵と文化であるという説明がされていました。伝統的な食文化には、文明人が再発見しなければならない智恵が隠れていることが多いような気がしますね。このグログは自分の考えをまとめていくための貴重な機会です。ありがとうございます。
投稿者 nasaruk : 2005年11月12日 14:25