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2005年11月07日 旅先にて

証城寺

狸塚.jpg
「証 証 証城寺 証城寺の庭は ツ ツ 月夜だ みんな出て 来い来い来い おい等(ら)の友達ァ ぽんぽこ ぽんの ぽん 
負けるな 負けるな 和尚(おしょう)さんに 負けるな 来い 来い来い 来い来い来い みんな出て 来い来い来い」

この結果、狸は、どうなったと思いますか?はじめは、おなかをたたいて、楽しく歌ったり、踊ったりしていました。そこへ和尚さんが出てきて、一緒に楽しみ始めました。そのうちに、狸は、和尚さんに負けまいとたたき始めました。競争し始めたのです。その結果、その狸は、死んでしまったのです。これは、江戸時代の初期(17世紀中ごろ)に誕生した、千葉の木更津にある、證誠寺に伝わるお話です。そこに、昨日、行ってみました。
ある秋の晩、寝ていた住職がふと眼を醒ますと、何やら表がざわざわ騒々しい。気になって戸の節穴からそーっと庭の方を覗いてみると、何とそこには大小100匹程の狸が行列を作って「證誠院のぺんぺこぺん、俺らの友達ゃどんどこどん」と唱いながら踊っている。おなかをどんどこ叩いたり、中には葉っぱや葭の茎で作った笛で調子をとっているものもいる。住職は最初びっくりしたがそのうちその調子があまり面白いので、自分でも足で床を踏み鳴らしたり手を叩いたりしはじめた。そのうちついにその狸の中に引き込まれて一緒に踊り出してしまう。狸は驚きもせず、むしろ前よりもっと激しく唱い踊り出し本堂の周りを、行列を作って廻り始めた。住職も負けじと一緒になって時間が経つのも忘れて踊った。狸と住職の競争になった。そのうち夜が明けてきて狸達は森に戻っていった。またその次の晩、次の次の晩も住職が夜待っていると同じように狸達の唄と踊りが始まった。ところが4日目の晩、住職は待っているのに全く音がしなくなって、狸たちが現れない。住職は長い事待っていたけれども結局その晩狸は現れなかった。翌朝住職は本堂の周りを調べていると、そこにはお囃子のリーダーとしてぼんぼこお腹を叩いていた一番の大狸が腹の皮が破けて死んでいた。住職は哀れに思いその大狸を葬った、、、」という話です。
これを題材として、昭和4年に野口雨情・中山晋平両氏によって作られた童謡が「證誠寺の狸ばやし」です。
 今、保育園や幼稚園では、発表会シーズンです。その練習を見るたびにこの話を思い出します。楽器演奏でも、歌でも、踊りでも、とても楽しいものです。しかし、楽しいものでも、競争となると違ってきます。確かに、競争することで、がんばる気持ちとか、よいものにする意欲が湧くことがあります。しかし、競争は、結果的に、周りが見えなくなってしまいます。この狸のように、体の調子が悪くなっていたり、心が壊れ始めていたりしていることに気づきにくくなります。それを楽しんだり、向上する楽しさから、ただ勝つことに心を奪われてしまうからです。私たちは、発表会を通して、何を子どもたちに伝えたいのか、どんな心を伝えたいのか、それを後回しにして、勝つこと、すなわち、まわりからの見た目を優先してしまうと、大切なものを失ってしまいます。

投稿者 fujimori : 2005年11月07日 19:55

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