高齢者

 今日は、園内で、「ゆうゆうサポート事業」の1講座である「正常な子どもの発達」ということで2時間話をしました。この「ゆうゆうサポート事業」というのは、簡単に言うと、「育児をお互いに助け合いましょう。」「育児で、困ったと思ったときには、いつでも、『助けて!』と言える社会を作りましょう。」ということです。育児は、主に母親の肩に重くのしかかっています。「それをひとりでがんばって支えなくても、社会で支えていこう。」というネットワークを作ろうというものです。今日の話の中に使わせてもらった話があります。
 今年の2月に行われた全国私立保育園連盟主催の保育総合研修会での記念講演での話です。講師は、京都大学霊長類研究所助教授の正高信夫氏です。
「霊長類を学ぶと、皆さんにとって当たり前のことが不思議に見えてきます。哺乳動物は約4700種いますが、高齢者が存在するのは人間のみです。高齢者の定義は、生物学者にいわせると「繁殖活動を停止したのに生きている」ということです。生物の最大の使命は子孫を残すことで、役目を終えたのに生きているのは邪魔、子孫の食い扶持を減らすこと、資源の浪費になります。たとえば、鮭などは、産卵したら死ぬという効率のいい生物です。日本猿は飼育下での寿命は20歳。雌は人間同様に28日周期で生理があり、閉経すれば数年で死にます。痴呆の治療の研究で、動物実験をするのに、痴呆の動物が必要なのですが、犬、猫の場合はいるのですが、サルはその前に死んでしまいます。野生だともっと短命で、18,19歳で最後の出産をし、授乳中に力尽きて衰弱し、親子とも死んでしまいます。なぜ、人間だけに高齢者が存在するのか、何か理由があるはずです。その理由は子育てです。親が子育てするのは、ここ100年くらいの出来事で、それまでは高齢者が子育てをしていました。そして、親は働き、その家は繁栄してきました。等々」
 確かにそうかもしれません。出産をする時期は、肉体的にも、精神的にも人生のなかで一番強い頃でしょう。その頃の人が、家にだけいるより、働いたほうが、みんなが生きていく上で効率的だったのでしょう。しかし、子どもがいるので、その子を、高齢者が見るというのは、当然なことかもしれません。もともと、そういう意味では、子育てと仕事は両立するものでもないし、子どもにとって、母親にとっても、一日中いっしょにいることは、肉体的にも、精神的にも無理なことかもしれません。したがって、これからは、女性も社会に参画し、育児を社会全体で支える必要があります。しかし、私はこう思います。かつては確かに、男も女も働いていたでしょう。しかし、今と大きく違うのは、親は、ほとんど子どもの見ているところで働いていた気がします。ですから、子どもは、置いていかれることに納得していたに違いありません。子どもを置いて、自分だけが楽しんだり、好きなことをしていませんでした。また、農家などでは、日が暮れる前に帰ってきたことでしょう。今は、帰りが遅すぎるように思います。母親だけが、家の中だけで、育児をするのではなく、男女とも、きちんと働いて、自己実現を図り、社会を広く見て、そして、子どもが小さいうちは、明るいうちに子どものもとに帰れるような社会作りが必要なような気がします。また、親の育児を支える社会を作っていくことも必要でしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">