いちょう祭り

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 私の住んでいる八王子市で行われるさまざまなイベントのなかで、一番好きなものに「いちょう祭り」があります。(そのほかは、どれもあまりぱっとしません。)八王子の町は、八王子城の城下町としてと、甲州街道の宿場町としてと、横浜への絹の道に沿っての織物の町という姿を持っています。町の中心を横切っているのは、横浜、川越街道(国道16号)と、甲州街道(国道20号)です。その甲州街道は、みごとないちよう並木が続き、見事な黄葉、そしてその落ち葉でつくられる黄金の絨毯は、まことに美しい景観を醸し出します。これは、昭和2年、横山村長房の「龍が嶺」南麓一帯に大正天皇の御陵が設けられる事になり、昭和2年から街道の改修工事が始まり、昭和3年に完成しました。この時追分交差点から高尾駅までに並木として、ほぼ4Kmにわたる甲州街道両側に770本の「いちょう」が植えられたのです。今は、この大正天皇陵の奥に、昭和天皇の武蔵野陵もあります。このいちょう並木が植えられてから80余年経過し、この間、八王子市は大きく変貌し、特に 最近30年ほどは21校に及ぶ大学の進出で、大学の町になっています。
「いちょう祭り」は、八王子を象徴するこの壮観を背景に、市民によって作られた祭りです。昭和54年(1979)に第1回の祭典が開催され、今年は26回になります。(昭和55年は学園都市宣言の行事のため、いちょう祭りは開催しなかったようです。)甲州街道は江戸五街道の一つで、途中に小仏関所があった事から、この史跡に至る道を通行手形で通過した江戸時代の史実をまね、「関所オリエンテーリング」を実施しています。毎年通行手形を持って沿道町会による12関所で焼印を押しながら5、6キロの街道(約8000歩)を歩いて、完歩者には、最後の小仏の関所でパーフェクト賞がもらえます。この手形の売上金が、祭りを運営するための資金となるのです。この手形は、今年は、今年の星座を図案化したものでした。
私は、ほぼ、毎年参加していました。ある年は、教え子たちと、子どもができてからは、我が子の成長に伴って、歩く距離を伸ばし、参加してきました。しかし、わが子が大きくなってからは、なかなか行く機会がなくなっていましたが、久しぶりに妻と二人で歩いてみました。(今日は、夕方広島に行かなければならなかったのですが、きちんと、完歩して、パーフェクト賞をもらいました。)子どもと一緒のときはそれなりの楽しさがあり、妻と二人で歩くときもちがった楽しさがあります。道々で見る店、食べるもの、歩くペース、妻とですと、気が楽です。
 毎年30万人余の参加があるこの「いちょう祭り」は、「自然と心のふれあう地域文化を創造しつつ、地域の発展と社会的な広がりを作ることを目指して、市民の活力を生かして、有志市民により企画され、市民手づくりの新しい祭りとして実施運営されています。」と趣旨にあるような試みが、わたしはとても好きです。