窓からの景色

2005.10自宅から.JPG
 今日、園内研修に伺ったのは、中野富士見町にある園です。全国に、「富士見」とつく町や村が多いと思いますが、それは、そこから富士が見えるからでしょう。有名なところとしては、長野県の「富士見町」です。ここは、中央線に「富士見」という駅があり、富士見高原を控えています。このあたりは、氷河時代からの遺跡があり、古代の人が暮らしていたようです。また、この八ヶ岳一帯は、日本中の矢尻に使われていた「黒曜石」がとれるので、遺跡があちらこちらにあります。このように地域はかなり古いのですが、地名としての「富士見」はそれほど古くなく、戦国時代のようです。確か、中央本線の中で、最も標高が高い駅だったような気がしますが、江戸時代も、甲州街道沿いだったので、宿場もあります。もちろん、そこ(富士見町のどこかわかりませんが)からは、富士山がよく見えます。あと、埼玉県に「富士見市」があります。ここは、昭和31年に富士見村として名前を決め、発足しているので、特に由来はなく、当時、単純に富士が見えるからということで決めたのでしょうが、富士見市は、日本全国探しても、ここだけのようです。村になると、群馬県勢多郡(せたぐん)には、富士見村があります。赤木山のふもとのようです。今はわかりませんが、このあたりからも富士山が見えたのでしょう。また、駅名検索で、「富士見市」「富士見村」という駅名で検索すると、どこにもないと出ますが、「富士見町」と検索すると、2箇所出てきます。神奈川県と、鳥取県が出てきます。神奈川県は、鎌倉市にある駅なので、当然そこから富士山は見えるだろうと思いますが、鳥取県の富士見町駅は、米子にありますので、富士山は見えるはずはありません。どうして、そんな名前をつけたのでしょうね。たぶん、そこから見える山か何かが、富士山に似ているのでしょう。駅名でないと、全国には、富士見町はかなりあると思います。私の住んでいる隣町にも、「富士見町」があります。何かの特集で、全国の富士見町のなかで、どこまで富士山が見えるかをやっていました。昔は、かなり遠くまで見えていたようです。今は、大気汚染だけでなく、建物で見えなくなっているところが多いようです。この写真は、私の寝室から見える景色です。朝、窓のカーテンを開けると、晴れていると、このように富士山が見えます。毎朝、この富士山を見るのが楽しみです。四季折々、姿、印象がかわります。山頂の雪や、周りの雲の具合なども変わります。ただ、最近は、できたビルのせいで、半分しか見ることができません。また、保育園からも富士山を見ることができます。ただ、山頂付近だけですが。
このように、朝一番に見る景色は、人によってちがいます。地上階で目覚める人と、マンションの何階かで目覚める人では、朝一番に窓から見える景色は、人によって、ずいぶんちがうと思います。子どもにしても、普段見ている高さがちがうことが、その子の育ちに影響している気がします。大学生のころ、高層住宅の中の塾でバイトをしていたとき、そこに住んでいる子どもたちが我が家に遊びに来たとき、近くの切通しに連れて行きました。そこには、高い位置につり橋が架かっていたので、そこをわたらせてみたところ、第1感想は、「わあ、高いなあ。」ではなく、「うちと同じくらいの高さだ。」でした。日常、窓から外を見ている高さだったのですね。高島平の高層住宅の子どもが、何10階の高さで、隣のビルに飛び移っていることが話題になりましたが、高さに対しての感覚が麻痺してくるのでしょう。生活のGLがどの高さかが、心に影響していないか心配です。

窓からの景色” への9件のコメント

  1. 初めてせいがの森保育園を見学した時に、冬の晴れた空に
    くっきり富士山が見えていたのを思い出しました。
    ちなみに、富士山が見える限界の地は、和歌山県の南紀勝浦の
    大雲取山(966m)だそうです。
    数年前に山岳雑誌でその写真を見ました。
    富士山までの直線距離はなんと320キロ。
    このトリビア、なんヘェ?くらいでしょうか。

  2. 今日はありがとうございました。
    今日のお話で一番印象に残ったことは、
    「天命を信じる」
    と言うことでした。
    私も天命を信じます。
    藤森先生にお会いできたことも天命でしょうか?
    私も日本の教育を変えたいと思っています。
    私にできることを精一杯やりたいと思います。
    お会いできたことを神様に感謝します。
    これからもよろしくお願いします。

  3. 今日はありがとうございました。
    今日のお話で一番印象に残ったことは、
    「天命を信じる」
    と言うことでした。
    私も天命を信じます。
    藤森先生にお会いできたことも天命でしょうか?
    私も日本の教育を変えたいと思っています。
    私にできることを精一杯やりたいと思います。
    お会いできたことを神様に感謝します。
    これからもよろしくお願いします。

  4. 近くに「浅利富士」と呼ばれる山があり、スケールは小さいですが富士山に形はよく似ていてよく眺めています。富士山に対する思いは日本人は特別なものがあるんでしょうね。飛行機で東京へ行く際は必ず富士山の様子をチェックしますし、きれいに見えるとワクワクしてしまいます。富士山に限らず山は、山を背負って街を作ってきたりと、日本人にとって重要な役目を持っていると思っています。山と人との関係は大事にしたいものです。

  5. 富士山というのは日本人にとって特別な存在なんでしょうね。鳥取にある大山を間近で見ても「おお」という声が自然に出てきて、その雄大さに驚いてしまいます。大きな山というのは迫力があり、特別な力を持っているように見えます。都会の子どもは私よりもずっと高い位置で何年も寝起きをしているんですよね。確かに改めてそれを思うとなんだか不思議な感じがします。地上には魔物がいるという考えで、とても高い位置に住んでいる部族の特集を見た事がありますが、私はだめです。高い所がだめなんです。ショッピングモールの2階から下を覗くことも怖いですし、長いエスカレーターに乗るのも怖いくらいです。

  6. まだ経験したことはありませんが、スカイツリーのエレベーターも分速600メートルと、ほんの50秒弱で第一展望台まであがってしまうそうです。まさに「もうついたの?」といった感覚でしょうね。東京タワーは、階段で上ることができるため、高さを自らの体験で感じることができますが、科学技術の進歩とともに、その経験は減っていくでしょうね。富士山のように、高さの変わらない存在が周囲の方たちの基準となり、皆がその方向に目が向き、日常を彩る景色になることは、シンボルであるゆえんかもしれません。高層ビルやマンションによって、その景観が損なわれるのは日本人として少々悲しいですね。

  7. 中野富士見町の園さんの園内研修、8年前にいらっしゃったのですね。その時から大変身を遂げた「中野富士見町にある園」さんに先日お邪魔し見学をさせてもらいました。しきりに、藤森先生のおかげだ、おかげだ、とその園の園長先生が仰っておりました。とにかく、素晴らしい園でした。さて、富士山、私の好きな山です。そして、なんと私の住まいから遠くに富士山を観ることができるのです。幸い、高層ビルに邪魔されることなく、その雄姿を拝むことができます。空気の澄み始める晩秋から冬にかけて真白くなった山容を拝見できます。もっとも今残念なことは、マンションの外壁工事のため外に足場が組まれ建物全体がカバーで覆われていて、富士山を眺めて時を過ごす贅沢を味わえません。あとどれくらい外壁工事はかかるのだろう・・・。富士山は本当に美しい山ですね。

  8. 子どもの頃に多摩市に住んでいました。そこのアパートの名前が“メゾン富士見”と言いました。富士山がよく見えたという思い出は残っていないのですが、オーナーさんがきっと富士山が好きだったのだろうなと想像できます。富士山は、日本人にとってとても大切なものですね。
    富士山が世界遺産となり、僕も富士山への興味と関心が強くなりました。先日テレビで富士山を弾丸登山する若者を特集していましたが、ご来光の素晴らしさとは裏腹に、登山道がゴミでいっぱいになっていたり、浴衣に雪駄で登る人がいたり、高山病になってしまったりと、見ていてとても驚きました。
    山にも神様がいると思うので、登る機会がある時には神様に失礼のないようにしたいと思いました。

  9. 窓から覗かせる富士山も素敵ですね。富士山が見えると、頑張ろうという気持ちが自然と入ります。皆さんの言うように、特別な力があるのでしょうね。絵や写真からでもあると思います。
    東京タワーの中にある、下が見えるガラスの床。あの上に立つのは本当に怖かったです。現代の子はどうなんでしょうね。生活が便利になっていきますが、麻痺していく力が増えてしまうのではと思いました。高さや広さ、速さなどたくさんある気がします。知ってるからいいやと、身近なものと比較して挑戦しなくなってしまいそうです。そうなってほしくはないなと思います。

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