写真

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 今日は、研究保育の二日目でした。ドイツでの夜の研修と同じ方法での研修をしました。昨日、参加者は、ほうりん保育園、高岡ほうりん保育園をそれぞれが見学しながら、写真を撮っていましたが、それぞれの人は、どの場所で、どのように思ったからその写真を撮ったのでしょう。気に入ったところ、気になるところ、参考にするところ、園に戻って職員に伝えようとするところなどの写真を撮っているのでしょう。そこで、何人かの人に、その人が撮った写真を見せてもらいました。(今は、デジタルカメラで撮っているので、フイルムの代わりにカードを借りると、パソコンから映写できます。)そして、自分は、何でその写真を撮ったかを説明してもらいます。たとえば、同じ保育園の職員でも、園長が撮ると何を撮るのか、保育士だったら何を撮ったかを比較してみると、とても面白いものです。また、自分では気がつかない観点に、気づかされることも多くあります。そんな研修でした。
 それを見ながら、私は、写真の不思議さを感じていました。実際の目で見ているときは、見ている対象は、時のなかで流れています。それを切り取ってみたときに、新しいものがみえてきます。まず、子どもとか、人の表情は、必ずその表情はどこかではしているのでしょうが、写真では、始めてみる顔の表情を発見することがあります。また、実際に見ているときは、見ている対象は絞られますが、写真で見ると、その周りも見えてきます。たとえば、実際には、保育士の行動を見ていて、それを写真に撮ると、それを見ている子どもの顔がわかります。また、写真は、本物を撮っているはずなのに、本物でないと思うことがあります。逆に、偽者をとっても、本物のように思ってしまうこともあります。そんな写真の不思議さを表現した写真展を見たことを思い出しました。それは、森美術館で、レオナルド・ダ・ヴィンチ展と同時に見た、杉本博司氏の「時間の終わり」という写真展です。杉本博司(1948年生まれ)氏は、この30年間に世界のアートシーンにおける有数のアーティストとしての地位を確立してきました人です。彼の写真は、最初はよくわからなかったのですが、順に見ているうちに、また、途中でそれを解説した映像を見て、なんとなく意図したことが見えてきました。彼の、その時間、場所、文化や歴史を通して、物事の本質を追求する独自の視点は、つねに国際的な注目を集めています。展覧会には、こんな作品が並んでいました。映画1本分の長時間露光による「劇場」、世界中の水平線を撮り続ける「海景」などです。そのなかで、わかりやすいものに「肖像」シリーズがあります。これは、名画を蝋人形にして立体化し、それを再度、絵画と同じライティングをして撮った写真です。あたかも、生きている人をその時代に撮影したかのような錯覚をします。また、「建築」シリーズも面白いものでした。設計家が、建物を設計するときに、まず、頭の中で、建物のイメージをします。そのイメージした映像は、あたかも完成された建物をぼかして撮ったものに近いのではないかということで、建物をピントをずらせて撮った写真です。写真というのは、なんとも不思議なものですね。

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