レオナルド・ダ・ヴィンチ

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今、巷の話題は、ヒルズ族です。村上、三木谷、堀江等々。今日は、ちょっとヒルズ族の仲間入りをしてみました。といっても、六本木ヒルズに行ってきました。そこで、今、レオナルド・ダ・ヴィンチ展をやっているので、見に行ったのです。
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人類史上最も偉大な天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452?1519年)は、私と同じ4月15日生まれです。子どものころそれを知って、うれしくなったものです。今回の展示は、とても貴重なものだそうです。それは、研究の集大成として遺した直筆ノート「レスター手稿」が、日本で初公開されているからです。この「レスター手稿」は、いま、マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長が所蔵し、一年に一度、一カ国だけしか公開されない手稿なのです。ですから、世界でも稀少な展覧会です。この趣向は、ローマの画家G・ゲッツィから英国の貴族レスター卿へ、レスター卿から米国石油王アーマンド・ハマーへと大富豪の手を渡り歩いたものが、現在は、あのビル・ゲイツ氏の手に渡り「ビル&メリンダ・ゲイツ氏個人所蔵」となっているのだそうです。それぞれの時代での金持ちがどんな職業かがわかりますね。
レスター手稿は、レオナルド・ダ・ヴィンチ晩年の手稿で、彼が生涯をかけて取り組んださまざまな科学的考察の集大成としてまとめられた極めて貴重な研究ノートです。500年前の最先端メディアである「紙」に、月の満ち欠けや天体の運動などの天文学、渦や波紋などの水の性質とその利用に関する水力学、そして地殻変動や地球の構造についての地球物理学などの考察が、鏡面文字で書き込まれています。鏡面文字で書かれているということにとても興味を持ちました。いわゆる鏡文字で書かれており、字だけでなく、そこに書かれている図もすべて逆に描かれています。ですから、それを読むのには、鏡に映さなければなりません。そのような特徴を持つ奇異な文字で書かれているのはなぜかというと、「暗号」ではないか、「印刷をするため」にそのように書いたとも、「彼が左利きだったため」等、今なお様々な説が論じられています。ダ・ヴィンチは、両利きだったそうで、また、天才であることを考えると、ただ、左利きだったというのは、単純すぎるように思います。レスター手稿は72ページから成りますが、彼は、ここに記されたさまざまなことは多分野にわたり、先見性と独創性に満ちた考察が、次から次へあふれ出てくるのを受け止めるのが大変かのように熱気あふれんばかりに記されています。その中で、月の光の起源、天体における重力の影響など、ガリレオやニュートンの先駆ともいえる探求は、近代の幕開けを告げるものでした。彼は、川の流れを見ていても、月を見ていても、化石を見ていても、そこに物事の真理を見ようとしていたようです。同じものを、同じように見ていても、そこから何を感じることができるかで、天才を作るものなのですね。

レオナルド・ダ・ヴィンチ” への6件のコメント

  1. 藤森先生とダ・ヴィンチと誕生日が一緒というのはなんだか妙に納得してしまいます(ちなみに私は日本ハムの中田翔選手と一緒だったと思います。どうでもいい情報でしたね)。ダ・ヴィンチという人はとても多才だったのですね。きっと好奇心や探究心が強い人だったのでしょうね。もともとの才能も凄いのでしょうが、どんな育ちをしたのかも気になります。ダ・ヴィンチと聞くだけで謎めいた、予言者のような、秘密さを感じるのはあの映画の影響が強いからかもしれません。しかし、天才さが故に何かを見通す力があったのかもしれませんね。

  2. 「同じものを、同じように見ていても、そこから何を感じることができるかで、天才を作るものなのですね。」このことが全てを語っていると思います。モノが見えるかどうか、モノを認識できるかどうかは、単純に眼やそれを強化する道具の能力だけの問題ではなく、頭のなかの思い込みと現実に目の前に存在するものとのギャップにどう折り合いをつけられるかということなのだという話を聞きました。未だ見たことがないモノを見るためには、先入観をなくしてまっすぐに見る力が必要だということだと思うのですが、ということは私の目に入っていながらまだ認識できていないことがたくさんある可能性があるということでしょう。天才にはなれないでしょうが、少しでも多くのモノをまっすぐに見ていたいという思いは強いです。藤森先生が観ておられることも、今後自分はどこまで見ることができるんでしょうか。

  3. 同じ話を聞いても、毎回得るものが違っている人に憧れています。「あーこの話ね」で、終わってしまえば、そこから何も得ることが出来ませんが、「同じような話だけども、今の自分にはポイントと感じるところが違っているかもしれない」と思うのとでは、今後の生き方にも影響を及ぼすだろうなぁと思っています。そのような、何からでも学べる人が、天才の称号を得るのかもしれませんね。ダ・ヴィンチが、鏡文字で何を伝えようとしていたのかはわかりませんが、そこから出てくる数々の憶測が、彼への思いを強くしていきそうです。

  4. もう8年が経過したのですね。当時岩手に住んでいた私はGTの会議かなんかの折に上京し、会議が終わってから六本木ヒルズに向かい、今回のブログで紹介されている「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」を観ました。そして、その時はあまりわかっていなかったのですが、ダ・ヴィンチの種々ある手稿のひとつ「レスター手稿」の本物を目にする、という、いうなれば、世界文化遺産を日本で観られたという極めて稀有な経験をした、ということが後になってわかりました。「同じものを、同じように見ていても、そこから何を感じることができるかで、天才を作るもの」とブログの最後にありますが、「天才」は常に「そもそも」を自問自答し、その答えを得んがために、考え続け、やがてその答えをものにしていく人だと思います。ダ・ヴィンチはさまざまなことができました。俗に「器用貧乏」といいますが、本当に「器用」なら貧乏にならず王侯貴族の庇護を得られることをダ・ヴィンチは証明してみせています。話は逸れますが、俗に「頭のいい人は字が下手だ」と言われますが、本当に「頭がいい人」は字も上手です。もっとも「字の上手な人」が「頭がいい」とは、残念ながら、限りません。しかし、その可能性はある、ということです。そのことはさておいて、ヴィンチ村のレオナルドさんの「鏡面文字」は確かに印象深かったですね。誠にもって、芸術そのものでした。

  5. 藤森先生と誕生日が一緒ということが驚きでもあり、もりぐちさんのコメントにもあるように、なんだか納得してしまいます。同じものを、同じように見ていても、そこから何を感じることができるかで、天才を作るものなのですね。まさに、藤森先生のものの見方、捉え方の話をされているようです。それぞれの時代でのお金持ちがどんな職業かがわかるという発想も、天才をつくるものの発想であると思います。
    鏡面文字にしたことは、レオナルド・ダ・ヴィンチのシャレではないでしょうか。深みを与える為に、天才は面白いことをしたのだと思いました。藤森先生がとてもユーモアのある御方であるので、そんな風に感じました。

  6. 「次から次へあふれ出てくるのを受け止めるのが大変かのように熱気あふれんばかりに記されています。」きっと考えることがとても楽しかったのでしょうね。保育でも、判断する場面、思考する場面などたくさんあると思います。そのなかで、思考するのは人としてとても必要なことだと思っています。「同じものを、同じように見ていても、そこから何を感じることができるかで、天才を作るものなのですね。」天才にはなれませんが、物事を見るためには必要なスタンスだと思いました。僕の好きな本で星の王子様という本があります。その中で、キツネが「大切なことは目に見えない」と言っていました。王子様も忘れないように繰り返し言う場面がとても印象的でした。そこでもあるように、同じものでも別の視点から見ることも大切にしようと思いました。子どもを見る視点を変えて、考えることを楽しみたいと思います。

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