今日、千歳から羽田までの飛行機に乗りました。到着したゲートは19番。そこで、小松空港行きに乗り継ぐために、出発ゲートを見ると、なんと19番。そうです。千歳から羽田に乗ってきた同じ飛行機で、今度は金沢へ。席もふたつずれているだけです。そのまま乗っていたい気分です。とりあえず一度外に出て、準備ができたので乗り込んだら、なんと、添乗員も同じです。添乗員も気がついて、「さっきも乗っていましたよね。」と言われました。添乗員は、どんなローテーションをしているのでしょうね。最近、保育園のローテーションが複雑になって困っていますが、もっと複雑なのでしょうか。よく、私が、千歳から金沢というと、「タフですね。」といわれますが、添乗員は、もっとタフですね。しかも、私は座っているだけですが、添乗員は、常に歩き回っているのですから。私は、それを見るたびに、申し訳ないのですが、「こんなにハードで、生産性の何もない職業が、何でこんなに人気があるのだろう。こんなきれいで、優しい人が、こんな大変な仕事について、飲み物をただ配っているだけでは、もったいないのに。」と思ってしまいます。それに比べて、なんと、保育者という仕事は、明るい将来に向けて、人材を作るという、生産性ある、最も重要な仕事であると思わざるを得ません。しかし、感じ方や、その職業を選ぶ観点が一人ずつ違うので、世の中、よくできているなあと思います。
同様に、各地に行くと、そこに住んでいる人は、何でこの地を選んだのだろうと思ってしまいます。かつて、保育園の駐車場のライトの上に、ツバメが巣を作ろうとしたことがありました。途中まで作りかけたのに、夜になると電気がついて、その場所が熱くなるのであきらめたのですが、一生懸命、つがいで巣を作っている姿を見て、どうして、ここに作ろうと決めたのだろうか。夫婦で、ここがいいと話し合いをしたのだろうか、オスかメスが提案をして、もう片方が合意をしたのだろうか、夫婦どちらの意見が強いのだろうか、それとも、何も考えないで、昨年もここに作ったから今年もここと思ったのだろうかなどと考えてしまったことがありました。
今日、宿泊しているホテルは、加賀百万石の繁華街の中心の,香林坊にあります。中心部になったのは、位置として、兼六園、金沢城址、武家屋敷、寺町寺院群の間の中心にあたり、昔から人が集まりやすいところであったからなのでしょう。香林坊という地名は、元、朝倉氏の家臣であった香林坊という人が、朝倉氏滅亡の後、比叡山延暦寺の僧になっていたのですが、同じく朝倉氏の元家臣で金沢城の近くで薬屋を営んでいた向田家に養子に入るために還俗して、目薬屋を始めたところから由来するようです。
何がきっかけで、そこにすむようになり、何がきっかけでその職業をすることになったかというのは、ほんの偶然かもしれませんし、与えられた「天命」であるのかもしれません。