過剰育児パート2

 10月18日のブログで書いた、1963年の「暮らしの手帳」の続編です。
「勤勉な日本人の女性である母親は、いま、育児知識をきわめて貪欲に摂取して、これを自分の子どもに実行することを天職としてやりはじめた。子どものころから、少しの間も目を離さない母親が、普通の家庭のなかに続々と出てきたのである。子どもは密室の中で監視され「育児」されることになった。
 この時代の過剰育児は、今の時代に見られるような少子化が原因ではなかったようです。家の周りに子どもの遊び場がなくなり、道は車で危なく、子どもを外に出せない。そして、家で、漬物や煮物もしなくなり、衣服の繕いもしない。掃除、洗濯、風呂の沸かしなどが楽になり、育児に全エネルギーを注げるようになったということのようです。今は、子どもが少なくなり、子どもは地域に出ても他の子どもと接することはできず、兄弟は少なく、結局は、密室育児なっています。
子どもを預かってくれる施設である保育園がなぜそんなに少ないのか。子どもを家庭以外のところで保育することが、現在の日本で教育上必要であると国家が認めていないからである。家庭では子どもを育てることができないと国家が認めた家庭の子どもだけを、国家が昼間だけ一時預かりするのが保育園である。それが、教育でない証拠に、保育園を監視しているのは文部省でなく厚生省である。子どもの虐待を防いだり、捨てられた子どもの世話をする児童福祉法という法律に基づいて保育園は運営されている。―略― 名は保育園になったけれど、国家の考えは戦争前の託児所とあまり変わっていない。」
 国家だけでなく、保育園のなかには、いまだに託児所だと思っている園があるような気がします。今は、子どもにとって、教育上必要な施設です。それは、この記事のリード部分にある「今の子どもたちを、いわゆる過剰育児から守るためにこそ、保育園がいるのである。」ということです。過剰育児というよりも、今は、子どもへの母親の過干渉が問題になりつつあります。この過干渉は、学級崩壊を生み、キレる子を育て、勉強への意欲のない、仕事への意欲のない(ニート)若者を生み出してきているのです。今こそ、次世代を担う子どもたちを育てる園への転換が必要です。