初心

 昨日の表彰式は、同時に「名誉都民」の顕彰式も行われました。今年、名誉都民に選ばれたのは、元水泳選手で日本水泳連盟名誉会長の古橋廣之進さん、和泉流の狂言師、野村萬さんと木彫刻師の岸本忠雄さんの3人です。
 それぞれの謝辞の中で、野村萬さんが、「『初心 忘るべからず』と言ったのは、能の『世阿弥』でした。そのなかの『老後の初心忘るべからず』を肝に銘じて、今後も精進していきたいと思います。」と述べました。
初心忘れるべからず」という言葉は、よく聞きます。結婚式などでも使いますね。しかし、その意味は、少し違うように使っていることがあります。「何かを始めたころの気持ち、感動、希望など(初心)を忘れずにいよう。」というように使いますが、それでは、老後の初心は、ありえません。どうも、「初心」と「初志」を間違えているようです。「初心」とは、「まだ物事を始めたばかりで未熟で慣れない状態」のことをいいます。「初心者」という言葉の初心です。ですから、「初心忘れるべからず」の意味は「物事を始めた頃の未熟で失敗ばかりであった時の記憶やその時に味わった屈辱や悔しさ、そこを切りぬけるために要した様々な努力などを忘れてはならない」ということなのです。ですから、その仕事を始めたばかりの人が、「初心を忘れずに仕事をします。」というのは、おかしい使い方で、初心は、ある程度その道を経た人が、その時々に思う心なのです。その仕事をしていくうちに、自らの中弛み、慣れによって生まれる慢心を戒めるために使うのが正しいのです。ですから、逆に「初心」とは芸の未熟のことですので、「初心に返る」「初心に戻る」というように、戻ってしまってはいけないのです。
このことばは、世阿弥の晩年の著書「花鏡」にある言葉です。世阿弥は、室町時代の能(当時は猿楽といった)役者・能作者で、優れた能楽論書も残しています。能の大成者として、父、観阿弥といっしょに学生時代に覚えました。『花鏡』には次のようにあります。「しかれば当流に万能一徳の一句あり。 初心忘るべからず。この句、三ヶ条の口伝あり。 是非とも初心忘るべからず(是非によらず、修行を始めたころの初心の芸を忘るべからず ) 時々の初心忘るべからず (修行の各段階ごとに、各々の時期の初心の芸を忘るべからず ) 老後の初心忘るべからず (老後に及んだ後も、老境に入った時の初心の芸を忘るべからず ) この三、よくよく口伝すべし。」
 いつでも、その時々に、初心を忘れずにいたいと思います。