看護師

今、看護学校から実習に来ています。現在、准看護師の資格は持っていて、正看護師になるために、「健常児と触れ合う」という課題を持ってきています。
2002年3月より保健婦・保健士、助産婦、看護婦・看護士、准看護婦・准看護士の名称は、それぞれ保健師、助産師、看護師、准看護師という名称に変更になりました。「保母」が「保育士」に変わったのと似ている状況があります。ひとつは、女性だけではなくなったということで、男女共通の呼び名に代えたということです。しかし、もともと、女性を「看護婦」男性を「看護士」と呼んでいたため、共通として、保育士のように「士」を使わずに「師」を使うことにしたのでしょうね。もう一つは、「婦」という字です。これは、なかなか難しい問題があります。「婦人」「主婦」なども議論を呼んでいます。漢和辞典(学習研究社「漢字源」)では、そもそも「婦」の原義は、「女+帚(ほうきを持つさま)で、掃除などの家庭の仕事をして、主人にぴったりと寄り添うよめやつまのこと」であり、「つまり、婦人、主婦、○○婦など、「婦」の使用は、女性は家にいて家事をという男性優位社会の固定観念を認め、それを助長することになるという主張です。しかし、語源というものは、いろいろな説があり、「掃く」という行為は、旺文社の「標準漢和辞典」によると、「女と帚(ほうき)とを合わせて、一家の祭事を行なう女・よめの意。のちにひろく、おんなの意に用いる。」とあり、帚(ほうき)は家事を行なうためでなく、祭事を行なうためのものと解しています。昔は家事ではなく、祭礼であるというのです。そのほかにも、どうも神聖な仕事をするようなイメージの解釈が多いようです。また、陳舜臣氏によれば「婦」は古来、上流の女性の階級名であり、掃くという意味はないといいます。しかし、もし「婦」という字を当てられたり、その呼称で呼ばれることが不愉快な人が多ければ、新しい字を考えてもいいかもしれません。また、「士」と「師」も難しいですね。ある辞書を調べると、「士には仕える」「師は先生をさす」とあり、別の辞書は、「士は資格・役割を持つ者」保育士や弁護士や栄養士などで、「師は技術者」のことで看護師や医師や美容師がこれに当たるといいます。また、准看の「准」も、「準」とどう違うのでしょうか。眠れなくなりそうですね。

看護師” への6件のコメント

  1. ここに出てくる漢字は、意味を知れば知るほど分からなくなってしまういい例なのかもしれません。しかも社会的に複雑な問題を含んでいる漢字でもあるのでなおさらです。どっちでもいいんじゃないかで終わらせることもできるかもしれませんが、寝られなくなるくらい考えることも好きなので、サラッと読んでおいた方が体には優しいんでしょう。

  2. 「婦」という漢字一つにも様々な解釈があるのですね。それが漢字のおもしろい所なのかもしれませんね。「准」と「準」、どういう解釈なんですかね。「準教授」ではなく、「准教授」だったりしますが、準だとなんだか次のというイメージが強すぎて、尊重されていない印象だからですかね。結局、教授の次というのには変わりないのですが。イメージで漢字の使い方も変わったりするものなのでしょうか。

  3. お見舞いのため、病院に行ったりすると、男性の看護師の数が増えてきている印象を受けます。入院中の家族の話では、ベッドから車いすに移動する際は、やはり男性の方が安心感があるという話を聞いたことがあります。また、男性の方が相談しやすいという内容もあるそうです。ただ、腕力があるからとか、男性だからといった理由ではなく、“多様性”の考え方であるように、男女や年齢、それぞれの個性を活かせる社会が少しずつ出来上がっていくことを願っています。

  4. 「保母」さんが「保育士」さんとなったとき、「看護師は師の字を使うのに、保育士はどうして士の字?あるいは栄養士は栄養師なんじゃない?」などなど疑問を出し合っては各々の見解で回答を伝え合ったことを思い出しました。看護師が「師」となった「女性を「看護婦」男性を「看護士」と呼んでいたため、共通として、「師」を使うことにしたのでしょうね」という理由は合点がいきました。同様に、保父さんは男性看護士さんほど当時ポピュラーじゃなかったので栄養士同様保育士」と「士」を使ったのでしょうね。調理師は男女とも存在するので「師」の字を使った、と解釈すると、とてもすっきりします。なぜ、そうなのか、こうしたことを考えたり調べたりすると、本当に勉強になりますし、自分のやっていることを意味がわかってやっているのかそうではないのか、そのことにも敏感になってきます。よく藤森先生が「どんな意味があるの?」と問いかけますが、そのことは自分でも身に着けたいと思い練習しています。

  5. 漢字は、昔の人が考え出した芸術であることを改めて感じます。
    それと共に、漢字や日本語を使わない諸外国では、文字によって悪くとれば偏見が生まれるというような問題はあるのでしょうか。例えば父兄という言葉が、女性差別にあたるというようなことです。
    日本は良くも悪くも言葉が大切なようです。しかし、最近は、物事の本質を無視してか、知らずか、上辺だけで議論を重ねていることが多いように感じます。
    違うところが違うのでは、どんどん違っていってしまうのではないでしょうか。

  6. 今は言葉一つで、批判を受け責任を取ったりすることがあると感じます。漢字一つにも意味がある事を知ることで普段意識できていなかったことが、気になり始めました。呼び方一つにも意味があるとは、難しいですね。海外ではどうなのでしょうか。日本のように呼び方を変えるのは、一部の人から見ればそんなこと気にしてられないと思う方がいるかもしれませんが、それは日本人の思いやりの気持ちであると考えます。相手への気持ちや敬意があってこその改定なのだと思います。僕は、言葉での説明力が苦手です。「これってどういうことだろう」と意味を一つひとつ考えながら説明出来ればと思います。

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