2005年09月25日 [映画]
シンデレラマン

最近、映画を見るとき、片方が50歳以上の夫婦であれば、二人とも1000円で見ることができる企画があります。昨年その企画があったため、かなり映画を見ました。1年限りの企画だったのですが、好評のため、今年も継続されています。
今日は、台風の影響で雨が降る予想があったために、映画を見ることにしました。その映画は、「シンデレラマン」です。実在のボクサー、ジム・ブラドックの半生を描いた伝記映画です。内容は、主人公のジムは愛する妻、3人の子供と幸せに暮らしながら、将来を期待されるボクサーでした。ところが拳の負傷から負けが込み、やがてライセンスを剥奪され失業者となってしまいます。経済的な困窮から家族はやがて何度も離れ離れになってしまいそうになりましたが、ある日、元マネージャーから一夜限りの復帰戦の話がきます。強豪ボクサーの相手がおらず、ジムに白羽の矢が立ったのです。じつは、単にKO経験の無い彼が滅多打ちにされるという筋書きを期待されてのことだったのです。しかし、意外な試合結果を呼びます。その後、ジムは一念発起、猛トレーニングを開始し、復活するという話です。タイトルの「シンデレラマン」は、アメリカの好きな「シンデレラストーリー」をイメージします。最後には、ハッピーエンドという安心して見られる内容です。しかし、いろいろと考えるところがあります。たとえば、ボクシングで戦うときに、よくスポーツ選手が言いそうな「夢をつかむために戦い、勝利をつかむ」という様子は、主人公には微塵もありません。逆に、自意識過剰で夢を追いまくる権化のようなボクサーと戦うことで、その考え方を否定しているかのようにも見えます。では、彼は何のために戦ったのでしょうか。彼は劇中のインタビューでそう聞かれたとき、生活のためという言い方の「パン」のためと答えずに、「ミルク」と答えます。これが、実は、この映画の主題の気がします。彼は、普段はおとなしいのですが、貧しさのために妻が子どもたちを親類に預けることを決めたときだけは猛烈に怒ります。また、家族を養うために、いとも簡単に選手としてのプライドを捨て、かつての仲間の元へ無心にも行ったりします。こうした行動からわかるように、この映画の主人公の生きていく中心は、子ども、家族なのです。これが、「ミルク」で象徴されている気がします。ボクシングをすることは、単に「自分の夢をかなえる」ということとか、「生活の糧」とかではなく、「家族とともに暮らすこと」「子どものため」がすべてなのです。生きる中心に常に子ども、家族を置くことが、人を強くするということを教えている気がします。
投稿者 fujimori : 2005年09月25日 20:26