1冊の本と出合いました。「ネパールの神々」という本です。
その本は、ネワール人絵師イシュワリ・カルマチャリャの作品を集めた画集です。ネワール族というのは、語源は、ネパールと同一といわれています。その画集は、経典画ですが、ヒンドゥー教や仏教の神々が描かれています。どうして、こんな難しい画集を買ったかというと、その中の絵に、「マンダラ」の絵があったからです。ドイツに行った人たちを中心に、子どもたちに「マンダラの塗り絵」がはやっています。これは、集中することやバランスのとれた子どもになることに役に立つといわれているものです。この塗り絵の解説には、「マンダラは仏教とヒンズー教の文化から、瞑想の道として伝えられました。深層心理学者のユングもマンダラの価値を当時の現代人のために発見しました。」とありますが、マンダラの解説はなかなか難しく、しかも私みたいにあまり勉強家ではない者にとっては、簡単にこれを述べるわけにはいきませんが、塗り絵をさせておいて、何もわからずにいるのは申し訳ないと思い、私なりの解釈を少ししてみました。(専門の中山さんに笑われるかな)
曼荼羅(マンダラ)とはサンスクリット語で、通常、本質、精髄をもつもの、つまり仏の悟りそのものを意味する言葉とされています。また単に、円、輪、集合体と言う意味もあり、輪円具足(りんえんぐそく)と訳されることがあります。「円輪(輪円)具足」とは、車輪が車軸やスポークなどの部品(円輪)が完全に揃って(具足)はじめて機能を果たすという意味からきています。したがって、あらゆるものを包摂し、しかも円輪のごとく秩序を保ちつつ個性の発揮される、調和と共生の世界を説いていますので、私たちが進める「共異体」の世界であり、インクルージョンの世界であると私は思っています。画集の解説には、「マンダラは、神像やその象徴を含むが、同心円や方形などの幾何学的図像を用いることによって、全宇宙体系や秩序的体系を表現したものである。」と書いてあります。また、ユングはマンダラを「自分自身でも意識できない部分を含めた心全体を表現する図」と言っています。じっと見つめていると、宇宙の中の自分という存在が、個として存在しているのはなく、宇宙のなかで一体化した中で、自分が何をすべきなのか、自分の天命として、何が課せられているのか、という気持ちを、地球という枠から出て感じます。
画集『ネパールの神々』いつか見せて頂きたいですね。10年前まだ政情が安定している頃ネパールを訪問しました。民族問題と宗教問題更に環境問題絡みでお釈迦様生誕地とされるルンビニーを訪れたのでした。そうした深刻な問題を別とすれば、ネパール社会は神々と人々が本気で共生している社会で、とても魅力的でした。「マンダラ塗り絵」と聞いて驚きました。マンダラ=密教、という固定観念が頭を占拠していましたから。子どもの世界、スゴイですね。曼荼羅、漢字で書くと難解そのもの、それが塗り絵になっちゃうのですからオドロキです。チベット仏教には砂曼荼羅という色のついた砂一粒一粒を僧侶たちが協働で作り上げる仏道修行があります。出来上がりは実に見事なものです。曼荼羅の世界、まさに「共異体」「インクルージョン」の世界ですね。藤森先生のこのブログの末文、私の固い頭はインド思想哲学の究極の真理「梵我一如」を想起します。そして、末文で仰られたことの密教的な具現化が「曼荼羅」でした。藤森先生の曼荼羅解釈には脱帽です。
はじめましてーマンダラミュージアムの大矢と申します。
立川武蔵先生のかと思いました。
本物のマンダラを博物館で見せようなんて思ったのが
大きな間違いでしたここは寒い冬は雪が深くて動けない
来春からオープンしますので一度見て判断してコメントを
ください。