「老」のイメージ

 今日は、「敬老の日」です。
「老」というイメージは、何歳くらいを思い描くでしょうか。
たぶん自分の年齢によるでしょう。ですから、自分の年齢が高くなるにつれて、だんだん、「老」のイメージは、高くなります。
 では、以前に少し話をした、「昔話」に出てくる「老」はどんなでしょう。
日本昔話の中の親子関係は、まず、ほとんどが、子どものいない老夫婦が、子どもが欲しくて欲しくてたまらずにいたところ、さまざまなパターンで授かり、その子どもがいろいろな冒険をするという構成になっています。
桃太郎(おじいさんとおばあさんに、桃から男の子が生まれる)
かぐやひめ(おじいさんとおばあさんに、竹から女の子が生まれる)
一寸法師(おじいさんとおばあさんに、指ほどの小さい男の子が生まれる)
力太郎(とんでもない無精たれのおじいさんとおばあさんに、体のあかから男の子が生まれる)
タニシ長者(貧しいお百姓夫婦に、タニシ(男の子)が生まれる)
うりこひめ(おじいさんとおばあさんに、瓜から女の子が生まれる。)

このように、ほとんどが「むかしむかし あるところに おじいさんとおばあさんがすんでいました。」という書き出しで始まる昔話ですが、生まれる子どもにしては、お父さんとお母さんですが、旅に出るときも、「おじいさん、おばあさん、行ってまいります。」と挨拶をします。本当は、「おとうさん、おかあさん、行ってまいります。」と言うのでしょうね。また、「じいさまかぼちゃ」という話は、きれいな娘が、じいさまとばあさまが欲しくて欲しくてたまらず、「おおきなかぼちゃ」をたたくと、中から、じいさまとばあさまが出てくるというものです。お父さんと、お母さんが欲しいということだと思うのですが。たぶん、そのあたりは、専門家が研究していると思いますので、本当のことはわかりませんが、昔話を読んだり、聞くものにとっては、どうしても子どもができないということをあらわすのには、おじいさんとか、おばあさんのほうが納得しやすいのでしょう。でも、当時の平均寿命からすると、このおじいさんでも、30歳くらいかもしれませんが。また、やっとできた子どもですから、子どもは、ただかわいがる存在のようです。そして、ある年になると、自立をしていき、冒険の旅に出て、それを見守るという過程が、お話になっています。

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