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2005年09月16日 [読書]
臥竜塾のいわれ
最近、かなり昔に読んだ本「天の園」「大地の園」と思いがけず何度か出会うことがありました。「天の園」は、打木村治の作品で、明治後半から大正時代、作者が小学校時代を過ごした唐子村(現在の唐子地区)を舞台に描かれた全六部の長編小説で、「路傍の石」「次郎物語」とともに三大児童文学と言われています。それぞれ1巻で、1学年での生活が書かれており、6学年で6巻というようになっています。そして、サブタイトルとして、「雲の○○」となっています。(たとえば、第1巻は、「雲の学校」)そのあとの中学生編が「大地の園」(全4巻)です。小学編は「天」、中学編は「地」。はっきりと区別した題をつけています。天と地の大きな違いは、子どもが育っていく環境です。「大地の園」1巻のあとがきに『<天を所有し天に所有されて自在>であった小学生のときとは、まるっきり勝手が違う。つまり、次元がちがってしまったのである。このちがいをわたしはきびしくみつめながら、やはり人間形成の基盤の追求の方法は変えなかった。べつのいいかたをすれば、雲に抱かれた童心の場と、地上でおのれをおのれの手で抱くよりほかない童心の場とを天と地に区別した。小学生は天の子であり、中学生は天から落ちた地上の子である。』と記しています。
この「大地の園」で、中学生の主人公の「保」がいつも先輩たちと話をしたり、集いあっている部屋を、保の母親が、「にぎやかで、まじめで、さわやかで、面白くて、いつまでも見とれてしまう風景が目の前で展開されていた。」この集まりを、将来天に上るために、今は臥せて、じっと力を蓄えている竜になぞらえて「臥竜塾」と名づけます。
私が、保育園を始めた頃、夜、何人かの中学生の勉強をみていました。その風景が、「にぎやかで、まじめで、さわやかで、面白くて、いつまでも見とれてしまう風景」であったので、(そうなってほしいという希望も含めて)その場を「臥竜塾」と名づけていたのです。今回、ブログをはじめるにあたって、その場を何という名前にしようかと考えていたら、その名を思い出したのです。
また、最近、ある映画のチラシが目に入りました。「雲の学校」という映画で、今年各地で上映かを行っています。その企画書には、こう書いてあります。
「本企画は、農民文学、児童文学の第一人者として多くの傑作を世に送り続けてきた打木村治先生の生誕100年を記念して、先生が昭和47年に発表した大作「天の園」全六巻をアニメーション映画化し、我々現代に生きる者達が見失ってしまった日本人の根底にあった大切なものを、もう一度考えて見る縁とすることを意図したものであります。」
そして、その舞台は、曼珠沙華を見に行ったあたりだったのです。今度、そのあたりの縁のある場所を散歩したり、記念碑を見ようと思います。映画も見る機会があったらといいなと思っています。
投稿者 fujimori : 2005年09月16日 17:29
コメント
我が子がまだ小さかったころ、絵本の読み聞かせ活動をやっていて、そのころに出会えた、みどり子供図書館の佐藤宗夫先生の講演会で「天の園」「大地の園」のお話もあり、そのあと急ぐように読んだことを思い出しました。
もう十年くらい前になりますが、その時の感動が戻ってきました。保を主にしての子どもたちの世界、や母の生き方・・・
また読み返してみたくなりました。
投稿者 チューリップ塩沢 : 2005年09月17日 01:02