見学者

 今日は、セミナーの最終日で、園への見学者が、25人来ました。これでも、月曜日の62人と比べるとかなり少ないので、園内がだいぶすいている感じがします。私が園にいるときは、ほとんど毎日といってもいいくらいに来客があります。そのなかに、園を見に来る人がいます。多くの来客を受け入れていると、こちらからいろいろと見えてくるものがあります。園を見に来る人がいると書いたのは、実は、見学をしない人がいるということです。私は、見学は、「見る」だけでなく、そこから「学び」がないといけないと思っているからです。必死に見ていても、学んでいません。また、「学ぶ」ということは、そこから何かしら自分の中に取り入れて、次に、行動に移すことも意味します。私は、昔からかなり外国の保育を見てきました。しかし、「見て」来ただけのような気がします。「いいな」「きれいだな」「すごいな」だけでは、何の意味もありませんでした。最近は、やっと、ドイツに見学に行くようになりました。
「観光」という言葉でも、「国の光を観る。用て王に賓たるに利し」ということが五経のうちの一つである易経にあるそうです。「国の光を観る」ということは、「その国の王の立派な人徳と、その王による国民の教化の美しさをみる」(これが、観光の意味)ということであり、「用て王に賓たるに利し」とは、「それだけの知力を持った人物であればこそ、王の賓客として遇せられる臣となることができる」(これが、観光の目的)ということのようです。同様に、「見学」には、「見て」「学ぶ」ということなのです。ぜひ、見学者には、いろいろと学んでほしいと思っています。
同じことが、私が提案する、「保育者は、子どもにとって、よき環境になるべきである。それは、子どもを見守ることである。」といっていますが、ここにも、ただ「見る」のではなく、「見て」「守る」二つの要素がなければいけないのだと思います。子どもが一生懸命にサインを出しているのに、「見守っています」という保育者がいますが、これは「見ています。」というべきですね。子どもの心をぜひ守ってもらいたいと思います。普段何気なく使っている言葉でも、よく考えるといろいろなものが見えてきますね。

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