浜田廣介

 昨日、むくどり保育園の理事長先生が他2名と園に見えました。園名の由来は、浜田廣介の作品である「むくどりのゆめ」からとったという思いをたぶん伝えたくて、お土産のその本を持ってきてくれました。しかし、直接その本を出さずに、同じ作者の名作といわれている「ないた赤おに」とどちらがいいかと聞かれ、私の希望で「むどりのゆめ」のほうをいただいたのです。
 浜田廣介といえば、思い出す本があります。昭和35年4月に中央公論社から発行された「子どもと文学」という本です。これは、かなり児童文学者の間で世評を呼び、問題とされました。その後絶版になったを、福音館書店で昭和42年5月に再度新しい版で出たのです。それを人から借りて読んだのが忘れられず、20年位前に古本屋で見つけ買ったのです。
 それは、題名の通り、子どもと文学について、石井桃子、いぬいとみこ、瀬田貞二、松居直など6名の共著で、書かれています。その中で、浜田廣介の作品について福音館書店の松居直氏が書いています。当時、この内容にショックを覚えました。いただいた「むくどりのゆめ」についても、その解説が丁寧に書かれているのですが、皆さんがよく知っている「泣いた赤おに」についての記述の最初の部分を少し見てみます。
この話は、次のような書き出しではじまっています。
「どこの山か、わかりません。その山のがけのところに、家が一けんたっていました。きこりが、住んでいたのでしょうか。いいえ、そうではありません。そんなら、くまが、そこに住まっていたのでしょうか。いいえ、そうではありません。そこには、わかい赤おにが、たったひとりで住まっていました。」
まず、はじめの、「どこの山か、わかりません」という書き出しはまったくむちゃくちゃです。導入部は、時、場所、人物などを、読者にはっきりとわからせるような書き出しが、なによりもたいせつです。「むかしむかい、あるところに」ということばは、「どこの山か、わかりません」などというあいまいなことではなく、「むかしむかし」であり、「あるところ」という一つの場所を、はっきりと示している約束事です。「どこでもいいよ」というような親切心は、子どもの文学上ではもっとも不親切です。つぎに、「きこりが住んでいたのでしょうか」ということばがでてきます。読者はきこりを頭の中にえがきます。すると、「いいえ、そうではありません」と否定されます。「くまが、そこに住まっていたのでしょうか」で、こんどはクマを思いえがきます。すると、「いいえ、そうでもありません」とまたやられます。やっと、若い赤おにが一人住まいをしていることがわかりました。なぜ、こんな書き方がされるのでしょうか。子どもを混乱させ、物語の発展をとめる以外に何の効果もありません。
 
 こんな調子で、さまざま部分を、子どもの文学として不適切なことを述べて行きます。そういう意味で、どんな昔話も、「むかしむかし あるところに おじいさんとおばあさんが すんでいました。」とはじまるのは、子どもの心の動きにそって、いつ、どこに、誰が、何をしたかを思い浮かべやすいように、まず説明するように始まります。だからといって、この作品が、文学としての価値が低くなるわけではないのですが。
来客は、いろいろなものを持ってきてくれます。