科学的研究による裏付け

志望校に合格するために、ゲームをがまんして勉強に励む受験生。スポーツで勝利をつかむために、あらゆる誘惑に抵抗して研鑽を積むアスリート。会社を興すために、プライベートの時間を犠牲にして仕事に打ち込む起業家。そのあり方はさまざまですが、自分を律し、未来を信じ、目標に向かう人の姿は尊いものだと森口氏は言います。

しかし、このような目標のために自分をコントロールする力は、いわゆる「頭の良さ」とは違ったタイプの能力だと言われています。頭の良さとは、どれだけ知識を持っているのか、どれだけ速く問題を解けるのか、与えられた情報からどれだけ推測することができるのか、などを指します。このような頭の良さは、専門的には「認知的スキル」と呼ばれます。知能指数(IQ)は、認知的スキルの典型的な例です。

一方、目標のために自分をコントロールする力は、頭の良さとは直接的に関係しません。認知的スキルとは異なる能力という意味で、「非認知スキル」と呼ばれます。「社会情緒的スキル」とも言います。非認知スキルには、自分をコントロールする力の他に、忍耐力、自信、真面目さ、社交性など、さまざまなスキルを含みます。

数年前から、わが国においても、非認知スキルが子どもの将来にとって重要だと紹介する書籍やウェプコンテンツが増えてきました。しかしながら、それらの多くは、子どもの研究をしたこともない方々による、一部の研究成果に基づいた表層的な、時には誤った知識によって書かれていると森口氏は指摘します。

実際のところ、非認知スキルのなかには、IQなどと異なり、測定することすらできないものも多数含まれています。つまり、非認知スキルが大事だと言ったところで、それは絵にかいたモチであったり、科学的な研究に裏付けられているとは限らなかったりするのだと森口氏は言います。そこで彼は、非認知スキルのなかで、結局のところどのスキルが子どもの将来にとって大事なのかという疑問に答えようとしています。その答えを彼は、「自分をコントロールする力」だというのです。

それを説明するために、彼はまず「実行機能」について説明をしています。実行機能については、何度もこのブログに出てきて、心理学や神経科学の専門用語のために最初はよくつかめなかったこの機能が、次第にわかってきました。簡単に言うと、森口氏は、「目標を達成するために、自分の欲求や考えをコントロールする能力」であると言います。

実行機能は、英語で「エグゼクティブ・ファンクション」と言い、その意味は、会社組織における執行取締役であるということは以前に説明しましたが、その意味から森口氏は実行機能についてこう説明しています。

「執行取締役の主な業務は、営業をしたり、製品を作ったり、総務的な仕事をしたりすることではありません。会社の目標を定め、その目標を達成するために、営業、製造、総務などの現場に対して指示を出すことです。」

そこで、目標を達成するために、さまざまな苦難を乗り越えなくてはいけません。本業に注力するべきときに、妙な投機に手を出す誘惑にかられることがあるかもしれません。そのようなときに、執行取締役がしっかりと機能していれば、誘惑に打ち勝ち、本来の目標を達成することが可能となるのです。

ということで、執行取締役は会社組織における目標を定め、それを達成する役割を担いますが、同じように、実行機能は人間個人が持つ能力ではありますが、自分自身で目標を定め、その目標を達成するための能力であるということになるのです。

目標を達成

非認知能力を子どもたちに身に付けてもらうことは、これからのAIの時代を迎えるにあたって、様々なことをAIがやるようになった時代では、どのようなスキルが必要になるかということを見通す必要があります。また、これからは、予測不可能な、変化の時代が訪れるであろうと言われています。その変化を前向きにとらえて、その変化に適応していくためには、どのようなスキルが必要であるのか。また、これからは、変化は人類において文化の面だけでなく、自然界でも起きうることです。地球温暖化を初めとして、環境汚染、地震や津波、様々なことが人類に降りかからないとも限りません。それに立ち向かい、生き延びていかなければなりません。また、これかの社会の中で格差が広がり、その格差が固定化し始めていくかもしれません。すると、将来に希望を維持し続けることは困難になり、また、現状を破壊しようとする人が現れないとも限りません。

それらの時代に向かう中で必要なスキルは、ただ知識があるとか、いろいろなことができるだけではなく、非認知スキルという能力が必要になってくるのです。そして、具体的に、そのスキルをどのようにして子どもたちに付けていくのか、どのような環境を用意したらよいのかなどを、具体的に考え、実践していかないと何も変わっていきません。そこには、新たな価値を創造する力が必要になってきます。

この非認知総力の中で、私が特に注目しているのが、「エモーショナルコントロール」と言われるもので、自分の感情をコントロール力です。この力が最近弱まっていると言われ、アメリカでは、この力の欠如から犯罪が増えているとも言われ、何とかこの力を子どもたちに付けていってほしいという試みが多くされていると聞きます。

私たちは、毎年同じ保育を目指す仲間たちに対して、セミナーを開催しています。そのセミナーの中で、リーダーや、園長向けのプログラムでは、様々な研究者をお呼びして、最新の研究を話してもらっています。少し前に、この「自分をコントロールする力」である「実行機能」について研修をしている森口佑介氏に話をしてもらったことがあります。その縁で、彼が昨年2019年11月に発行された「自分をコントロールする力 非認知心理学」(講談社現代新書)という著書を送っていただきました。 この本のはじめには、こんなドリー・バートンのことばから始まっています。「虹を見たかったら、雨をがまんしなくちゃね」

その言葉には、「私たちが大きな目標を達成するためには、さまざまな困難や誘惑を乗り越えなくてはなりません。決して容易なことではありませんが、その障害が大きければ大きいほど、雨が激しければ激しいほど、その後に見られる虹は美しいでしょう。」という意味が込められていると言います。

これと同じような言葉を、様々な著名人が残していますが、そのいくつかを森口氏は紹介しています。ジャズ歌手であるノラ・ジョーンズ氏は、ドリーン氏のはとほぼ同じタイトルの曲(If You Want The Rainbow (You Must Have The Rain))を発表していますし、作家のジョン・グリーン氏原作の映画『きっと、星のせいじゃない』のなかでも同じような表現が使われているそうです。彼女らのような成功者にとって、将来の目標のために、目の前の困難や誘惑を乗り越える力は、必須なのではないかと森口氏は言うのです。

なぜ必要か?

「平成28年 国民生活基礎調査」によると、日本の子どもの貧困率は約14%だと言われています。7人に1人の子どもが、貧困ライン以下の生活をしていると言われるようになり、「子どもの貧困問題」「教育格差」は、日本でも切実な課題となっています。この子どもの貧困は、一生の財産になる「非認知能力」を獲得する機会を奪い取ってしまいます。しかし、この日本における子どもたちの貧困は、アメリカなどの低所得層の多い地域の子どもたちに匹敵するような問題なのでしょうか?ヘックマンが研究した地域による非認知能力の効果の中で、例えば就学前教育を受けた子どもたちが40歳までの逮捕歴が5回以上かどうかというデータについて、いくら日本でも貧困率が高いからといっても、そんなことは身近な問題ではありません。

では、非認知能力は、貧困や逆境にさらされている子どもたちだけに必要なのでしょうか?また、逮捕歴が少なくなることが目的なのでしょうか?今回の幼稚園教育要領や保育所保育指針の改訂の中では「非認知能力」の大切さや、その力の必要性を強調しています。それは、決して、非認知能力の大切さが、ヘックマンの研究対象に対してだけではなく、これからの時代、例えばAIが進む時代に対して、必要な力となるからです。これからの時代は、何をどれだけ知っているか、何をどれだけできるのかという価値観が変わってくるのです。

そして非認知能力を育まれる機会を逃した子どもは、大人になった後に仕事や生活面でより多くの機会を失う可能性が高いからです。そして、それらの力の獲得には、単なる家庭の問題だけではなく、保育園・幼稚園や学校、地域社会で、周囲の大人たちがどのように子どもと接するかによっても大きな影響を受けるということをタフ氏は言っているのです。そのことを踏まえて、タフ氏の紹介した取り組みを参考にすることが必要です。そして、その内容は、ただこの能力が必要だと強調するのではなく、「どうすれば非認知能力を伸ばせるのか」という具体的な方法論について、2年にわたって新しい研究や事例を取材しているからです。そして、その対象年齢は、小学校以降が多いのですが、その内容は乳幼児期に大切なものも見えてきます。

・幼少期の親子関係のストレスをどうすれば和らげることができるのか?

・問題行動のある子どもがいるクラスをどうすればいいのか?

・自信のない子どものモチベーションを高めるには、どんなフィードバックが有効なのか?

など、幼児期の問題として受け止めることができるのです。また、その内容は、保育者、教師の在り方の見直しでもあるのです。

子どもに何ができるのか

ポール・タフ氏が、「私たちは子どもに何ができるのか――非認知能力を育み、格差に挑む」の日本語の単行本を出版したのは2017年9月ですが、英語版の「Helping Children Succeed: What Works and Why 」を出版したのは、2016年5月でした。彼が英語版を発行したときの紹介文には、以前に書かれた国際的なベストセラーHow Children Succeedの内容が書かれてあります。「Paul Toughは、忍耐力、自制心、良心などの個人的資質が子供の成功に重要な役割を果たすことを示す研究を紹介しました。」そして、彼は、「私たちは子どもに何ができるのか」の中では、2000年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者、ジェームズ・J・ヘックマン(James Joseph Heckman)教授による研究をはじめ、世界中の研究者によるさまざまな科学的知見と先進事例を統合し、特に貧困家庭に育つ子どもにとって、非認知能力の育成がその後の人生に大きな影響力をもつことを明らかにしました。そして、非認知能力を育む方法を具体的に示しています。

ヘックマンは、貧困や虐待など逆境にある子どものなかでも、これまで重要視されてきたIQや読み書きのような「認知能力」ではなく、やり抜く力・好奇心・自制心のような「非認知能力」がある子どもの方が、成人後に学歴が高く、健康状態がよく、生活保護率が低く、年収が高いなど、将来挫折することなく成功する可能性が高いことを発見し、大きな話題となりました。この研究は、1962年から開始され、現在も追跡調査が続いている、アメリカ・ミシガン州のペリー小学校付属幼稚園で実施された実験によるものです。

彼の研究は、学術雑誌“Science”に、2006年に発表され、それがきっかけで、彼自身が関与した「ペリー就学前プロジェクト」や「アベセダリアンプロジェクト」を根拠に、「5歳までの環境が人生を決める」と断言したことで大きな注目を集めました。そして、その研究結果は”Giving Kids a Fair Chance”(日本では『幼児教育の経済学』)と、一般向けの本にもまとめられて世界中で注目され、幼児教育の見直しに大きな影響を与えているのです。

また、ヘックマン教授は、もともとが経済学者ですから、幼児教育はプログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンが見込めるという費用便益分析をし、幼児教育に国が投資することで、社会に還元される経済的な利益を、計算をしました。これが、行政も動かし、各国が教育制度を見直して教育改革に踏み切るきっかけにもなっているようです。

その後、心理学者のデイビット・ワイカートが提案者。幼児教育計画の研究プロジェクトとして、後にハイスコープ教育財団(HighScope Educational Research Foundation)が設立され、継続して調査しています。このハイスコープは、OECDが就学前教育の質改善に向けての政策提言を2001,2006年の2回にわたる調査の中で、どのような保育、教育がふさわしいかという視点から紹介した「五つの保育カリキュラム」のひとつです。

しかし、最近、この研究結果による取り組みが疑問視され始めています。それは、研究対象が貧困や虐待など逆境にある子どもたちであり、この地域は、犯罪率も非常に多い地域だからです。この地域での実践が、即、日本に当てはまるかと言われているのです。確かに、世界では、貧困にあえぐ子どもたちが多いのも確かですし、格差を是正することは課題です。そこで、日本ではこの研究そのまま取り入れることは若干無理があります。では、どう考えたらいいのでしょうか?

行動を変える、考え方を変える

第二に、私たちは行動を変える必要があるとタフ氏は言います。逆境に育つ子どもたちのためによりよい環境をつくりだすプロジェクトは、根本的には個人の仕事であると言います。つまり、日々低所得層の子どもたちのために働いている教師、メンター、ソーシャルワーカー、コーチ、それに親は、大々的に法律が整うまで待つ必要はありません。きよう、あした、あさってのうちにも行動を起こせば、それが子どもたちの成功を助けるというのです。タフ氏が今まで説明してきた研究が明らかにしているところによれば、子どもたちの人生の軌跡は、大人にとってはたいして重要でもないように見える些細な物事から変わりはじめているのです。親の声の調子。教師が付箋紙に書くメモ。数学の授業のやり方。難題に直面した子どもの話を聞くために、メンターやコーチがほんの少し余分な時間を取ること。こうした個人的な行動が強力な変化を生むこともあるというのです。そして個々の変化が国じゅうで共鳴することもあるというのです。

第三に、私たちは考え方を変える必要があると言います。タフ氏が提示してきた支援の研究を読んでいると、デークの詳細にとらわれやすくなります。サンプルの規模とか、標準偏差とか、回帰分析とか、データは確かに重要です。しかしときには、こうした研究をおこなった個々の人間のことを考えるのも役に立つと言います。ロシアの狐児院や、ジャマイカの貧困地域や、シカゴの高校や、クイーンズの誰かの家の居間まで出かけていって、「私は子どもたちの助けになりたい。私たちはもっとうまくできるはずだ」と発言した医師、心理学者、ソーシャルワーカーたちがいたことを思いだしてほしいとタフ氏は言います。

こうした研究者たちの出したデータが利用できるのとおなじように、彼らの行動そのものもひとつの例として役に立ちます。もしコミュニティ内、あるいは国内で苦しんでいる子どもたちがいるならば、何かできることがあるはずだと言います。それが研究者らの仕事の大前提でした。子どもたちへの援助をどう届けるのが最善か、知るべきことはまだたくさんあると言います。研究者たちがおこなっている仕事を私たち自身も引きつぎ、広げる必要があると言います。自分で何かしら手を打つ必要があることは、すでにわかっているのですから。

逆境にある子どもたちを手助けして困難な環境を乗りこえさせるのはむすかしいと言います。たいていはひどく骨の折れる仕事を伴うからです。気が滅入ることも、気力を挫かれることも、腹立たしいこともあるかもしれません。しかしそれが個々の子どもや家族の暮らしのなかだけでなく、私たちのコミュニティ、ひいては国全体に莫大な変化を生むことは、研究結果から明らかです。その道のプロであることを選んだかどうかにかかわらず、私たち全員にできる仕事です。研究者たちがしてきたように、もっとうまくできるはずだと、まずはしっかり認識すること。最初のステップは、それだけだとタフ氏は最後に言います。

不利な状況

こんにち、貧しい子どもたちを支え、教育するための国内のシステムは破綻しているとタフ氏は言います。現在アメリカでは、1500万人を超える子どもたちが貧困ラインより下で生活しており、そのうち700万人近くが深刻な貧困のなかで暮らしています。貧困というのは、四人家族の場合で世帯収人が年間1万2000ドルを下回る状況を言います。日本円で言えば、年収ほぼ130万円です。こうした子どもたちの多くが直面する問題は過酷で広範囲に及んでいます。統計的に見て、彼らの家庭は崩壊しており、居住地域は育児支援の余裕などほとんどないほど貧しいのです。子どもたちの体を、または心を、あるいはその両方を傷つける危険は無数にあるのです。学校は人種や階級によって分離され、裕福な子どもたちが通う学校よりも教育に使える予算が少なく、教員もほかの学校の教員より経験が浅かったり、訓練が不十分だったりします。

こうしたきわめて不利な状況に対し、タフ氏が紹介した介入戦略では心もとないように見えるかもしれないと言います。しかしやはりタフ氏が紹介した研究が明らかにしているとおり、不利な状况下にある子どもたちの人生に介入すること、それは、学校でよりよい教育を受けさせること、家で支えが得られるように親を手助けすること、あるいは、理想的にはこのふたつを組みあわせることは、貧困撲滅の戦略として最も効果的な手段であり、将来性も高いというのです。貧困層の子どもたちが、親から良好な反応の得られる安定した環境で育ち、帰属意識と目的意識の持てる学校に通い、意欲をかきたて支えてくれる教師の授業を受けられるなら、彼らはすくすく育ち、将来よりよい人生を送れるチャンスも飛躍的に伸びるというのです。

そこで、またはじめに提起した疑問に戻ります。「話はわかりました。で、結局どうすればいいのですか?」

この問いに対して、タフ氏は、三つの提案をしています。

第一に、私たちは政策を変える必要があると言います。ターンアラウンドのパメラ・キャンターは、子どもに充分な支援が与えられる環境を「強化された環境」と呼んでいますが、それを貧困層の子どもたちのために一貫してつくりだすには、凝り固まった学校や実践の多くを根本から見直し、つくり直す必要があると提案します。低所得層の親をどう援助するのか。幼少期のケアと教育のためのシステムをどうつくりだし、どう資金を捻出し、どう管理するのか。教員の養成はどのようにするのか。生徒にはどうやって規律を教え、学習成果をどう評価するのか。学校の経営はどのようにするのか。これは本来なら社会政策の問題です。貧困層の子どもたちの問題を解決する方法をほんとうに見つけようとするなら、これらの疑問にはあらゆるレベルの公務員である、学校の校長、教育委員会のメンバー、市長、州知事、閣僚などが、そして同時に国じゅうの個々の市民、地域団体、慈善家が、熱意のこもった創造的な方法で答えを出す必要があるとタフ氏は言うのです。彼は、もっと多くの子どもたちをもっと効果的に助けることのできる財源の運用と政策の変更についていくつか提案してきました。しかしそうした具体的な提案を超える、もっと大きな願いがあると言います。私たちはいまこそ、社会政策の議論をおこなうべきであり。彼の提案がそれを推進するためのガイドになればいいと思っているというのです。

カリキュラムの見直し

2015年の秋、「エルムシティ・プレパラトリー・エレメンタリー・スクール」は、全体的なカリキュラムの見直しによって、それまでの信念や実践を改め、体験学習と生徒の自律性に重きを置くかたちに変えました。86パーセントが無料の昼食もしくは補助金の受給資格があるエルムシティの生徒は、自分で自分のスケジュールを管理し、以前よりも自分の興味に従って学ぶようになったそうです。勉強する科目も自由に選べるようになりました。毎日の「人生を豊かにする」コースとして、ロポット工学、ダンス、テコンドーのクラスなども用意されているそうです。二カ月に一度、エルムシティの教員は生徒を二週間の「遠征プロジェクト」に連れていきます。生徒たちはそこで一つの科目を深く学ぶのです。ときには農場、博物館、史跡などを訪れ、校外で長い時間を過ごすこともあったそうです。

タフ氏が、2015年12月に、アチープメント・ファーストの共同設立者、ディシア・トールと話をしたときには、エルムシティの試みはまだ数カ月前にはじまったばかりで、管理者も教員ももっと慣れなければならない、といっていたそうです。トールも関わるカリキュラム見直しチームの面々は、デシとライアンのモチベーションの研究に多大な影響を受けているようです。先述のとおり、三つの決定的な内発的動機づけである、「自律性」「有能感」「関係性」を重視する考え方です。トールはこう言っているそうです。「アチーブメント・ファーストにとっては、“自律性”がいちばんむずかしい項目です。以前は、生徒たちにとって何が最善かは私たちが知っている、と思っていました。だから重点的に取り組む項目を子どもたち自身に選ばせるのは、私たちにとっても、ちょっとした挑戦でした」と言っているのです。しかしこれまでのところ、試みはうまくいっていると言います。生徒たちは厳しいことで有名なエルムシティの教育をいまも受けていますが、以前よりモチベーションも熱意も増し、勉強に熱中しているそうです。

WHEELSやポラリスのような学校を訪ねると、そこに通う生徒たちの未来だけでなく、低所得層の子どもたちへの新しい教育の可能性、逆境の科学的な分析に基づくアプローチがさらに広がっていく可能性についても、希望を抱かずにはいられないとタフ氏は言います。ABCのコーチや、オール・アワ・キンの保育所のメンターが、乳幼児が育つ環境についての新しいアイデアを辛抱強く広めていくところを観察していても、おなじような希望を感じると言います。

しかし現実には、タフ氏が紹介したようなアイデアはまだ主流ではなく、このような支援は非常に稀なケースであると言います。アメリカ国内で低所得層の子どもたちが通う幼稚園や学校の多くは、エデュケアやポラリスのように運営されてはいません。彼が紹介したような、子どもの幼少期に焦点を合わせた組織の数は、割合としてはまだ小さく、多く見積もっても数千の子どもや家族を支援しているにすぎないと言います。また、彼が説明してきた学校や教室への介入は、国内の貧しい子どもたちのほんの一部に届いているだけであり、教育界の支配的な文化に抵抗している状態だと言います。主流派は、貧困のなかで育つ子どもたちのモチベーションを高めて勉強をさせるために、いまとはべつのよりよい方法があるかもしれないなどとは、ほとんど考えもしないのです。

実績重視型

チャーター・スクール運営者のネットワークである「エンビジョン・スクールズ」は、サンフランシスコの四つの学校でPBLを戦略の柱とした教育をおこなっているそうです。四校とも、生徒の大半が低所得層のアフリカ系やラテンアメリカ系の子どもたちだそうです。エンビジョン・スクールズの共同設立者、ボブ・レンズは、2015年に出版した著書『学校を変える』のなかで、階級によってディ-パー・ラーニングの効果がちがうのではないかという多くの人々の懸念に言及しています。「私たちの教育を説明すると、疑いのまなざしを向けてくる人は実際にいる。PBLは資金も基礎知識もたっぷりある中流以上の子ども向けの贅沢であって、学力格差が大きい状況で不利な側にいる子どもたちは基礎的なスキルを強化するためにやるべきことがたくさんあるのだから、創造的な課題なんかで時間を無駄にしている余裕はない、というのだ」レンズはこれに異議を唱えています。「私たちが提唱する実績重視型、プロジェクト型の教育を受けるにあたり、準備ができていない子どもにも、先へ進みすぎている子どもにも、私は出会ったことがない」

相次いであがってきているエビデンスを見ると、レンズのいうとおりだとタフ氏は言います。ディーパー・ラーニングは、うまく取りいれれば貧困層の生徒たちにも大きな利益をもたらすのではないかと考えているのです。先述のように、提携校は低所得層の生徒たちの成績を大幅に上げています。エンビジョン・スクールズの卒業生は、大学でも粘り強く学業をつづけている割合が高いそうです。しかし、学校そのものが新しいので、まだ予備的なデータではあるそうですが。そして2014年にAIRという米国研究所がおこなった、カリフォルニア州とニューヨーク州の生徒の成績に関する研究では、ディパー・ラーニングを取りいれた学校に通うことで、教科内容の知識や標準テストの得点にも好影響があることがわかったのです。それは、研究対象となった生徒のうち五分の三が低所得層の子どもたちで、彼らの得点は低所得層以外の生徒たちの得点とおなじくらい伸びたのです。

ディーパー・ラーニングは、KIPPといわれる「ナレッジ・イズ・パワー・プログラム」や非効率学校である「アンコモン・スクールズ」、「アチープメント・ファースト」といった、最貧困層の子どもを対象とした教育で標準テストの成績を目覚ましく向上させた有名なチャーター・スクールの初期の評判と関連づけて考えられ、「言いわけなしの哲学」を植えつけるものと思われることも多いそうです。それは、これらの学校は当初、厳しい規律を強調し、服装、教室での態度、廊下の歩き方にいたるまで、厳格な規則に従うよう生徒たちに求めたからです。こうした学校の多くには、入念なアメとムチのシステムがありました。しかも、大半はいまもあるようです。それが生徒を管理し、モチベーションを高めるための中心的な戦略だったのです。

しかし最近になって、「言いわけなしの哲学」の学校とディーパー・ラーニングの学校のあいだのくっきりした線がぼやけはじめたと言います。2015年の秋、コネチカット州ニューへイヴンにあるアチープメント・ファーストの設立時の学校のひとつである「エルムシティ・プレパラトリー・エレメンタリー・スクール」は、全体的なカリキュラムの見直しをおこなったそうです。それまでの信念や実践を改め、体験学習と生徒の自律性に重きを置くかたちに変えたのです。

好条件の学区

ディーパー・ラーニングを重視するこんにちの風潮の最大の短所は、貧困層の多い学校よりも裕福な地区の学校での導入のほうがはるかに進んでいる点だとタフ氏は言います。2014年、ハーバード大学教育大学院教授のジャル・メータは、「ディーパー・ラーニングには人種問題がある」という挑発的なタイトルの論文をエデュケーション・ウィーク誌のオンライン版で発表したそうです。メータは、人種と同様に階級も厄介な問題だと述べています。「歴史的に見ても、ディーパー・ラーニングは恵まれた人々の領分、すなわち好条件の学区で生活し、子どもたちを優良な私立学校に通わせることのできる人々の領分に属するものだった。富裕層の多い学校に通う生徒たちは将来の経営者層にふさわしい課題解決型の教育を受け、もっと階級の低い、貧困層の多い学校に通う生徒たちは工場労働のようなブルーカラーの仕事を反映した、決まりきった作業を与えられる。これは学校間格差の調査と、同一校内の調査の両方から判明した事実だ」と述べているのです。

メータは、こうした格差のいくつかは供給側に原因があると論文のなかで認めています。ディーパー・ラーニングのテクニックを取りいれることのできる人材や自由を持った学校は、多くが豊富な資金のある私立学校か、富裕な地域の公立学校なのです。しかし分断の原因の大部分は需要側にある、とメータは書いているそうです。低所得層やマイノリティの生徒の教育に深く関わる多くの人々が、当の生徒たちの親を含め、不利な状況にある生徒にとってディーパー・ラーニングが最善の方法であると信じていないのです。こうした懐疑論者たちは、昔はPBLというのは低所得層の学校で使われるお遊びの婉曲表現だったと指摘しているそうです。1960年代から1970年代にかけて、裕福な家の子どもたちが町の向こうで読み書き計算を習っているあいだ、貧しい子どもたちにレゴ遊びやぬり絵遊びをさせることをそう呼んだ時期があったそうです。懐疑論者たちが表明する懸念はまだあります。裕福な子どもたちは、深く広い基礎知識や言語力を家庭や地域社会ですでに身につけているからいいのですが、そうした知識を持たない子どもたちは、ますそれを伸ばしてからでないと、協同作業やプロジェクト型のアプローチの恩恵を受けられないのではないかというのです。

私は、この手法が貧困層の多い学校よりも裕福な地区の学校での導入に効果があったという点についてこう考えています。どうして、子どもたちに貧困層か裕福化によって格差が出たかというと、それは生まれつきの問題ではなく、生育環境による経験の質の格差があるからだと思います。ですから、これは、幼児期から取り組まないとだめだと思っているのです。知識を得てからではなく、思考するときのアプローチとして、協同作業やプロジェクト型が必要だと思っています。それは、非認知能力は、特に認知能力には、直接影響が少ないからです。 しかし、実際の取り組みでは、必ずしも低所得層には効果が少ないわけではないという反論もあるそうですが、その効果は、幼児期にも見られるのは確かだと思うのです。乳幼児期からの経験の質を私たちは吟味しないといけないと思います。

 

ディーパー・ラーニング

ELの提携校に広くゆきわたり、ターンアラウンドのコーチが指導のなかで強調する学習指導のテクニックは、こんにちの教育研究の主流である、一般的な用語でいうと、より深い学習という意味の「ディーパー・ラーニング」ともつながっているとタフ氏は言います。この動向は比較的新しいもので、「生徒中心の学習法」と呼ばれることもあるそうです。アメリカの先進的な教育研究に端を発するものだそうですが、ビジネス界のリーダーたちがもつ現代的な問題意識も背景にあると言われています。それは、アメリカが伝統的に培ってきた公教育のシステムと、現代のアメリカ経済が労働者に求める能力のあいだには壊滅的な溝がある、という考え方です。教育手法が確立した一世紀以上前には、経済の側面から見た公立学校の役割は、事務仕事やくり返しの多い機械的な仕事をすばやくきちんとこなせる工場労働者を生みだすことでした。しかし、ディーパー・ラーニングの提唱者らが論じるところによれば、いま、この21世紀に労働市場が必要としているのは、まったく異なったスキルであり、現在の教育システムではこれを伸ばすことができないのです。それはたとえば、チームで仕事をする能力、人前でアイデアを提示する能力、効果的な文章を書く能力、深い分析思考をする能力、ある状况で覚えた情報やテクニックを見知らぬ新しい問題や状況に対して応用できる能力などです。こうしたスキルを伸ばすためには練習する機会が必要なのですが、現状では、ほとんどの学校でその機会が得られないと言います。ディーパー・ラーニングの提唱者たちが奨励するのは、以下のような教育です。

・探求型の指導:教室で、教師がただ講義をするだけでなく、生徒に議論をさせること。

・プロジェクト型の学習:生徒たちが、たいていはグループで、仕上がるまでに何週間、何カ月もかかるような複雑な課題に取り組むこと。

・実績重視の評価:生徒たちを期末試験の得点で判断するのではなく、彼らが一年かけて築いた実績、プレゼンテーション、文章、芸術作品などで評価すること。

ディーパー・ラーニングの原則にのっとって運営されている学校には、同級生からの批評や、改良を歓迎する気風があるようです。作業に取り組む生徒はたいてい、教師やクラスメートからたくさんのフィードバックを受けて改良を重ね、一年をかけて完成させます。批評を受けてくり返し改良したり、長期にわたる課題に粘り強く取り組んだり、実際にやってみたうえで感じる不満に対処したりすることによって、生徒たちの知識や知力が伸びるだけでなく、非認知能力、カミーユ・ファリントンの言葉でいえば「学業のための粘り強さ」、もっと一般的な言葉でいえはグリット、レジリエンスもまた伸びるのです。

これに懐疑的な目を向ける人々も大勢いるそうです。熟練教師の手によって教室でおこなわれるプロジクト型学習には高い効果があるかもしれませんが、未熟な教師が安易に用いると失敗する、というのが懐疑論者たちの懸念のひとつだそうです。価値ある授業にするためには、プロジェクトを綿密に計画し、注意深く生徒をサポートし、正確な情報に基づいて授業を進める必要かあります。そうでないと、PBLは栄養のないカロリーのようなもの、生徒の知識を増やすという大きなゴールとは無縁なただの気晴らしになってしまいます。