スキルの発達の順序

歴史の授業は本来、事実を教えるのではなく歴史の流れを理解するものであるはずです。教科書や資料に書かれた事実を多様なストーリーで読み換えてみることを子どもに学んでもらいたいのです。キャシーらの研究室にベルリンからの留学生がやってきて、彼にベルリンの壁が崩壊した時代をどう生き抜いたか語ってもらったことがあったそうです。その時彼が最も印象に残ったこととして口にしたのは、壁崩壊の後、歴史の本で述べられた事実が全く変わってしまったことだったのです。東欧の「事実」が西欧の「事実」に塗り替えられ、あっという間にレーニンって一体誰?というような状態になってしまったのです。このエピソードが象徴するように事実は見方によって変わるものだと言います。だからこそクリティカルシンキングが大事になってくるのです。

6Csは何十年もの心理学研究の蓄積によって明らかになりました。スキルの発達には順序があり、あるスキルが基礎となって次のスキルが芽生えます。それは子どもが発達に応じて自然に見せる姿と重なっています。コミュニケーション能力はコラボレーションできないと高まらないのです。コミュニケーションは言葉にならない声を上げている発達の初期段階であっても、自分の周囲にいる他者とコラボレーションしたいと認識することから生まれるのです。

ロビンソン・クルーソーの無人島での生活を思い浮かべてみれば解るように、自分以外に誰もいなければコミュニケーションをとる必然性は生まれません。自分に向けてのみ語りかける作家は個人的な日記は書けるでしょうが、自分の文章を読んでくれる人をイメージしなければ相手に伝わるような文章を書くことはできないのです。

コミュニケーションできるからこそ知識というコンテンツを得ることができるのです。幼児は自分で探索しながら世界について学びますが、それより遙かに多くのコンテンツを周囲の大人との言語を介したコミュニケーションによって身につけるのです。もし大人の話を聴くことができず、テキストをすらすら読むことができなかったら知識を獲得できません。学年相当の読解力を身につけようというキャンペーンが最近盛んになってきたのは、まさにこのことを憂慮しているからだそうです。このキャンペーンはケイシー財団によって始められましたが、今では多くの州において、小学3年生段階の読解力を3年生までに身につけられるように支援することを法律で義務づけているそうです。

学年相当の読解力がなく、学ぶために読むことかできない子どもは、正式の学校教育を終えることができずにドロップアウトしてしまうという事実を政治家達は認識しているそうです。小学3年生の読解力はこの政策を実現するためのカギとなる学年です。コンテンツを学ぶには読んだり、語ったり、書いたりするコミュニケーションスキルが不可欠なのだとキャシーは言うのです。

クリティカルシンキングの力が知識というコンテンツに依存しているということは驚くべきことではないと言います。コンテンツの信頼性はクリティカルシンキングの力によって左右されるので、どちらが先とも言えない部分はあると言います。しかし最初に何らかの情報を手にしていなかったら、判断のしようがありません。弁護士やディベート大会の選手は意見・立場の正当性を明らかにするために証拠を集めます。起業家はある企業を買収する前に財政状況を「精査」しなければなりません。研究者は先行研究を調べ、見落としかないか確かめた上で新しい研究に着手するのです。

豊かなイメージ

キャシーは、六つのCそれぞれのレベルを定義づけています。各レベルごとに六つのCを眺めてみると、そして、次に各Cごとにレベル1からレベル4まで眺めてみると、それぞれのスキルや段階がどう相互に関わっているか見えてくるとキャシーは言います。まるで3Dメガネをかけて眺めているかのように、子ども達の成長の道筋を立体的な全体像として捉えることができるはずだというのです。

では、この豊かなイメージを現実のものにするにはどうしたらよいのでしょうか?

キャシーは、「まずはスキルの名前を覚えて、意識して使ってみることからやればいい」と助言します。これまで気に留めなかった場面でのうちのどのスキルを使っているか意識するだけで、思考力は向上するというのです。「ソフトスキル」と呼ばれている社会的なスキルは、数学や国語のような「ハードスキル」の基盤になるとかつてキャシーは述べていました。コラボレーションのような「ソフトスキル」を学びの中心として考えなければグループ学習をカリキュラムに取り入れることができないというのです。

プロックで何かを組み立てたり、理科のレポートを書いたりする時にグループ活動を組み込むことで、他者とともに作業し、他者のものの見方を聞くことの大事さを学ぶことができるのです。コラボレーションは社会的な関係を築くスキルとして、また感情をコントロールする能力としてとても重要だと言います。幼稚園の教師の多くが子どもに学んでもらいたいと願っているのは、他者と共に作業できる能力だと言います。しかし私達はこれまで読むことと計算することばかり注目し、社会的な能力を育てる教育の役割を無視してきたのです。

クリティカルシンキングについても同じだとキャシーは言います。殆どの学校の教室では事実が与えられるだけで、その事実をきっかけに議論する機会は少ないのです。これでは子どもが「見かけをそのまま信じる」という、クリティカルシンキングにおける最低レベルの状態に留まるように仕向ける学びをしているとしか思えないとキャシーは言うのです。

6Csというアイデア

ここまでずっとキャシーが述べてきた6Csによって、親、教育者、アプリの開発者、博物館の学芸員といった人達が学校内だけでなく、学校外においても学びをダイナミックな考え方で捉え直すことができるだろうというのです。6Csは0歳から99歳まで、もちろん更に年上であってもですが、どんな年齢でも、また地理的境界で分断されることなくどんな地域でも適用できると言います。「6Cs」を活用して、家庭、学校、地域に新たな学びの場を作ってゆこうとキャシーは呼びかけます。

キャシーらが6Csというアイデアを構想し始めたのは、2009年に『幼稚園でプレイフルラーニングを必修にしよう!』(未邦訳)という本を書いた時だったそうです。同じ年、「21世紀スキル育成のための協同事業」が教室を作り変えるために必要な、将来求められるスキルを提示しました。将来に向けての改革は待ったなしの状況だった、彼女らは、著作家、科学者、教育者達を集め、小さな会合を開き、集まった人々それぞれに21世紀に必要なスキルのリストを書いてもらったそうです。膨大な数のスキルか出されたそうですが、全ての人が共通して挙げていたスキルがコラボレーション、クリエイティブイノベーション、クリティカルシンキングだったのです。

こうしたプレインストーミングは色々な考えを生み出しますが単なるバラバラの項目リストになりがちです。キャシーらが考えなければいけなかったのは、これからの時代における「成功」の再定義であり、そのために必要な教育改革についての科学的根拠に基づいた統合的なモデルでした。どうしたら複数のスキルをうまく紡いで、これからの学びの全体像を見せることができるのか。どうしたら学習者個々の違いを尊重し、スキルの成長を測定できる形で示せるのか。熟慮と議論を積み重ねた結果浮かび上がったのが6Csであり、これこそ新たな時代における成績表として活用できるものだと確信したのです。

成長するには継続的な努力が必要です。継続的努力を行うには常に自分の現状を将来の姿と見比べて振り返らなければなりません。そのために役立てるのが成績表であるはずです。6Csによる成績表はまさにこのために使うことができるのだと言います。これからのグローバルな世界において「成功」とは何を意味するのか見極め、そのために必要なスキルを身につけているかどうか振り返るために6Csによる成績表を活用するというのです。

21世紀は、世界中で皆が共通した「成功」のイメージに向かってゆく時代であるとキャシーは言います。そのイメージとは以前述べたように他者と協働し、創造的で、自らの能力を活かし、責任ある市民として生きるということです。「成功」した市民を育てるための環境を、学校の内外を問わず作り出してゆくのが私達の責務だというのです。6Csはこの「成功」のビジョンに到達するための科学的に根拠のある方法を提示しています。

6Csによって実現されるビジョンを現実化する上で、キャシーが紹介してきたレッジョ・エミリアの教育法はとても参考になると言います。私達はこの手法を活用して子どもの全人格を尊重し、何を学ぶかではなくどう学ふかを教育の根幹に置くことができるというのです。6Csはそのために必要となる、密接に繋がったスキルの全体像を表していると言います。

大人自らモデル

自分はできないと初めから思ってしまうと、その予想通りに悪い結果しか得られないということを述べキャシーは以前に述べていました。この記事のような母親の傍にいる子どもはまるで風邪が伝染するように、数学苦手病になってしまうでしょう。私達は子孫に対して疑念と恐怖の心ではなく自信を育てる環境を作ってゆかなければならないとキャシーは言うのです。

家の外で子どもが自信と粘り強さを育てる機会は沢山あります。子どもはどんな家の仕事ができるようになったでしょうか。週末何か仕事をすることはできないでしょうか。病気の隣人や親類の面倒を見ることやボランティアに参加することもできます。子どもができることを活かして誰かを助ける活動に関わる機会を作るといいと言います。こうした活動を通じて、子どもは他者を助けることが自分の喜びに繋がることを学ぶでしょう。

「心配するな。次はきっとうまくいくぞ」というように子どもを盛り立てる素晴らしい教師もいますし、残念ながらそうではない教師もいます。教師が失敗しないようにプレッシャーをかけているように思えたら、子どもとじっくり話し合い、学びは一筋縄ではいかず失敗しながら身につけてゆくものだから安心しろというメッセージを送るといいと言います。学校や教師と共に家庭まで浮き足だってはいけないと言います。これもまた私達がグリットを発揮すべき試練と捉えればいいのです。

きつい仕事を取り越え、たゆまぬ努力を重ね、グリットを発揮することしか、自分の希望を手にする道はありません。どんなことも簡単に手に入らないものだということを、子どもが理解するには大人自らがそのモデルになる覚悟が必要なのだとキャシーは言うのです。

カルラ・リナルディは明確なビジョンを持った人です。リナルディは、ボローニャとミラノの間にあるイタリアの小さな町で始まったレッジョ・エミリアの教育晢学を体現しています。彼女は、こんな言葉を言っています。「子どもは将来、市民となる存在ではなく、生まれた瞬間から市民であり、最も重要な市民であるとも言える。なぜなら今ここにある権利、価値観、文化の担い手になることができるからである。」

レッジョ・エミリアは子どもを教育する方法であるだけでなく、生き方そのものだとキャシーは言います。子どもは自分の関心に突き動かされて、自ら学びを構成できる存在と見なされます。大人は指導者ではなくコーチの役割を果たします。そして子どもは絵画や工作、歌、物語、ダンスといったものを通じて、「100の言葉」を話す存在なのだと言います。

レッジョでは子ども達が机の前にじっと座って情報を与えられるのを待つことはありません。活発に世界を探索し、常に他者や対象と交流し、何かを発見し、作り、試してみます。親や教師は子どもに何を教えるかではなく、子どもがどのように学ぶかを大事にします。こうした環境で育った子どもは強い好奇心を持って深く考える人になり、思いやりの心を持って他者と共に働く人に成長するだろうと言います。

リナルディは熱く語っています。レッジョという共同体で生活することで、子どもの中に権利、価値観、文化が浸透していきます。そして共同体、更には世界全体において優れた市民になることを学ぶというのです。大人が見いだせていない可能性を子どもが見せてくれるのだというのです。

子どもの関心

トーマス・エジソンが電球や蓄音機を発明するまで、何度も失敗し、困難の連続だったことはよく知られています。図書館に行き、何冊かエジソンの本を借りて、子どもと一緒に読んでみるといいと言います。きっと成功は簡単には手に入らないと理解するはずです。我が子がきつい仕事を乗り越え、たゆまぬ努力を重ね、グリットを発揮する人になることをあなたは望んでいるでしょう。学ぶこと、発明すること、成功すること、いずれも一朝一夕に成し遂げられることではありません。徒竸走で勝ち、歴史のプロジェクトでいい作品を作るというようなことでさえ、一生懸命に努力することが必要です。子どもがこのことを理解するように、大人は関わっていかなければならないとキャシーは言うのです。

子どもが自信を育てたいと考えるなら、まず子どもがどんなことに関心を持っているのか知ることです。そのうえでもし本人がやりたいと思っていることがあるなら、とことん取り組める機会を作るといいと言います。もし子どもがアイススケートに強い関心を持っていることが分かったら、一緒にスケートに行く機会を頻繁に作るといいと言います。たまにレッスンを受けてみるのもよいだろうと言います。ここで大事なことは子どもが努力によって能力を高める原体験を積み重ねることだと言います。この原体験がどんな場面においても自信を発挿するための礎となるのです。別の場面で子どもが何かに対して「できない」と口にしたら、アイススケートの時の原体験を振り返り、うまくなるためにどんな努力をしたか、どれだけ時間がかかったかということを思い出すようにするといいと言います。こうしてどんな場合も、うまくなるためには粘り強く取り組む心要があり、すぐにできる・できないという結論は下せないという認識を育ててゆくべきだというのです。

子どもがやろうとしていることは最初から良いとか悪いとか決めずに、どんなことをしているのか尋ねるといいと言います。問いかける場合もただ何でも質問すればよいというわけではありません。もし子どもが絵を描いている時、「犬の絵を描いているの?」と質問してはいけないとキャシーは言います。。それは自分の意見の押しつけであり、子どもが何を考えているのか知ろうとする問いかけではありません。子どもが「何でこの犬の毛は緑色かって言うとね」と自ら語ろうとするのを促さなければならないというのです。評価・尋問するのではなく、楽しく語り合うのだというのです。自分の思いを子どもが素直に語ることが自信を形成し、積極的に試行錯誤してみようという粘り強さを育むのです。ここまで何度も繰り返しキャシーが言ってきたのは、大事なのはプロセスであって結果ではないということです。結果の評価ばかり気にして、自分に自信を持てない子どもを育てるようなことがあってはならないのです。

始まりは家庭であることは間違いありませんが、それだけではありません。最近「ニューヨークタイムズ」の記事で数学への苦手意識がどのように何世代にもわたって受け継がれてゆくのかということが取りあげられていたそうです。もちろん数学遺云子などありません。子どもが算数の宿題に手こずっているので親は助けようとしますが、親自身も解き方が解らず、顔をしかめ、苦しみの声を上げてしまいます。まだ子どもは小学3年生なのにこの有様です。この記事の中である母親は子どもに親が数学で苦しんでいる顔を見せるのがよくないと思い、目の前にいる子どもから自分の顔が見えないように宿題の用紙で隠しました。しかしこれは無駄な努力です。なぜならどんなに顔を隠しても「全くこの教師は何考えてるのかしら。馬鹿じゃないかしら」などという暴言を吐いてしまうからです。

実際にやってみよう

子どもはあなたをモデルとして「自信」を身につけます。もしあなたがただ闇雲に突進するだけなら子どももそうなりますし、困難に直面した時にすぐ締めてしまうようなら、あなたの子どもも粘リ強く取リ組まないでしょう。

エレノア・ルーズベルトが言ったように、自分の「目の前の恐怖に立ち向かう」ことから始めようと呼びかけます。あなたがこれまで受け入れたことがないことを、あえて受け入れてみます。新たに何か計画する時、自らリーダーシップをとるために自分の知識を披露します。こうした挑戦があなたの自信を育てる糧になります。キャシーらの友人にも新しい趣味を思いきって始めてみたら完全にはまってしまった人がいるそうです。ヨガをやりたいと思っているなら、今始めよう。演劇をやってみたいのだが何となく恥ずかしくて気が引けると思うなら、劇団員を募集しているクラブに申し込み、退路を断とう。あなたの子どもにあなたが新しいことにチャレンジしようとしていることを語れば、必ず応援してくれますし、子どももあなたの決断に刺激されて、何か始めるに違いありません。学校から帰ってきた時、ヨガのポーズをしているあなたを見つけたら、子どもは間違いなく興味をそそられるでしょう。

子どもの個性は千差万別です。ある子は生まれつき自信に満ち溢れていますが、別の子は自信を育てなければなりません。自分の子ども時代を思い出してもそうだろうとキャシーは言います。木登りをしたり、暗いトンネルに入っていったりできる子だったか、それとも尻ごみして安全が確認されるまで待つ子だったでしょうか。子どもの成長のペースは様々です。ただあなたの子どもが友達を作り、難しい問題を解こうとする自信を身につけられるように配慮する必要があります。知能指数であるIQならぬ自信指数であるCQを高めるのです。

社交の場面を思い浮かべてみます。ある子は初対面の人、特に大人に出会うとどこかに隠れてしまいますが、別の子は相手の目を見つめ、握手しようと手を伸ばします。あなたの子どもには初対面の人に会ったら、まず相手の目を見て握手するということを教えようとキャシーは言います。これが習慣になるまで練習すれば未知の大人に会ってもひるむことはなくなるというのです。

自信豊かな子どもを育てたいと考えるなら、子どもの能力、頭の良さを褒めてはいけないと言います。褒めるのは努力です。子どもがどうせやっても失敗するだろうと思うと、更に自分が失敗したら親が取り乱すだろうと思うと、新しいことに挑戦するのを避けるようになります。親は失敗にあたふたせず、もう一度やり直すように子どもを励ますといいと言います。間違えたり、失敗したときに、ただ叱っても自信を育てることにはなりません。慌てず冷静にどんなことが起きたのか尋ねる方が、効果があるとキャシーは言うのです。叱るだけで、どうして失敗したのか考える機会を作らなかったら、間違えた理由が解らず、改善できません。じっくり考えて、失敗を振り返れば、次に同じ間違いはしなくなります。「次はこれまでとは違って、どんなやり方をしてみるつもりか?」という問いを投げかけ、子どもが行動の主体者としての責任をもって、我がこととして取り組むようにサポートすることが私達に求められることなのです。

どのレベル?

結局、学位を持った優秀な人だけが失敗を恐れることなく挑戦しようとするのではないかとっているかもしれませんが、そんなことはないとキャシーは言います。ローザ・バークスの例があります。アラバマ州モンゴメリーに住むアフリカ系アメリカ人で縫製工場の一従業員だった彼女が世界を動かしたのです。1955年11月1日、バスに乗っていたバークスは白人に席を譲ることを拒否たのです。ここから市民運動は始まったのです。1992年、公共ラジオ放送のリン・ニアリーによるインタビューで彼女ははこう語っているそうです。

「私も同じお金を払って乗車しているのに、席を奪われるという不当な扱いを受けたくなかった。まさにこの時、これまでなされてきた酷い扱いに対して感じていたことをはっきりした態度で表現する機会が到来したのだった。」

当然ながら、この後彼女は逮捕されましたが、彼女の勇気がきっかけとなり、私達の社会を大きく変える一連の活動が巻き起こっていったのです。

こうした事例はいくつでも挙げることができるそうですが、失敗を恐れず、挑戦し続ける自信を生むカギは必要だと思ったことを実現しようとする情熱を持つことだろうとキャシーは言います。アフリカ系アメリカ人も平等に扱われること、心臓病を克服し命を救うこと、発明を製品化して大きな収益を上げること、どんな目標であれ自分が必要と感じたら現実のものにするために活動し続けること。それがレベル4の自信(Confidence)なのだというのです。

以前、ブログで紹介したポーンは犬ぞりレースの祝賀会で、20人の犬ぞり師仲間の貢献を心から讃えました。彼らは北極の未踏の荒野を地図で表すために勇気を持って探検に臨んだのです。失敗して命を失う危険があるにもかかわらず果取に挑んだ犬ぞり師達のおかげで、私達は地球の果てについて理解を深めることができたのです。偉人な事業は失敗に見える出来事から生まれます。こうした失敗は変化と成長のチャンスになります。もし私達が遠い星を目指さなければ、失敗することはありません。しかしグリットを発揮して、何か新しいことを成し遂げ、私達の人生を変えることもないでしょう。

自分自身を見つめる研究結果によれば、私達がどんな経験をしたか、そして他者からどんな期待を受けるかが自信の形成に影響を与えることが分かりました。このことを踏まえて私達はどのように自信を育ててゆけばいいのでしょうか?

キャシーは、まず、あなたの「自信」のレベルについて振り返ってみようと言います。警告するサインがあったとしてもそれを無視して、衝動的に突き進もうとするレベル1でしょうか。それとも自分が前に出る勇気がなく、他者からどんな評価をされるか不安に感じ、身動きがとれなくなるレベル2でしょうか。自分の抱える「宿題」を色々な側面から見直すことができる人ならば、プロジェクトの進め方を新たに提案するために「リスクを計算して取り組む」ことができるレベル3の「自信」の持ち主でしょうか。プロジェクト自体の前提を疑い、それを超える新たなプランを出し、たとえ失敗しようとも粘り強く挑戦し続けるなら、あなたはレベル4の「自信」に達しています。自分の行動を振り返り、どのレベルの「自信」を普段示しているのか分かればどんなことを変えればいいのか見えてくるとキャシーは言います。

失敗覚悟

もし失敗覚悟で挑戦するレベル4の自信(Confidence)を育てたいなら、女性は数学が苦手だというような世の中に広まっている根拠の乏しい決めつけに触れさせないようにすべきなのです。そのためには子どもに与えるおもちゃも可能性を狭める恐れのあるものを選ばない配慮が必要です。私達は学びがどんなに大変でも、諦めずに挑戦する学習を支えていかなければならないとキャシーは言うのです。

「失敗覚悟で挑戦する」ことは「勇気を持つ」という意味も含んでいると言います。ピーター・ドラッカーは企業のCEOは落ち目の会社であっても成功に導く力を持っていると確信していました。そのために求められるのは会社の強みと弱みを幅広い視野で捉え、苦難の道が待っていても会社全体で何を目指すのか真剣に問い続ける気持ちだというのです。

レベル4の自信を持ち、失敗覚悟で挑戦した先人の例は数々あります。バラク・オバマはそんな自信の持ち主であろうと言います。だからこそ彼は強い政治基盤を持っていたわけではないのに、有色人種として初めての大統領となることができたのです。

エレノア・ルーズベルトがホワイトハウスに入る以前、大統領夫人の役割は夫である大統領を支える良妻を演じることでした。高級な茶碗を選び、お茶を入れるタイミングを見計らうことが仕事だったのです。しかし彼女はそんな因習を打ち破り、市民権と女性の権利を拡大し、第二次世界大戦中時代、女性が工場で仕事を得られるように活動しました。当時多くの人々が関心を抱いていなかったことに対して献身的に取り組もうとする自信はどこから生まれたのでしょうか。彼女はこう書いているそうです。

「目の前の恐怖に立ち向かう経験をするたび、あなたは強さと勇気と自信を身につけることができる。そして「こんな恐ろしいことを切り抜けられたのだから、次にどんなことが起きても大丈夫だ」と言えるようになる。自分にはできないと思うことをやってみなさい。」

ルーズベルト夫人は、私達そして子ども達に対して、目の前の問題にどう真剣に立ち向かうべきか教えてくれるモデルと言えるとキャシーは言います。私達も全ての人が自分達の努力を認めてくれるわけではないということを心に留めて、それでもなお前進する自信を持ち続けなければならないというのです。

1957年、デラウェア州ニューアークの地下室でボプ・ゴアと彼の息子、ロバートの二人によってゴアテックスは発明されました。その時父はデュポン社で働いて、この発明を社内で発表し製品化することを提案しましたが却下されてしまったのです。そこで彼は起業したのです。今では年商320億ドルの大企業となり、世界初の通気性防水素材は医療機器から靴まで幅広く利用されています。ゴアは次のような企業理念を掲げているそうです。

「私達は従業員=アソシエーツが最大服の自由を感じて仕事ができる場を作りたいと考えている。何かをしようと思えば失敗するのは当たり前で、恐れることはない。多くのことを達成しようと焦らず、着実に進んでいこう。」

人工心臟を発明し心臟病の治療法を変えたマイケル・デバキーのことを紹介しています。彼は世界で初めて心臟バイパス手術を行いました。彼の早熟ぶりは群を抜いていて、医学生時代に人工心肺装置の主要部分を発明していました。医学的、更には倫理的観点からもかなりリスクの高いことに彼は果敢に挑んだのです。

努力と練習

努力と練習の価値を知ることは持続して取り組むように動機づけることに関係しているようです。別の言い方をすれば学びは瞬間的なものではなく、真剣に取り組む必要がありグリットを発揮することが求められ、生まれながらの素質だけでは不十分であることを子どもが理解すると、締めず難題に立ち向かい成功することができるようになるのだとキャシーは言います。

学習科学のどの研究者にインタビューしても一斉学力テストの点数や学業成績を上げるという、今まさにアメリカがやろうとしているアプローチは、これまでの研究が見出したことと相反するやり方だと断言しています。子どもがじっくりと取り組める余地を作ることが大事なのでというのです。すぐに理解できなかったら諦めるというマインドセットを育ててはいけないのです。「教師と親は成績やテストの点数ではなく、子どもの学びのプロセスに目を向けるべきである。学びには時間がかかるのであり、一つ一つのプロセスをじっくり進んでゆくことを認めよう。特に学びの初期の段階では学習者は必ず失敗するが、むしろそれは学びの種になると励まそう」とオーティンは言っています。

キャロル・ドゥエックはこれを別の言い方で言っているそうです。学習者が脳も筋肉と同じように練習によって鍛えられると理解すれば、学びの途中で障害にぶつかっても、諦めずに取り組み続けるようになるでしょう。学びに努力はつきものだと実感することで自信が生まれます。失敗は学びのプロセスにおいて避けられない部分であるという理解を学習者が持つように支えることで、強い意志を持ち、粘り強く取り組む姿勢が育つのだというのです。とはいえ学習科学の研究者が明らかにしているように、自信の形成は家庭環境、学校環境といった要因に左右されます。私達は親として、教師として、学びの傍に寄り添う者として、成果ではなくプロセスが大事であるということを強く心に銘じておかなければならないとキャシーは助言しています。

自信によってパフォーマンスは大きく変わります。失敗することが予想される状況に人々が置かれた時、パフォーマンスは大幅に低下し別人のようになります。思考停止に陥り、予想通り、良い結果を出せずに終わってしまいます。しかしうまくいくと予想される状況に置かれると良い結果を出すのです。

モエとパッツァグリアは、基準として提示された立体と同じものを心の中で回転させて、どのような形になるのかを四つの図から選ぶ課題に取り組む時に、事前に与える「期待」の違いがパフォーマンスに影響を与えるかどうか調べました。そこで男女のグループを二つに分け、一方には男性の方がこの課題が得意であると伝え、もう一方には女性の方が得意であると伝えた後、課題に取り組んでもらいました。結果は男性が得意と言われた場合、女性のパフォーマンスは落ち、女性が得意と言われた場合、男性のパフォーマンスが落ちたのです。自信は人為的な操作の影響を受けやすいことが明らかになったのです。どんなグループであれ、あるグループのメンバーはうまくできないということを信じてしまうと、自己達成的予言のメカニズムによって実際にそのメンバーのパフォーマンスは悪くなります。逆にあるグループのメンバーはうまくやれると信じれば、良い成果を出してしまうのです。これはグッドニュースだとキャシーは言います。それは、子どもに正しいメッセージを伝えれば、自信を伸ばすことができるという結果だからです。

プロセスを褒める

答えを自ら生成するにはたとえ間違った答えであったとしても、与えられた答えをただ選択する時には行いません。より深い思考を必要とするようです。このため記憶によい効果をもたらしたのではないかと考えられます。また人は間違えるのが嫌なので、間違えた時にはより注意が向き、強く記銘されたと言えるようです。

親はどうしても学びの結果ばかり注目してしまい、学びのプロセスをうまく褒めることができません。ある子どもが父親に通知表を見せた時のエピソードをキャシーは紹介しています。100点満点中95点という輝かしい結果でしたが、父親は「あと5点はどうした?」と言ったのでした。父親は冗談のつもりだったらしいのですが。このような親の反応は良い成績をとるために一生懸命行ってきた努力に価値を置かないことを如実に示しています。結果のみ重視し子どもの努力はどうでもいいと言っているのも同然だとキャシーは言います。こうした評価がなされることで挑戦し続けようという自信が弱まってしまいます。

最近の研究では高い学業成績を出せ!というプレッシャーをあまりかけない方が子どもは成功するという、私達を困惑させる結果が報告されているそうです。ただ先に述べたキャロル・ドゥエックの「マインド・セット」の研究を思い出せば、この結果は困惑どころか、むしろ予想通りと言えるだろうと言います。頭の良さを評価された子どもは努力を評価された子どもより、難題に直面した時にすぐに諦める傾向があったそうです。学業成績へのプレッシャーとは頭の良さを示すように迫っているのであり、その結果諦めが早くなります。もちろん挑戦しなくなれば成功することはできないのです。

フランスの研究者フレデリック・オーティンとジャン=クロード・クロイツェットは、小学6年生の子どもに対してとても興味深い実験を行いました。まず子ども達全員に解くのが難しい単語または文の中の文字を並び替えて別の意味の言葉に作り替える言葉遊びであるアナグラム課題をやらせました。その後子ども達を二つのグループに分け、一方のグループには「このアナグラムは難しいが自転車に乗れるようになるのと同じように、練習すればうまく解けるようになる」と伝えました。そしてもう一方のグループには、アナグラムの難易度や練習の意義について一切語りませんでした。その後で別の課題「ワーキングメモリー」を与えたのです。これは電話番号を忘れないために何度も暗唱するのと類似した頭の中に情報を保持しておかなければならない課題です。ワーキングメモリーは問題を解くためにとても重要です。もしこれがうまく働かないと問題の前提を覚えられないので、いちいち前提を確認し直して問題を解かなければならず、パフォーマンスが落ちるからです。さて実験の結果はどうなったかと言うと、二つのグループにこの新しい課題の成績で大きな違いが生まれたのです。練習の意義について言われたグループの子ども達は全く繋がりのない記憶テストにおいて、何も言われなかったグループの子ども達よりも成績が良かったのです。恐らく練習すれば改善できると言われなかったグループの子ども達が難解なアナグラムをほとんど解けなかったのは、自分が馬鹿だからだと考えやる気を失ったのでしょう。しかし練習の大事さを伝えられた子どもたちは一生懸命努力し、諦めなかったのです。努力と練習の価値を知ることは持続して取り組むように動機づけることに関係しているようです。