親の影響力は?

まず、人の子育てを考えるうえで、そもそも「子育て」とはどのような意味があるのでしょうか?その時の親の役割とは何でしょうか?この本の中では、進化の中で子育てをまず捉えています。この章を受け持っているのは、慶応義塾大学文学部准教授である平石界氏です。

まず、彼が最初に本書で取り組んだのは、親は子どもの成長にどの程度の影響力を持っているかという課題です。このテーマは、ブログで紹介したジュディス・リッチ・ハリス氏を思い出します。彼女は、親の影響は、思っていたよりも少ないことを唱えました。平石氏は、どのように考えているのでしょうか?こんな問いかけをしています。「親が子育てをがんばればがんばるほど、子どもはもっとすこやかで、もっと賢く、もっと豊かな人間性を持つよう成長するのでしょうか。」

これに答えるために、平石氏はこんな論文を紹介しています。それは、彼によるとかなり衝撃的なものでした。その論文によれば、「賢さ」や「人柄」などに家庭環境が与える影響は、ごくごく小さいというものです。その論文は、バージニア大学のヒュースコットハミルトン心理学教授である、エリック・ネイサン・タークハイマーという人の論文です。彼は、特に遺伝子と環境の相互作用に関して、社会経済的地位とIQに対する遺伝子の影響を研究することで知られています。このテーマも、よくいろいろな人が研究しています。彼は彼の同僚と、2003年の研究で、環境が低所得の子どものIQの分散の約60%を占めているのに対し、遺伝子はそのほとんどを占めていないことを発見しました。

その研究からすると、平石氏は、たとえば「ほにゃらら教育法」で三人の子どもを育てたとしても、三人が揃いもそろって天才児・人格者に育つとは限らないということになるというのです。

この遺伝子による影響を調べるのには、双子の研究がよく行われます。なぜかというと、先のタークハイマー氏の論文の主張は、「行動遺伝学」という研究分野での数十年にわたる研究成果に基づくもので、その行動遺伝学における中心的な研究方法のひとつが双生児研究だからです。双子研究は何度も取り上げているので、随分と重なる部分も多いのですが、確認のため、平石氏の説明を聞いてみます。

世の中には一卵性双生児と、二卵性双生児がいます。見た目がそっくりな二人は、大体一卵性双生児です。似ているけど「そっくり」とは言えないね、となると二卵性双生児であることが多いです。それではなぜ二つのタイプの双生児で「そっくり度」が違うのでしょうか一卵性双生児の二人は遺伝子が同じだからでしょうか?そうだと言います。顔のつくりには遺伝の影響が大きいので、遺伝子が同じ一卵性双生児の二人は見た目もそっくりになるのだと考えられます。もしも顔の造作に家庭環境、たとえば毎日の食事などが大きく影響するなら、二卵性双生児も見た目がそっくりになるはずです。

それでは顔以外のこと、たとえば双生児二人の「賢さ」や「人柄」のそっくり度を調べたら、どのようになるでしょうかと平石氏は問うています。これらについては、数十年にわたって研究が行われてきたそうです。

正解な子育て

「正解は一つじゃない 子育てする動物たち」という本には、「『進化』で子育てをよみとく新しい試み」という帯封がついています。それは、この本が単に様々な動物の子育てを紹介するだけでなく、そこから、私たち人類の子育てを見つめ直そうとする試みがあるのです。この本の監修者である長谷川氏は、あとがきにこう書いています。

「本書の執筆者たちは、動物の行動を研究する科学者として、少し異なる視点から子育てについて考えられる材料を提供しようと試みています。こうして、さまざまな動物の子育てをずらりと並べて見てみると、ヒトという動物の特徴が浮かび上がってきます。」とあります。人類は、どのような生き物で、そのためにどのような子育てをしてきたのか、そして、どのような社会を形成していくための基礎的な力を育んできたのかを考えるきっかけを作ろうとしているようです。長谷川氏、このことをあとがきではこう言っています。

「ヒトは社会生活をする動物です。脳が非常に大きいので、こんな大きな脳を持つ子どもを育てるのは、大変な仕事です。大人がいろいろと複雑な仕事をこなす生活をしているので、そのような大人に育て上げるまでの期間も長いのです。この大変な子育ては、母親のみ、父親のみ、といった片親でできるものではなく、両親のみでできるものでもありません。ヒトの子育てには、血縁・非血縁を含めた多くの他者の協力が必要なのです。これが、ヒトの子育ての原点です。」

それが、なぜ母親信仰が強くなってきてしまったのでしょうか?母親だけの子育てを大切にするのは子どものためだという人がいますが、実は、貨幣経済が浸透し、産業化が進み、都市化が進んで職住近接が壊れ、「専業主婦」という存在が出現してきたことで、時代に即した子育てに関する固定観念の数々も生み出されてきたのではないかと長谷川氏は言うのです。もちろん、子どもにとっては、母親の存在は大切ですし、子育ての中心であることは確かです。しかし、それも社会からの支えがあってこそであり、様々な他人との協力の上で成り立っているのです。

編者代表で、上智大総合人間科学部准教授である斎藤慈子氏は、「はじめに」の中でこう書いています。「子どもを育ててみて、驚いたことがあります。人類は有史以降、何千年も子どもを産み育ててきているはずなのに、未だに科学的に解明されていないこと、正しい方法はこれだ、と断定できないことがたくさんあるのです。逆に言うと、ヒトの子育てに唯一無二の正解はなく、ある程度の幅に収まる育て方であれば、子どもは問題なく育つ、個々の子どもによって正解は異なる、ということではないでしょうか。」

しかし、現代の子育てには、「すべし」が蔓延していることを危惧しています。少子化、核家族化が進み、幼い子どもと接する経験がほとんどないまま親となり、社会的なサポートも少なく、孤独な子育ての中で、今のお父さん、お母さんは、インターネット上にあふれる情報の中の無数の「すべし」に翻弄され、苦しんでいるような気がするというのです。

本書は、昨年の2019年10月31日に発刊されていますので、そこで紹介されているのは、比較的新しい研究です。そして、いろいろな動物の子育てを眺めてみて、進化という視点から子育てをとらえなおしてもらうことを目的につくられたそうです。ヒトの子育てに関するところだけ、紹介しようと思います。

子育てする動物たち

様々なヒト族が地球上に出現し、それぞれが進化していく過程で、淘汰が繰り返され、最終的には、唯一ホモ・サピエンスという種だけが生き残り、地球上に分布しています。その経緯については、様々に考察されてきて、私のブログでも何回かにわたって紹介してきました。それは、保育をするうえで、人類はどのように進化してきたのか、それは、どのように生活し、どのような子育てをしてきたかを知ることが、大切にしなければならないことのヒントが得られると思ったからです。また、世界中で様々な風土の中で、それぞれ独特な文化を形成してきた中で、その根底に流れる不易を知るためには、すべての現在の人類が同じルーツを持っていることから、それぞれの地域に分かれる前を知ることに意味があると思ったからです。

ビョークランドらは、彼らの考察から、発達心理学における幅広いトピックからのデータを呈示し、現象には多様性があるものの、共通性を見出したと確信しているそうです。この共通性と関連しているのが、進化の原則にもとづく発達的な視点だと言うのです。ヒトの本質には文化が介在しているため、非常に多様な社会的状況で生活しているそれぞれの人たちが、全てのヒトが直面する同じ問題をどのように理解し、解決しているかを評価する必要があると主張しているのです。

先日、「正解は一つじゃない 子育てする動物たち」(東京大学出版会)という本を頂きました。この本は、総勢21名の若手研究者たちが、それぞれ研究対象としている様々な動物たちの子育てを語っています。そこには、それぞれ違う生物がどのような子育てをするかが紹介されているのですが、様々な子育てのしかたがあるものです。誰が子育てを担当するのかということでも、もちろん母親が中心ですが、父親だけで世話をするもの、母親だけで世話をするもの、両親が揃って世話をするもの、ほかの個体も一緒になって世話をするもの、様々です。どれが正しいかということではありません。

その中で、私たち人類は、どのような子育てが正しいかということが、時代によってさまざまに議論されてきている気がします。もちろん、時代によって環境が変わってくるわけですから、変わってくるのは当然かもしれませんが、他の動物たちもそうなのでしょうか?寒い時代、暑い時代、食料が少ない時代、豊かな時代によって、子育ての分担が変わってきているのでしょうか?

この本を監修した総合研究大学院大学学長である長谷川眞理子氏は、あとがきに、このように書いています。

「最近の日本は、労働力不足と経済の停滞から、女性にもっともっと働いてもらおうという風潮が強まっています。ところが、保育所の数は足りず、子育てしながら働く環境が整っているわけではありません。保育所に入れない待機児童の数は、全国で4万7000人以上です。なぜまだこんな状態なのかと言えば、高度成長期に『男は仕事、女は家事・育児』という役割分担が普通になってしまい、その後の社会の変化に全く適合できていない後遺症なのです。そして、少子化が進んでいます。こんな社会状況がある一方、『子どもはこういうふうに育てるべき』という、固定観念のようなものがたくさん転がっています。古い考えが多く、『母性神話』『三歳児神話』など、神話と呼ばれるものも多いですが、相変わらず神話は存続し、信者はいなくなりません。」

言葉の役割

森口氏の考察の中で、私はいくつか気がついたことがありました。その一つが言語の役割です。言葉は、他の人と話すためという役割があり、コミケ―ションツールであることは誰でも知っていることです。そして、一時、言葉を話すことがヒトの特徴であると言われたこともあったほど、重要な役割を持ちます。その能力を子どもたちはシ団に発達によって身に付けていきます。しかし、その発達は、単に音声として発声することだけでないこと、しかも赤ちゃんはその意味を知らず知らずのうちに理解していることにあらためて感動しています。

その一つに、私がプライベートで主催している勉強会で皆に提案した「象徴機能」があります。まず、皆でヘレン・ケラーの幼いころに家庭教師との触れ合いを描いた「奇跡の人」という映画を見ました。ヘレン・ケラーという人は、視覚と聴覚の重複障害者でありながらも世界各地を歴訪し、障害者の教育・福祉の発展に尽くした人として有名です。彼女は小さい頃には、言葉の意味が分かりませんでした。手話で単語はわかっても、それが何を表しているかがなかなか理解できなかったのです。それが、赤ちゃんがわかるようになるということから、どこが違うかというと、ヘレン・ケラーは重複しょうがい者であったということです。言葉が何を意味するかという理解は、視覚、聴覚が重要な役割をしているということなのでしょう。しかし、ヘレン・ケラーは、そのことを理解したときから、すべてのことを理解しはじめるのです。

この逸話から私たちが学んだことは、言語は必ずしも人とのコミュニケーションという役割だけでなく、言葉は、そのものの意味を理解するための象徴であるということです。森口氏は、この点をこのように表現しています。「言語に対して、子どもは成長とともに考えるためという役割も持つようになります。1歳から2歳頃にかけて、子どもが話し始める頃、言葉は純粋に何かを伝えるために使用されます。『あれとって』とか、『あれなあに』など、親や周りの他者とのコミュニケーションのために言葉は使われます。それが、成長とともに、子どもは考えるための言葉も発するようになります。周りに誰もいないのに『これなんだろう』とか、『これすきなうただ』などと発するようになります。」

このような行為を「独り言」と言い、子どもは、次第に、他の人と話すための言葉と、考えるための言葉が、両方とも言葉として出てくるようになるというのです。確かにヒトは、日常的に、頭のなかで考えるために言葉を使っています。森口氏は、「今日の夕飯のおかずは何にしよう」とか、「明日会社休みたいなあ」などのように、自分だけのために使う言葉があるといます。大人になると、こういう自分のためだけの言葉が、ポロッと独り言として口をつくことがあると言うのです。

これらのことを知ることによって、私は言葉のある役割を赤ちゃんが用いることに気がつきました。それは、考えるツールとして使用する前に、象徴機能を獲得するための基礎として、具体物を自分自身で確認するための行動をすることです。それは、以前ブログで取り上げた「指差し」です。赤ちゃんの指差しは、人に教える手段として使うほか、自分で物を確認するために使います。それは、大人でも行う「指差し確認」と同様な効果がある気がします。そのような意味で、「言語」を使い始める気がしています。これは、子ども観察からの考察ですから、研究者としてのエビデンスとは違うアプローチかもしれませんが、実際に毎日赤ちゃんと接している人であれば、経験していることでしょう。

実行機能についてのまとめ

森口氏は、最後に、当然のことながら、実行機能以外の力も大事だということを強調します。実行機能が大きく成長する3歳から6歳くらいの時期は、さまざまな能力が成長する時期です。記億力や頭の回転の速さなどのIQと直接関連するような能力から、他者の気持ちや考えを慮る力、何が良くて何が悪いかを判断する力、他人と協力する力、コミュニケーションする力、空気を読む力など、実行機能以外の非認知スキルが成長する時期です。実行機能だけが成長するわけではありません。

これらの力がそれぞれ成長するなかで、子どもは学力や人間関係を発展させることができるのです。ただ、実際の子育てをしていると、何もかもを考えるのは難しいと思うと彼は言います。もし一つだけ注目するとしたら、実行機能に注目してほしいと言います。自分をコントロールする力、すなわち、実行機能は成功の秘訣なのだと森口氏はまとめています。

私は、森口氏の実行機能についての考え方、その書を読むことで、実行機能の大切さがわかると同時に、なにが現在わかっていることなのか、その中で、なにが現在研究途上であるのか、何が今までの考え方の見直しがされるべきかが少しわかってきた気がします。実行機能といって、単純に我慢する力であるというとらえがちですが、しかも、だから子どもには我慢させることが大切であるという勘違いがみられます。やはり、子どもの自発的な行為がそれを促すのです。ですから、子どもの自発性を損なうようなかかわり方は、子どもの実行機能にも負の影響を与えると考えられているのです。

その負の影響の中で、やはり誤解を生じているものに、支援的な子育てがいいといって、子どもが一度欲求をコントロールできたからと、褒美をあげたり、やみくもに子どもを褒めればいいという考え方です。子どもの発達において、褒めたりご褒美を与えたりしすぎることによる負の影響が知られているからです。トマセロ博士らの研究では、1歳半くらいの乳児の親切な行いが褒美を与えられることによって減少することが示されているそうです。1歳から2歳くらいの子どもは非常に親切で、見知らぬ人であっても進んで手伝ったり助けたりします。子どもは、最初はそのこと自体を楽しんでこのような行為を行います。褒められたりご褒美をもらったりするために行うわけではありません。ところが、手伝うなどの行為をした後にご褒美をもらえると、子どもは自ら進んで手伝わなくなります。つまり、最初は自発的に行っていた行動が、ご褒美をもらうことによって、ご褒美をもらうことが目的化してしまい、自発的に行わなくなったのです。子どもは自分のために自分を制御するのであり、人に褒められるためにがんばるのではないからです。子どもが自主的にやっていることに対しては、見守るようなかかわり方をすることが重要になってくるというのが森口氏の見解のようです。

家庭では、親と子どもは一対一ですが、幼稚園や保育園では一対複数ですが、このような集団の子どもに対して、どのようなプログラムなら実行機能を鍛えることができるのでしょうか。まず、幼稚園もしくは保育園に通うこと自体が子どもの実行機能を下支えする可能性が最近の研究から示されているそうです。その中で、ごっこ遊びの重要性を言っています。ごっこ遊びでは、友達内でルールを共有し、友達からの期待を理解する必要が生じます。また、これによって、自分の行動を否応なくコントロールする必要が出てきます。友達と共有したルールに反するような行動はできないのです。また、子どもは、友達の行動を見ることで自分の実行機能を発達させると言います。

やはり、集団での生活にも意味があるようです。

最近の子ども

最近、小学校の現場の声として、衝動的な子どもや多動な子どもが昔と比べてずいぶん増えているという話を聞くことが度々あります。そのような子どもが多く、授業が成り立たないことも少なくないというのです。また、年配の方から、現代の子どもは忍耐力や自分をコントロールする力が足りないという話を聞くこともしばしばあります。本当に子どもの実行機能は昔と比べて低下しているのでしょうか。

衝動的な行動と関連する注意欠如・多動症や自閉症と診断される子どもの数は、過去に比べて間違いなく増えています。もっとも、昔はこれらの障害自体が一般に知られていなかったため、昔にも障害を持った子どもはいたが、診断を受けていなかったという可能性は大いにあります。

障害を持った子ども以外に、定型発達の子どもについてはどうでしょうか。ミネソタ大学カールソン博士らの研究では、アメリカの子どもでは、マシュマロテストの成績は50年前や30年前の子どもと比べて、現代の子どものほうが高いことを示しているそうです。日本ではどうでしょうか。信州大学の寺沢博士らは、1969年、1979年、1998年のデータを比較し、日本の子どもでは、1969年から1979年にかけて思考の実行機能にかかわる能力が、変化していると述べています。ただ、この報告は対象の子どもの数が少なく、一部の実行機能のみを扱っており、さらには、異なった時代の子どもを同じ条件で比較すること自体が難しいので、これらの研究から現代の子どもの実行機能が高いとか低いといった結論を出すのは時期尚早ではないかと森口氏はか考えています。

親の精神衛生、子どもの運動、睡眠時間やメディア視聴などの実行機能に影響を与える要因に関しては、過去よりも現代のほうが、分が悪いと考えられると言います。運動時間や睡眠時間も過去に比べると減っているのです。

一方で、子育てに関する科学的知識は過去に比べて増えていますし、経済格差が広がっていることを考えると、実行機能が過去よりも低下しているというよりは、二極化が進んでいると考えるほうが自然かもしれないと森口氏は考えています。実行機能が極めて高い子どもと、低い子どもが、過去に比べて増えているということだというのです。

子どもの実行機能が過去より低いかどうかは別として、実行機能に問題を抱えている子どもが一定数いるのは事実です。実行機能の問題が子どもの将来のリスク要因になるのなら、不利になってしまった子どもへの社会的な支援は極めて重要なことだと森口氏は言います。彼としては、この本を通じて、実行機能についての理解が広まることを切に願っているようです。実行機能がどのようなものであるかを知り、実行機能に問題を抱えている子どもに気づいてもらいたいと考えています。そのうえで、彼は、睡眠やメディア視聴などの要因を見直してもらったり、実行機能の鍛え方について紹介したときのような方法で支援をしたりしてほしいと願っています。国内では、まだまだ実行機能に注目した保育や支援をするような施設は多くはありませんが、少しずつ増えてはきているようです。彼は、さらに今後もこのような動きが広まることを切に願っていると言います。

思考の実行機能については

思考の実行機能については、たとえば頭を切り替えられることと、切り替えられないことを比べた場合、前者のほうが大事であることは間違いないと森口氏は言います。そういう意味で、思考の実行機能には安定感があり、その結果として、子育てや訓練の効果が比較的出やすいのです。

思考の実行機能が現在注目されている二つ目の理由は、小学校以降の学校生活への影響力が大きいと考えられているためです。ダニーデンやイギリスの研究から、実行機能は子どもの健康や経済状態に影響を与えることが示されているものの、どのような実行機能が、子どものさまざまな指標にどのように影響を与えるかが明確ではありません。実際、実行機能が高い子どもが、大人になったときに経済状態が良いという結果が事実だとしても、そこに因果関係があるのかどうかについて疑問を持たれる人もいるかもしれません。「子どものときに実行機能が高いから、大人になってから経済状態が良い」というような因果関係と、「子どもの頃に実行機能が高かった人が、大人になってからたまたま経済状態が良い」というような相関関係とは大違いです。この点は注意深く考える必要があると森口氏は言います。

そのため、最近では、思考の実行機能と感情の実行機能が、具体的に子どものどのような行動や能力に影響を与えるのかが検討されています。その効果が大きいのが、子どもの就学準備性に与える影響です。就学準備性とは、幼稚園や保育園に通う幼児が、小学校へ入学するためのスキルを身につけている状態かどうかということです。「小1プロブレム」などの言葉がある通り、幼稚園や保育園から小学校への移行は子どもにとって大きな問題となります。幼児期に、小学校に入るための準備が必要となってきます。

就学準備性には大きく分けて二つあると言われています。一つは学力の準備性です。小学校に入ると、国語や算数などの教科を本格的に習うことになります。それらの教科を学ぶためには、基本的な文字や数の知識が必要となってきます。たとえば、ひらがなの読み書きや、数を数える能力、簡単な足し算や引き算などが該当します。数多くの研究から、幼児期に思考の実行機能が高い子どもは、就学前後の学力準備性が高いことが報告されています。とりわけ、算数やその基礎となる知識の獲得に大きな影響力を持つことがわかっています。

さらに、思考の実行機能は、社会的・感情的準備性にもかかわることが示されているのです。こちらには、プレゼントをもらったらどのような気持ちになるのかなどのように相手の気持ちを正しく理解する能力や、困った相手を助けるような行動が含まれます。これらの能力は、学校生活において、クラスメートや教師とうまく付き合っていくために必須です。思考の実行機能が高い子どもは、社会的・感青的な準備性も高いのです。

一方、感情の実行機能は、主に問題行動とかかわります。たとえば、感情の実行機能が低い子どもは、怒りやすく、クラスメートとトラブルになりやすかったり、友達との共同作業が苦手で孤立しやすかったりします。このように、思考の実行機能も感情の実行機能も、小学校以降の学校生活に重要な役割を果たしますが、現在のところ、思考の実行機能は学力と関係することもあり、こちらに注目が集まっているのだそうです。

自分をコントロールする力

森口氏は、最後に実行機能の鍛え方について次のようにまとめています。

・子どもの実行機能は鍛えられる

・個別のプログラムとしては、ゲーム、運動、音楽、マインドフルネスなどがある

・幼児教育施設や保育施設に行くこと自体が実行機能を向上させる

・最も注目されているのは「心の道具」プログラム

・大人の実行機能を鍛えるのは簡単ではないので、いざというときの準備が大切

これらが現在、わかっていることのようです。

森口は、これまで自分をコントロールする力、すなわち実行機能がどのようなものであるのか、そして、子どもの成長や発達にどのような影響を与えるのか、どのように育むことができるのかについて考察してきました。これは、彼の著書「自分をコントロールする力―非認知スキルの心理学」(講談社現代新書)読み進めてきたものです。実は、私のブログで、2016年6月6日にこんなことが書かれてあります。「上越教育大学の森口佑介准教授が、子どものセルフコントロール(自己制御)能力、子どものがまんについて、実行機能の発達の観点から解説しています。その説明は、わかりやすいかも知れません。」

彼は、現在は、京都大学大学院教育学研究科准教授です。そして、彼の著書「おさなごころを科学する」(新曜社)を私が読んで、2017年8月にこの本をブログで取り上げたのです。そして、ぜひ直接話を聞きたいということで、私たちが主催する保育環境セミナーで話をしてもらいました。その縁もあって、この「自分をコントロールする力」の本を送っていただいたのです。本当はすぐに紹介したかったのですが、他の本をブログで取り上げていたので、やっと今回紹介することができました。

この本の最終章では、彼がこの本で伝えたかったことをまとめています。もう一度、皆さんは、振り返ってみてください。

実行機能は、子どもが目標に向かって、感情や思考を制御する能力です。そして、実行機能には二つの側面があります。感情の実行機能は、マシュマロテストで調べられるような、将来の目標のために、欲求を制御する力です。思考の実行機能は、目標を保持しながら、頭を柔軟に切り替える力です。この思考の実行機能については、感情の実行機能と比べると、一般にもあまりなじみがないかもしれませんが、世界中の研究者が注目しているのです。

その理由の一つは、子育てやトレーニングなどで、向上させやすいのが思考の実行機能であるためです。さまざまな環境要因が実行機能に影響を与えます。そして、子育てや訓練は、特に思考の実行機能に対する影響力が強いのです。

感情の実行機能はその場の状況、子どもの気分や好みに影響されてしまいます。昼ご飯を食べる前と食べた後では、マシュマロテストに対するやる気も大きくことなります。また、マシュマロテストで目の前のマシマロを食べること自体、決して間違ったことではありません。家庭の経済状態がよくない場合、目の前にあるお菓子を食べることと、食べたい気持ちを抑えてお菓子が2倍になるのを期待することと、どちらのほうがいい選択でしょうか。もしかしたら、せっかく2倍になると思って欲求をコントロールしたのに、誰かにお菓子を食べられてしまうということもあるでしょう。マシマロテストが有効なのは、がんばったら報われることが保証されている状況においてだけなのです。

効果の期間

大入でも実行機能を鍛えることは理論上可能ですが、これらの研究に問題がないわけではないと森口氏は言います。たとえば、訓練をすることで実行機能が向上したとしても、その訓練を継続しない限りはその効果は一時的なもので、3カ月後などに再調査すると、訓練の効果がなくなっているそうです。筋肉もそうですが、やはり鍛え続けることが大事なようだと彼は言います。少しの間だけ訓練したところで、その効果は長続きしません。また、実験室のなかで実行機能が鍛えられるように思えたとしても、日常生活で必要とされる問題にはあまり役に立たないことも知られているそうです。

研究者の間でも、この問題については意見が大きく分かれているそうです。2014年に、心理学者や神経科学者らが、実行機能を含む認知機能の訓練は、訓練されたテスト以外にはあまり応用できない、効果がないという声明を発表したそうです。ところが、面白いことに、同じ2 014年に、別の研究者とセラピストらが、認知機能の訓練は訓練されたテスト以外にも効果がある、という声明を発表しているのです。全く正反対の声明が発表されているのです。一般向けにも「脳を鍛えるゲーム」が多く発売されていますが、ものすごくがんばって鍛えても、効果はわずかであり、訓練をやめたら効果はなくなり、しかも、日常生活にはあまり活かされないことがわかっています。

このように、大人になって実行機能を鍛えることは簡単ではなさそうだと森口氏は言います。彼は、実行機能を鍛えるよりも、実行機能がどのような状況下でうまく働かなくなるのかを理解し、ここぞというときに実行機能がしっかりと働くように準備することが大事だと思っていると言います。そのような心得をいくつか紹介しています。

まずは、感情の実行機能については、誘惑をできるだけ避けることだと言います。マシュマロテストに参加した子どもがマシュマロを見ないことで誘惑に耐えることができたように、ビルやタバコ、性的刺激などの誘惑をできるだけ目にしないようにすることが大事だと言います。これらを目にしてしまうと、私たちのアクセルが全開になってしまい、ブレーキが利かなくなってしまいます。お酒を控えているときには居酒屋を、禁煙時にはタバコの自動販売機をなるべく見ないようにすることが大事だと言います。

次に、感情の実行機能にも思考の実行機能にも言えることですが、ストレス時にはブレーキやハンドルの機能が著しく低下してしまいます。仕事で疲れているとき、人間関係でトラブルになったとき、感情や思考をコントロールすることはできません。強いストレスを感じているときには、休息が必要だと言います。関連して、睡眠不足のとき、不安なとき、抑うつ気味なときのように、精神的に健康ではないときにも実行機能はうまく働きません。このようなときに大事な決定をすることは避けたほうが無難だと森口氏は助言します。

また、筋肉のたとえのように、筋肉に似た側面もあります。たとえばべンチプレスをした後や、ダンベルで腕を鍛えた直後は、筋肉は十分に働きません。これと同様で、実行機能を使った直後には実行機能はうまく働かないと言います。たとえば、せっかくビールの誘惑には抵抗できたのに、タバコに手を出してしまうかもしれません。このような状況下では実行機能はうまく働きません。大事なときには、誘惑のある状況に身を置かないことが大事だと森口氏は言うのです。

大人では?

森口氏は、さまざまな方法について紹介していますが、ここで紹介したプログラムは、特に、実行機能に問題を抱えている子どもに対して有効のようですが、研究によっては、最も有効だとされている心の道具プログラムでも、効果があまり見られないという報告もあるようです。また、いずれも現在のところ、短期的には有効性が認められていても、長期的な影響は今後の検証が必要であるとされています。

では、大人の実行機能は鍛えられるのでしょうか。森口氏は、最後に、大人の実行機能が鍛えられるのかについて考えています。

実行機能が必要なのは子どもだけではありません。大人も毎日さまざまな場面において実行機能を使っており、実行機能がうまく働かないと人生の岐路に立たされることもあると言います。なかなか食欲を抑えられない人、気分が落ち込んだときに頭を切り替えられない人など、実行機能を鍛えたいと思うことも少なくないでしよう。大人を対象にした研究も進められていますし、実行機能は筋肉のようなもので、使えば使うほど鍛えられると考える研究者もいるそうです。

実際に、訓練を施して、実行機能が伸びていることを示す研究は多数報告されているそうです。ただし、個々の研究を基に実行機能が鍛えられると判断するのは危険だと森口氏は警告します。子どもの研究と比べて、大人の研究は非常にたくさんなされています。そのため、さまざまな研究結果を総合して分析するメタ分析という方法を使った研究を森口氏は考察しています。

ザールラント大学のフリーゼ博士らは、33の実行機能にかかわる研究結果をメタ分析したそうです。この分析には、感情の実行機能とかかわる研究が多く含まれています。この研究では、利き腕ではない手を使って、歯を磨くなどの日常生活を送ること、すぐに使いそうになるスラングを使わないこと、などの訓練が含まれています。この研究の結果、大人の自分をコントロールする能力は少しですが鍛えられることが示されているそうです。特に、女性よりも男性で効果が強いようです。フリーゼ博士らは、女性と比べると、男性のほうが衝動的であるため、訓練の余地があるのではないかと述べています。

思考の実行機能についてはどうでしょうか。こちらについては、さまざまなメタ分析がなされていますが、一例として、シドニー大学のバーニー博士らの分析は、48の思考の実行機能の研究をメタ分析しました。ここでの研究は、主にコンビュータを用いた反復訓練で高齢の大人の実行機能を鍛えようとしています。その結果、こちらもわずかながら、訓練の効果が見られているそうです。また、運動とコンピュータを使った訓練のどちらが有効かを調べたメタ分析では、コンピュータを使った訓練のほうが有効であることも報告されているそうです。

これ以外にも、思考の実行機能で必須となる目標の保持を鍛える研究も多数なされているそうです。同じくコンピュータを使った訓練で、わずかではありますが思考の実行機能を鍛えることができるようです。このように、大入でも実行機能を鍛えることは理論上可能だと森口氏は言います。