赤ちゃんの会話

発話を介した相互作用の代表的な形態として、ターンテーキングという話者交代があると言います。ターンテーキングとは、話し手と聞き手が交互に話者になることを指すそうです。発話を介したターンテーキングは、音声器官が発達しており、さえずるものが多いスズメ目スズメ亜目である鳴禽類の鳥やアフリカゾウ、原猿類、サルなどでもみられているそうです。一方、同じターンテーキングでも、ヒトとほかの動物との間では差異もあると言います。動物のターンテーキングはヒトに比べて、その文脈が限定されていると言うのです。たとえば、動物は警戒や求愛などの限られた場面でターンテーキングがよくみられると言うのです。

大人同士の会話では、ターンテーキングにおける一つの発話の長さがおよそ2秒であり二者の発話間間隔はおよそ250ミリ秒と非常に短く、発話間の重なりはほとんどみられないそうです。この短時間で、聞き手は、①話し手の発話が何を意図しているかを予測して理解し、②発話内容の理解、調音を通して発話をする準備を行い、③話し手の発話の終結を韻律の手がかりから推測し、④その終結後に発話をする、ということをしなければならないのです。このように行うことを列挙すると、随分と難しいことを瞬間に行なっているのですね。ターンテーキングを行うには、話し手と聞き手のそれぞれが話者の心的状態を理解する必要があります。そのため、ターンテーキングをより長く継続するには、他者の心的状態の推測に関係するメンタライジングが必要であると考えられます。また、二者間における発話のターンテーキングでは、自他の視点変換にかかわる側頭・頭頂接合部が中心的な役割を果たしていることになるそうです。

発達的観点からみると、赤ちゃんと大人における発話のターンテーキングは生後2ヶ月から観察され、大人同士のターンテーキングとは異なる特徴をもっているそうです。たとえば、赤ちゃん同士のターンテーキングでは、双方の発話の重なりが顕著にみられるそうです。これは、乳児期にはターンテーキングにかかわる神経基盤の発達が未成熟であることが考えられています。生後3、4、5、9、12、18ヶ月の赤ちゃんとお母さんの自由遊び場面を観察した研究では、赤ちゃんの月齢が9ケ月以前の場合と比べて、それ以降の月齢の場合に、赤ちゃんとお母さんの発話間間隔が長くなることがわかったそうです。また、ここにも最近私が気になっている「9ヶ月」という時期が示されています。この生後9ヶ月は、自己―他者―モノの三項関係が始まり、相手の意図が理解できるようになる時期だと言われています。ターンテーキングには、相手の意図を推測する必要があるため、生後9ヶ月の時期にターンテーキングの質が変化すると考えられます。赤ちゃんは有意味語をほとんど話すことはできませんが、大人と「会話」をしていることになるのです。

私たちは赤ちゃんや子どもとかかわるとき、わらべうたや手遊びをします。このときにみられる音声には、どのような特徴や効果があるのかということを今福氏は説明しています。

養育者を含む大人は、赤ちゃんに対して対乳児発話や歌いかけなど、特徴のある音声を用います。対乳児発話は、赤ちゃんに話しかけることで、マザリーズとも呼ばれるそうです。

外国語学習

社会的認知とことばの発達の関係は、外国語学習においても重要であることがわかってきたそうです。たとえば、生後9~10ヶ月の英語圏の赤ちゃんは、中国人が目の前で中国語を話してかかわった場合では、新奇な言語、この場合は、中国語の音韻を学習したそうです。一方で、画面越しに中国語を話す人が出てくる映像を視聴するだけでは、中国語の学習はできなかったそうです。このクールらの研究結果は、他者との対面(ライプ)での相互作用が、赤ちゃんの外国語学習の音韻学習に効果を及ぼすことを示していることになります。

では、なぜ他者との対面での相互作用が外国語学習に効果があるのでしようか。クールは二つの要因をあげて説明をしているそうです。第一に、対面での相互作用は、赤ちゃんの注意を引く効果があります。対面と映像を比較すると、得られる情報量は前者の方が圧倒的に多いと考えられます。第二に、対面で相互作用する人は、ことばの学習に重要な視線、指さしなどの参照的情報を、赤ちゃんの反応に応じて提示することができます。

クールらは、さらに、赤ちゃんの共同注意の能力が、外国語の音韻学習にかかわることも示しました。生後9.5~10.5ヶ月の英語圏の赤ちゃんが、外国語であるスペイン語を話す大人とモノである絵本とおもちゃを介して遊ぶ1回25分間のセッションに、一ヶ月間で計12回参加しました。そして、セッション中の赤ちゃんの行動を分析し、セッション後の外国語の音韻を区別する能力を、ミスマッチ陰性電位の測定によって評価したそうです。実験の結果、セッション中に大人の顔とモノを交互に注視する頻度、視線追従が多かった赤ちゃんほど、スペイン語の音韻の違いに対するミスマッチ陰性電位の反応が強いことがわかったそうです。それは、どういうことかというと、共同注意は、モノとその名前を対応づける役割を果たし、語彙の獲得に重要であるということを示しているのです。また、語彙の獲得は、語彙を形成する音韻の学習につながります。ですから、共同注意をより多く行うことで、外国語の語彙の学習が行われたために、音韻の知覚が向上した可能性が考えられると言うのです。このような知見は、乳児期から外国語をどのように学ぶかの参考になるのではないかと今福氏は言うのです。

そのような研究結果から、今福氏はこんなことを言っています。「現在、日本においては英語教育の低年齢化が進んでいます。英語は2011年に小学五年生から必修となり、2020年には小学三年生から必修化、小学5年生から教科化が始まる予定です。日本で生まれ育つ人の多くは、自然と日本語を習得し、運用することができます。しかし、英語については、そう上手くはいきません。中学校や高等学校の時代に、英語に抵抗感を覚えた経験がある人も多いのではないでしょうか。もしかすると、乳幼児期から英語に触れる機会があると、このような抵抗感はなくなるかもしれません。英語の低年齢化に合わせて、英語の教育方法を考えていく必要があります。」

次に、今福氏は、赤ちゃんとの会話について考察しています。

ことばは、思考するためのほかに、相手との会話のために用いられます。赤ちゃんが音声を発すると、周囲の大人は自然と赤ちゃんに対して語りかけます。これが、赤ちゃんと大人との「会話」になると言うのです。

アイコンタクトと模倣

模倣の抑制は、他人の運動と自分の運動表象(イメージ)を区別する必要があり、自分と他人の円滑な交互交代的なやり取り、すなわちコミュニケーションのために重要だと言われています。つまり、模倣の抑制における自他の区別には、内側前頭皮質が関与しているというのです。さらに、直視条件では、アイコンタクトがメンタライジングシステムの一部である内側前頭皮質に直接的な影響を与え、内側前頭皮質を介してミラーニューロンシステムの一部である上側頭溝との機能的な結合の強度を調整することで、模倣を促進することが明らかとなりました。これらのワンらの研究の結果は、どのようなことを意味するのでしょうか?それは、アイコンタクトが、模倣にかかわる感覚運動システムをトップダウン的に制御していることを示していることになると言うのです。それは、簡単に言うと、相手のアイコンタクトが模倣を促すということがわかったということなのです。

成人ではこのような結果となりましたが、赤ちゃんではどうなのでしょうか。それを調べるために、今福氏らは、6ヶ月児を対象に、相手のアイコンタクトが音声模倣に影響を及ぼすかどうかを検討したそうです。その方法として、赤ちゃんは、話者がアイコンタクトをしながら「あ」と「う」のどちらかの母音を発話する直視条件と、目を逸らしながら母音を発話する逸視条件の映像を観察したそうです。その結果、直視条件において、赤ちゃんはより多く音声を模倣したそうです。それは、どういうことになるのかというと、生後6ヶ月の赤ちゃんが、自分に向けられた視線に感受性をもち、自分を見ている話者に対して音声模倣をよくすることを示していることになると言うのです。ですから、赤ちゃんとかかわるときに、目を見ながら話しかけると、赤ちゃんは音声の真似をたくさんするようになるのではないかということになるのです。これは、脳の感受性のグラフにおけるビジョンという視覚の曲線の高さを保障することに人とのかかわりが影響するということになるのでしょう。

近年の研究から、ことばの発達において、他者から学ぶことの重要性が明らかになってきたそうです。この点を強調する理論に、ソーシャルゲーティング仮説があるそうです。ソーシャルゲーティング仮説では、社会的認知の能力や、他者との相互作用が、乳児期のことばにおける音韻や語彙の発達に重要であるという主張がされているそうです。

たとえば、私たちは他人の視線や指さしを追うことでモノの名前を学習することができ、他人の音声を模倣することでその音声を自分で発声することができるようになります。もし、社会的認知がことばの発達の門戸になるとすれば、赤ちゃんにとっては人以外の、たとえば、機械などの人工物から伝達される情報の学習は、効果的でないと考えられます。この仮定は、赤ちゃんを対象とした模倣研究の知見によって支持されているそうです。赤ちゃんは、ロボットのような非言語音声では模倣せず、人の音声に対して選択的に模倣を行うというのです。このことは、生後早期にみられる他者から選択的に学習する性質が、ことばの発達と関連することを示していることになるのです。これは、今後ITが進んだ時代になった時にとても重要な研究になりますね。

視聴覚情報

今福氏たちは、母音の音声模倣が可能である6ヶ月児を対象に、話者の口に対する注視行動と、母音の音声を模倣する頻度との関係を検証しました。話者は、「あ」と「う」のどちらかの母音を発話しました。まず、話者の顔の情報が赤ちゃんの音声模倣に及ばす影響を調べるため、話者が正立顔で発話をする正立条件と、倒立顔で発話をする倒立条件を設けました。どうして、こんなことをするのかというと、顔を180度回転させて倒立にすると、倒立効果が起こり、顔を知覚するのが困難になるのだそうです。また、倒立顔では、発話知覚が弱められるようです。したがって、音声模倣において重要となる視聴覚情報は、正立条件では豊富で、倒立条件では乏しいと考えられます。そこで、もし発話に含まれる視聴覚情報が音声模倣に影響を及ぼすのであれば、倒立条件に比べて正立条件の場合に、赤ちゃんはより高い頻度で音声模倣をすると考えられます。また、もし視聴覚情報が赤ちゃんの音声模倣に対して重要であるとすれば、正立条件において話者の口を注視する傾向にある赤ちゃんほど、音声模倣をより高い頻度ですると考えられます。

実験の結果、倒立顔条件に比べて、正立顔条件で赤ちゃんはより多く音声模倣を行ったすです。さらに、正立顔条件で、話者の口に対する注視時間が長い赤ちゃんほど、音声模倣をより多く行ったそうです。つまり、話者の口に注目していた赤ちゃんほど、音声模倣をよく行うことになります。そこで、大人の話しかけに影響を受けるためには、赤ちゃんに話しかけるときには、口を大きく開けて関心をもたせてあげることが重要かもしれないと今福氏は言っています。

私たちは、他者が誰であるか、自分にとってどのような関係にある他者なのかによって、選択的に模倣を行います。たとえば、アイコンタクトの有無が、模倣に影響を及ぼすのです。ワンらは、社会的トップダウン反応調整仮説を提示したそうです。この仮説では、対人コミュニケーションにおいて重要なアイコンタクトに着目し、アイコンタクトが模倣に及ぼす影響について、行動、および神経科学的なデータをもとに説明したものです。たとえば、成人を対象に、顔の前で手の動作をしている人の映像を提示し、手の動作の模倣を行うまでの反応時間を調べています。このとき、二通りの方法を取ります。一つは、参加者に対してアイコンタクトをしている直視条件です。もう一つは、アイコンタクトをせずに目を逸らしている逸視条件です。その結果、逸視条件に比べて直視条件のときに、参加者はより早く模倣をしたそうです。このことは、アイコンタクトが模倣を制御し、促進する効果をもつことを示していると言います。次に、この直視条件と逸視条件に、観察した手の動き(グ―)とは異なる手の動き(パー )をする模倣抑制条件を加えた手続きを設けて、fMRIを用いて模倣の制御にかかわる神経基盤が調べられました。その結果、参加者が模倣を実行しているときには、感覚情報の符号化を担う上側頭溝と、運動の実行にかかわる下前頭回の機能的な結合が強くなることがわかったそうです。また、模倣抑制条件では、内側前頭皮質の活動が有意に高くなることがわかりました。また、この結果がどのような意味を持つのかはわかりにくいところがあります。模倣とは、科学的に説明すると、脳の問題ですから、難しくなるのですが、この研究の結果から、どうも、次のようなことがわかったということのようです。

母音と子音

10.5~12ヶ月児を対象とした研究で、養育者と相互作用しているときに、子音を発話する頻度の多かった赤ちゃんほど、子音を弁別するテストでの得点が高い傾向にあったそうです。これらの知見は、生後一年までの赤ちゃんにおいても、音声産出にかかわる自分の運動表象(イメージ)が、発話知覚と関連する可能性があることがわかります。

つづいて、今福氏は音声の知覚と産出の発達的な関連についての神経科学的研究を紹介しています。イマダらは、新生児、6ヶ月児、12ヶ月児が、母音「あ」と子音+母音「ば」を継時的に聴取したときの脳反応を、脳磁図(MEG)を用いて記録したそうです。このとき、ミスマッチ陰性電位を指標としました。ミスマッチ陰性電位とは、参加者が継時的に提示された二つの情報を区別していることを示す指標だそうです。その結果、音声の知覚を担うウェルニッケ野では、すべての月齢の赤ちゃんで有意なミスマッチ陰性電位の反応がみられたのに対して、音声の産出を担うブローカ野では、6ヶ月児と12ケ月児においてのみ、有意なミスマッチ陰性電位の反応がみられたそうです。この結果がどのような意味があるのかということはわかりにくいと思いますが、こう考えます。6ヶ月児といえば、自分で子音と母音を組み合わせた音節を発声できるようになる時期です。したがって、イマダ氏らが研究した結果、音声産出経験が発話知覚時の情報処理に影響する可能性は生後6ヶ月頃から現れることを示していることになります。これは、生後早いうちから言葉を出すことに様々な条件があるということのようです。また、話者の口を長く注視した6ヶ月児では、発話の運動計画にかかわる左下前頭領域(ブローカ野)がより強く活動するようです。ということは、話し手の口に赤ちゃんが注目することは、ことばを話す準備につながっている可能性が高いということを今福氏は言っているのです。逆を言えば、赤ちゃんに話しかけるときには、私たちは、口をはっきり見せて、お口をしっかり開けて話しかける必要があるということにもなると思います。しかも、どうも口をしっかり見せる必要があるのは他にも理由があるようです。

赤ちゃんは、生後5ヶ月までに母音の音声模倣かできるようになるということがわかりました。3~4ヶ月児を対象とした研究では、口の形が「あ」で音声が「い」のように、視聴覚情報が不一致の場合に比べて、口の形が「あ」で音声が「あ」のように、視聴覚情報が一致した場合に、赤ちゃんは音声をより多く模倣しました。これは、音声模倣において、視聴覚情報が重要である可能性を示唆しています。このことは、小学校1年生の国語の授業で、母音の口の形をしっかり教えることと関係があるのです。私の著書の「こくごのはじまり」にも、母音による口の形の違いをしっかり体験させるように書かれてあります。

それでは、音声模倣をするときに、赤ちゃんは話者の顔のどこを見ているのでしょうか。これまでの研究では、音声模倣の産出の側面にのみ焦点が当てられており、知覚と産出の関係は不明でした。そこで、今福氏たちは、母音の音声模倣が可能である6ヶ月児を対象に、話者の口に対する注視行動と、母音の音声を模倣する頻度との関係を検証したそうです。

話者の口

ルコウィッツらは、赤ちゃんがことばを産出するようになると、話者の口を注視する動機づけが高まると考察しているそうです。喃語期の赤ちゃんは話者の口に注意を向けることで、結果としてことばを効果的に学習すると考えられると言います。また、成人では相手の感情や意図が反映される目を見ながら、コミュニケーションをしているといえそうです。

実際に、乳児期の発話知覚の個人差が、ことばの発達と関連することも示されています。ヤングらは、生後6ヶ月の定型発達児と後に自閉症の診断を受けた児を対象に、お母さんとの相互作用場面において、お母さんの顔に対する注視パターンと、その後のことばの発達の関連を調べました。その結果、生後6ヶ月のときにお母さんの口をより長く見た赤ちゃんは、24ヶ月児の時点で理解や表出することのできることばの数が多かったそうです。また、生後6ヶ月のときにモニター上の話者の口を見る時間が長かった赤ちゃんは、12ヶ月児の時点で理解できることばの数が多いことが明らかになっています。以上の知見は、乳児期に話者の口を注視することが、ことばの発達に寄与している可能性を示しています。このように相手の口の動きと音声を統合処理する能力は、社会的認知の基礎であり、対人コミュニケーションにおいて重要なのです。この研究結果は、保育をするうえで参考になるとともに、気をつけなければならないことを教えてくれます。

次に、今福氏は、どのようなしくみで音声を知覚しているのかを説明しています。一つの仮説として、音声知覚は、感覚情報を自分の運動の表象(イメージ)に対応づけることでなされる、というものがあるそうです。この立場に立つのが、音声知覚の運動理論だそうです。この音声知覚の運動理論では、音声の知覚は、自分の口の動きの表象(イメージ)と、外部から入力された音声を比較照合することでなされると考えます。

近年、この理論を支持する神経科学研究が数多く行われているそうです。脳内情報処理の観点からこのことを見てみると、発話知覚のしくみはこのようになっているそうです。その内容は、脳の内部のことであり、私たちにとっては、とても難しい説明になります。特に脳内のさまざまな部位の名前は実感としてはイメージしにくいものですが、大体どのようなことなのかを理解してもらえればと思います。

今福氏の説明をみてみましょう。発話の情報は、複数の脳の領域が一緒に働くことで知覚処理されるのです。この処理の経路には、脳の下側(腹側経路)を通るものと上側(背側経路)を通るものがあるそうです。腹側経路は、発話に含まれる顔や身体運動などの視覚情報と音声の聴覚情報の知覚や、意味の認識にかかわっているそうです。背側経路は、発話の情報を自分の音声を発するための運動である調音の表象(イメージ)に結びつける働きにかかわりがあるそうです。このように、発話知覚の際には視覚や聴覚だけでなく、運動にかかわる脳の部位が連結して情報処理を行っているのだそうです。

今福氏は、いつから運動が発話知覚に関与するようになるのかを説明しています。それは、とても興味深いことだと言います。4~5ヶ月児は、自分の口の形が知覚した音声と同じ状態で発話映像を観察した場合に、例えば、「い」なら口を横に開いた状態です。「う」なら唇を突き出した状態です。これらの映像を観察した場合に、自分の口の形と一致した音声を発話する話者に対して、不一致の音声を発話している話者よりも注視時間が短いことが明らかになったそうです。

目と口

面白いことに、生後6ヶ月の赤ちゃんは発話が視覚情報のみで提示されても、母語と非母語を区別することができるそうです。このことは、発話の口の動きが、言語を区別するのに十分な情報を含んでいることを示していると言います。また、発話知覚の発達は、生後早期からの視覚経験に依存すると考えられています。たとえば、生まれたときに何らかの影響で目が見えず、視覚経験がない場合には、発話知覚が正常に発達しない可能性があることがわかっているそうです。生後5ヶ月の間、先天性両眼白内障のために視覚経験のなかった患者は、健常者に比べて、発話を知覚する能力が弱いことも知られているそうです。

では、発話知覚は、いつ、どのように発達するのでしょうか。新生児期から発話に含まれる視聴覚情報の一致性を検出することができるそうです。アルドリッジらは、生後4~33時間の新生児が発話の視覚精報が一致した映像、たとえば、「あ」を発声するときの口の動きと「あ」の音声を、不一致の映像、たとえは、「あ」を発声するときの口の動きと「い」の音声に比べて好むことを明らかにしたそうです。このように、発話に含まれる視聴覚情報が一致、または不一致していることを区別する能力は、すでに新生児期からみられるようです。ただし、発話知覚の能力は、経験の期間である月齢とともに発達すると言われています。

2~4ヶ月児では、発話の視聴覚情報が時間的にずれているよりも、一致している話者の顔をより長く見るそうです。同様に、2~5ヶ月児は、「あ」や「い」などの口の動きと音声が一致している話者を長く注視するそうです。また、マガーク効果は、生後5カ月の赤ちゃんですでに確認されているそうです。これらの知見は、ヒトが生後早期から発話に含まれる視聴覚情報の一致性を検出する能力をもち、生後半年頃には発話の視聴覚情報を統合処理できるようになることを示していると言われています。

近年、発話知覚がことばの発達に重大な役割を果たすことを示す研究成果が次々と報告されているようです。音声が聴覚情報のみの場合よりも、視聴覚情報の場合、つまり情報量が多いほど、音韻や語彙を示すことばの獲得がより効率的になると言われています。そこで、今福氏は、発話知覚の個人差は、乳幼児期の音韻や語彙の獲得とどのように関連するのかを考察しています。

ルコウィッツらは、4,6,8,10,12ヶ月児、および成人が、物語の一節を朗読している話者を観察しているときの視線反応を、視線計測装置を用いて記録、分析しました。その結果、4ヶ月児は話者の目を長く注視した一方で、6ヶ月児から10ヶ月児にかけて、赤ちゃんは話者の目よりも口を長く注視するようになることがわかりました。一方で、成人は話者の目を長く注視していました。ぜひ、園でよく話しかけた赤ちゃんの視線を観察してみてください。話し手の口を見つめるのか、目を見つめるのか、ほんの少しの時期の違いによって変わってくるということは、面白いですね。

なぜこのような違いがみられるのかというと、母語の音韻知識を急激に獲得していく生後1年間で、話者の口に注目する時期があることを示していることになります。それは、赤ちゃんは、音声の情報だけでは不十分なために、口を見ることで補っているのかもしれないと今福氏は思っているようです。

新生児の音声模倣

今福氏の書いた論文には、「乳児期における音声模倣のメカニズムとその発達過程」とか、「乳児期における発話知覚の機能およびメカニズムとその定型・非定型発達」などのように、音声についての研究が多いようです。たぶん、この分野が得意なのでしょう。彼は、音声模倣はどのように発達するのかを説明しています。新生児期には、すでに音声模倣の萌芽がみられるようです。ただし、新生児は音声の産出がむずかしいことから、音声に対応した口形、たとえば、「あ」を聞いたときには口を開けるということが指標になります。

チェンらは、生後7日の新生児を対象に、聴覚刺激に対する音声模倣反応を調べたそうです。その結果、大人が新生児と対面した状態で、「あ」と「む」の聴覚刺激をそれぞれ提示した際に、「あ」ならば口を開ける、「む」ならば口をすぼめる、というように、新生児は聞いた音声に一致した口の動きを示したそうです。これは、直前まで胎内で肺が羊水に満たされており、「あ」と「む」などの特定の音声を産出した経験が乏しいはずの新生児が、音声を自分の身体運動に変換するシステムをもつ可能性を示唆していると今福氏は言います。

また、生後16~82時間の新生児を対象とした研究では、モニター上にうつる「あ」、または「い」を発話する大人に対する新生児の音声模倣を調べています。モニター上の映像は、①視覚情報(口の動き)のみの条件、②視覚と聴覚情報(音声と口の動き)が一致している条件、③視覚と聴覚情報が不一致の条件、の三種類がありました。実験の結果、新生児は視覚情報のみの条件と視覚と聴覚情報が一致している条件で、より多く大人が発声した音声と一致した口の動きを示したそうです。一方で、視覚と聴覚情報が不一致の条件では、新生児はその口の動きを示さなかったそうです。これは、新生児期に視覚と聴覚情報が統合的に知覚され、口の動きの模倣に影響する可能性を示唆していると言います。

乳児期になると、音声模倣はどのように発達するのでしょうか。3ヶ月児は、三種類の母音「あ」「い」「う」の音声を模倣することがわかっています。さらに、3~5ヶ月児にかけて、音声模倣のときに、「あ」「い」「う」をより明確に区別して発話できるようになるそうです。これは、生後3~5ヶ月で、口の運動能力が発達することを示していると言います。

次に、彼は音声の知覚における口の動きの役割について考えています。日常生活では、私たちは聴覚情報のみではなく、視覚情報を巧みに利用しています。たとえば、マスクをしている人の話し声が、聞き取りにくいと感じます。また、口の動きと音声を統合的に知覚することができなければ、複数の人が話しているときに話者を同定することすらできません。ここで、彼は、発話の視覚情報である口の動きと聴覚情報である音声を統合して知覚処理する能力を、発話知覚と呼んでいます。

私たちが発話知覚をしている証拠となる現象の一つに、マガーク効果があるそうです。マガーク効果とは、視覚情報「が」と聴覚情報「ば」が同じタイミングで提示されたときに、提示された聴覚情報とは異なる音韻「だ」を知覚する現象のことです。視覚器官である目と聴覚器官である耳から入力されたそれぞれの音声情報は、脳内で統合されているというのです。ほかにも、たとえばパーティー会場などのような雑音環境下において、音声が聴覚情報のみの場合よりも、口の動きと音声の両方がある場合に音声の内容の理解が早く、より正確になるという現象かあります。この現象は、聴覚という単一感覚による情報処理よりも、視聴覚という多感覚情報を得ることが、周囲の情報を効率よく取り入れるのに有益であることを示しています。

語彙の習得

赤ちゃんは生後半年を過ぎると、馴染みのある語彙を学習するようになります。たとえば、生後6ヶ月の赤ちゃんは、自分の名前を認識すると言われています。生後6~9ヶ月頃には、バナナ、リンゴなどの見慣れたモノの名称をいくつかは認識できるようになり、生後16ヶ月になると、およそ92~321の語彙を理解するようになると言うのです。随分と、急速に語彙が豊かになっていくようです。

実は、語彙を学習するしくみは新生児期からみられるそうです。新生児は、環境の中に潜む情報から規則性を抽出する統計学習の能力をすでに有しているということがわかっています。この能力は、文章から単語を発見するときなどに使われるものです。今福氏は、こんな例を出しています。「いぬはえさをたべています。このいぬはおにくがすきです。ごはんのあとはいぬのさんぽにでかけます。」という文章があったとします。このとき、一文目、二文目で「いぬ」がでてくるため、三文目でも「い」の後に「ぬ」がくる確率が高くなります。新生児は、この統計学習の能力のおかげで、「いぬ」という単語を文章から見つけだしやすくなると言われているのです。

ことばを話すことは、口の動きを制御する能力とも密接に関係しているのです。生まれたばかりのときは、まだ巧みな口の動きができません。しかし、新生児は、泣き、せき、くしやみなどの反射的な音をだしますが、これは、音声と口の動きの対応関係を学ぶ第一歩であると考えられています。事実、泣き声の抑揚が大きいということは、さまざまな音域で声をだせるということですが、そういう赤ちゃんほど、一歳半時点における話せることばの数が多いことがわかっているそうです。これを知ると、むやみに泣くことを恐れる必要はなさそうですね。しかし、最近の住宅事情や、近隣との関係で、赤ちゃんは、大声で泣くことを制止されることが多くなった気がします。

次に、乳児期になると、赤ちゃんは母音や子音を発しはじめます。生後3ヶ月では、「あーうー」など母音に類似した音声を産出するようになり、生後7ヶ月で、「ばばば、ままま」などの子音と母音を含む喃語を発声するようになります。生後12ヶ月には、意味のある単語である初語を話すようになります。一歳半以降には、単語を急速に獲得する語彙爆発の時期を迎えます。1歳半までは、およそ一日に平均0.18語、1ヶ月に平均5~6語を習得し、一歳半以降では、一日に平均0.83語、一ヶ月に平均24.3語という驚きのスピードで語彙を習得します。この時期において、言語環境が大切なことがわかります。

初語を話しだす1歳以降には、「わんわん」「ぶーぶー」「まんま」など、一つの単語で発話をする一語文が見られるようになります。1歳半頃からは、二つのことばを組み合わせて、「まま、ねんね」「わんわん、いた」などの二語文がみられます。その後は、「ぱぱ、かいしゃ、いった」などの三語以上を連続して発話する多語文がみられるようになります。二語文や多語文かでてくると、「が」「を」「に」のような格助詞を用いるようになります。はじめは格助詞の誤用がみられ、「わんわんがいた」が正しいところを、「わんわんをいた」などと間違ってしまうことがあります。

語彙を習得するためには、周囲の人が話すことばを真似する必要があります。音声を真似する能力のことを、音声模倣と呼びます。

聴覚の機能

次に、私たちが日常的に使用している、ことばの発達について紹介しています。私たちはことばを巧みに操り、コミュニケーションをしています。ことばの発達には、どのような経験や環境が良いのでしょうか。

ヒトの聴覚の機能は、胎児期から働きはじめています。胎児は羊水に満たされた胎内で音を聞きます。そのため、音の高さや明暸さは限られますが、外界の話し声を聞くことができます。また、お母さんの声や心音の場合には、骨伝導によってより明暸に音を聞くことができるのです。胎内で聞いた音の経験は、誕生後にも何らかの影響を与えているようです。たとえば、新生児の泣き声のイントネーションが、お母さんの話すことばの特徴を反映している可能性が報告されています。マンペらは、語尾が上がる特徴をもつフランス語圏の新生児は、発声の後半にイントネーションのピークをもつ泣き方をし、一方で、語尾が下がる特徴をもつドイツ語圏の新生児は、発声の前半にイントネーションのピークをもつ泣き方をすることを発見しました。また、新生児は生まれたばかりであるにもかかわらず、外国語に比べて母国語を好んで聞きます。このような生後早期にみられる特徴も、胎児期から音を聞いていたおかげかもしれないと言うのです。

ヒトは生まれてからどのようにことばを発達させていくのでしようか。生後一年の間は、母音や子音などの音韻と、音の高さの変動や抑揚、リズムなどの韻律(プロソディー)の情報を知覚処理する経験が重要となります。ことばを聞く、話すことを通して、私たちは徐々にことばを獲得していくのです。ちなみに、音声などを知覚することによる学習を、感覚学習と呼び、発声によって音声と口の動かし方の対応関係を学ぶことを、感覚運動学習と呼びます。

まず、ことばを聞く・知覚することの発達について説明をしています。まず、驚くべきことに、赤ちゃんは生後半年の間、あらゆる言語の音韻を区別きるとされています。一方で、それ以降の時期では、加齢にともなう脳機能の発達変化によって、周囲の大人が話している音韻のみを知覚するようになるそうです。つまり、あらゆる音韻を区別する能力は徐々に低下していくというのです。これを裏づける現象を、知覚的狭窄化というそうです。

クールらは、英語圏と日本語圏の6~8ヶ月児と10~12ヶ月児を対象に、音韻「R」と「L」を区別する能力を調べました。その結果、日本語圏の赤ちゃんは、6~8ヶ月児の時点では、母語にない「R」と「L」を区別することができる一方で、10~12ヶ月児では、これらの音を区別する能力が低下したのです。他方、英語圈の赤ちゃんは、生後6~12ヶ月にかけて、「R」と「L」を区別する能力を上昇させたそうです。このことは、生後6~12ヶ月の間に、母語の音韻を知覚する能力は保たれ、母語にない音韻の知覚能力は減衰することを示しています。つまり、この期間にはじめの音韻学習の敏感期があると考えられます。敏感期とは、効率良く発達することが可能な特定の時期のことを言います。私たちは、誕生時にはあらゆることばに対応できる能力をもっていますが、環境の経験を通じて、母語の音韻体系に適合したことばの知覚能力を発達させていくようです。この背景には、脳内の不要なつながりは除去されるというシナプスの刈り込みがかかわっていると考えられています。