親にとっての効果

では、保育園通いは親にとっては、どのような効果があるのでしょうか?

母親ののしつけの質、ストレス、そして幸福度に対する保育園通いの影響をデータから見てみましょう。

まず、4大卒の母親に対する影響はさほどないようですが、高校を卒業していない母親を見ると、効果量は0.58と、大幅にしつけの質が改善されていることがわかります。

では、子育てストレスに対するストレスに対する影響はどうかというと、ここでも4大卒の母親に対する影響はほとんどありません。一方、高校を卒業していない母親の子育てストレスを0.63も減らしていることがわかります。

そして、幸福度に対する影響はどうかというと、4大卒の母親に対する影響はないものの、高校を卒業していない母親の幸福度を0.54とやはり大幅に改善しているのがわかります。

働きやすさを除くと、母親に対する影響というのは、政策議論ではもちろん、学術研究においてもあまり注意が払われてきませんでしたが、山口氏らの分析によると、母親に対しても非常に好ましい影響があることがわかったそうです。

では、なぜ、特定の家庭環境の子どもの多動性、攻撃性が減少し、行動面で大きな改善がみられるのかを山口氏は考察しています。

まず、考えられるものとして、保育園で行っている教育の質が高いということを彼は挙げています。保育士さんは訓練を受け、経験も積んだ専門家です。データを見る限りにおいて、高校を卒業していない母親の家庭では、しつけの質が低くなってしまう傾向があるため、保育園で過ごすことで子どもにとっての環境が大幅に改善されるからだというのです。これが最終的には、子どもの行動面の改善につながったのではないかと考えているのです。

もう一つ考えられるものとして、母親のしつけの質の改善を通じた間接的な影響を挙げています。イクメンが増えたといっても、やはり子育ては母親の仕事とみなされがちです。子どもが保育園に通っていない場合、母親が四六時中子どもの世話をすることになりますから、いくら子どもが好きでも24時間一緒にいると大きなストレスになりえるというのです。もちろん、保育園を利用するということは、母親は外で働かなければならないのですが、それを考慮に入れても、子育てストレスが下がる可能性があるというのです。

また、外で働くということは、当然、家庭としては収人が増えるということだと山口氏は考えています。お金だけで家族が幸せになれるわけではありませんが、お金があることで避けられる面倒や悩みは少なくないと言います。そのため、保育園を利用することで、お母さんの金銭的な悩みとそこから生じるストレスが督減されると彼は考えているのです。

こうした変化が、母親のストレス減少、幸福度アップとしてデータに表れているのではないかというのです。

母親の精神面が安定すると、母子関係が良好になるので、子どもを叩いてしつけるといった好ましくない行動が避けられるようになることが考えられます。子どもを叩いてはいけないと頭ではわかっていても、イライラしていると自分自身をうまくコントロールできなくなってしまうのは誰にでもあることだと山口氏は言うのです。

保育園とストレス

一方、子育てストレスについて見てみると、母親が4大卒以上であれば0.04、高校を卒業していなければ0.07ですから、どちらも平均より強いストレスだと言えますが、数字自体は小さなものです。

では、母親の子どもへの介入効果について幸福度はどうでしょうか?データによると、母親が4大卒以上であれば0.13、高校を卒業していないならばマイナス0.18ということで、学歴が高いほうが幸福度も高くなっているようです。その差も、小さくはありません。子どもの発達だけでなく、母親のしつけの質や幸福度も、学歴間で大きな違いがあることが明らかになっているそうです。

こうして作られた子どもの発達や、しつけの質、母親のストレスと幸福度といった指標が、保育園通いをすることで、どう変化するのかを測るのが山口氏らの研究の目的です。真っ先に思いつくやり方は、保育園に通っている子どもと、通っていない子どもとの比較ですが、実はこのやり方では、保育園通いの効果を正しく測ることができないと考えます。

なぜかというと、保育園に通う前の段階で、両者は、発達状態や家庭環境がさまざまに異なっている可能性があるためだというのです。したがって、保育園に通っている子どものほうが、通っていない子どもより発達が進んでいたとしても、それが、もともとあった家庭環境の違いを反映したものなのか、保育園通いの効果なのか、区別がつかないというのです。

実際、保育園を利用している家庭の母親の学歴は、保育園を利用していない家庭と比べると高めです。逆に、父親の学歴を見ると、保育園を利用していない家庭のほうが高い傾向にあるそうです。このように環境が異なる可能性が高いため、単純に保育園の利用の有無だけに基づいて子どもを比べても、保育園通いの効果はわからないと考えます。

そこで、山口氏らは、保育園を利用する家庭と、利用していない家庭のさまざまな違いを統計学的に補正した上で、両者を比校することで、保育園利用の効果を測定しています。

まず、保育園通いが子どもの発達に及ぼす影響はどうでしょうか。データでは、保育園通いの効果を、母親の学歴別にみています。言語発達については、母親の学歴によらず、保育園通いによって0.6から0.7程度改善しています。これは偏差値換算で6から7ですから、大きな伸びです

では、多動性指標に対する効果はどうでしょうか。母親の学歴によらず、多動性が減少しますが、特に効果があったのは、母親が高校を卒業していない場合でした。

そして、攻撃性指標に対する効果では、母親が4大卒以上であれば、ほとんど効果はありませんが、母親が高校を卒業していないと、子どもの攻撃性がマイナス0.43と大きく減少しています。

保育園通いは、特定の家庭環境の子どもの多動性・攻撃性といった行動面を大きく改善させることが明らかになっています。

体罰とストレス

なぜ体罰は良くないと考えられているのでしょうか。山口氏はこう説明しています。「それは、親が体罰を行うことで、自分の葛藤や問題を暴力によって解決してよいという誤ったメッセージを伝えることになってしまうためだと考えられています。ある日本の研究では、幼児期に親に体罰を受けた子どもは、他の子どもに乱暴しがちで、問題行動を起こしやすくなる傾向があることを明らかにしています。」

「体罰は避けて、言葉できちんと説明すべきである」というしつけの原則は、誰でも頭では知っていることです。しかし、これを実践するためには大変な根気がいるのもたしかだと山口氏は言うのです。

それは、3歳ぐらいまでの子どもがわかるように言葉で説明すること自体大変ですし、親目線で見れば、何度説明しても子どもはちっとも行動を改めないように見えます。そもそも大人だって、一度言われたぐらいで行動を改められないのですから、子どもが特別悪いわけではないのですが、説明するほうのストレスが溜まるのもたしかだというのです。時には感情を爆発させてしまうこともあるでしょう。山口氏も、もちろん自分自身、そういう親の一人であるというのです。

彼は、あくまで個人的な経験に過ぎないのですが、彼の息子がかなり小さい間は、体罰とは忍耐をもって避けるべきものでしたが、幼稚園に通う頃になると、体罰は諦めざるを得ないものになったそうです。どんどん体が大きくなって、力もついてくると、子どもを力で押さえつけるなんて、早晩、自分にはできなくなると悟ったそうです。腕っぷしに自信がないという、なんだか後ろ向きな理由ですが、少しずつ言っていることか伝わっている実感がでてくると、子育てがぐっと楽しくなったのもたしかだと振り返ります。

また、山口氏は、思わぬ副作用として、息子を言葉で言い聞かせようとしているうちに、自己評価ながら、授業で学生に対する説明のしかたがうまくなったと思ったそうです。仕事をされている父親、母親も、子育てが仕事でのスキルアップにつながることもあるかもしれません。そう考えると、ほんの少しだけ気持ちが楽にならないでしょうかと、助言しています。

調査では、子育てについてのストレスも調べているそうですす。「子育てによる体の疲れが大きい」「自分の自由な時聞が持てない」など全部で18項目について、当てはまるかどうかを回答してもらい、その回答を統計的に処理することで、子育てストレスの指標を作成したそうです。

また、子育てからくる主観的幸福度は、「家族の結びつきが深まった」「子どもとのふれあいが楽しい」など全8項目の質問について、当てはまるかどうかを回答してもらい、そこから統計的処理を経て、幸福度についての指標を作成したそうです。

それは、子どもの発達指標同様、平均0、標準偏差が1になるように作成しています。しつけの質は、母親が4大卒以上である場合、0.23とプラスの大きな値になっています。母親が高校を卒業していない場合には、マイナス0.25とマイナスの大きな値でした。両者の差は標準偏差でおよそ0.5、偏差値で言うなら5違うわけですから、母親のしつけの質には、その学歴によって大きな差があると言えるようです。

攻撃性傾向の発達指標

山口氏の研究では、攻撃性傾向の発達指標を、子どもの家庭環境によってどの程度異なっているのかを、母親の学歴によって測っているのですが、子どもにとっての家庭環境が直ちに決まるというものではない点は気をつけなければならないと言います。母親の学歴が低い場合、子どもにとっての環境が望ましくないものになる傾向が、学歴が高い場合と比べて強くなってしまうのですが、あくまで傾向であり、すべての人に当てはまるものではないことをありません。

また、子どもにとっての家庭環境が望ましいものでなかったとしても、母親が責められるべきだということにもならないと言います。ただ、母親、あるいは父親の学歴が低い場合、経済的に貧しかったり、子育てに必要な情報が十分に得られなかったりする傾向がどうしても出てきてしまうのが現状だと言います。だから、そうした家庭に十分な支援が届くような社会を築いていく必要があると言うのです。

さて、子どもの発達指標はすべて平均が0、標準偏差が1になるように作られているのです。したがって、数字がプラスであれば、全体の平均以上、マイナスであれば、平均以下であることを示しています。

標準偏差は、あまり馴染みがないかもしれませんが、よく知られている偏差値と関係していて、1標準偏差は、偏差値の10に相当します。ですから、この指標で1違うということは、偏差値で10違うことになるので、かなり大きな差なのです。

母親の学歴によって、子どもの発達度合いがどの程度異なるのかを見てみると、母親が4大卒以上である場合、子どもの言語発達は、0.04とプラスの値を示していますから、平均よりも進んでいることを意味します。しかし、その数字は小さく、偏差値換算で0.4ですから、大きな違いがあるとは言えません。

他にグラフを見ると、母親が高校を卒業していない家庭の子どもの言語発達は、マイナス0.03ですから、平均よりも遅れていますが、その数字は小さなものにとどまっているようです。

より大きな差が見られるのは、多動性、攻撃性指標です。母親が4大卒以上である子どもの場合、それぞれ、マイナス0.13とマイナス0.12ですから、平均よりも落ち着きのある子どもだといえます。一方、母親が高校を卒業していないと、子どもの多動性指標は0.18で、攻撃性指標は0.21ですから、多少の問題行動が見られる子どもであると判断されます。

保育園通いの効果を理解するためには、子どもだけでなく、母親の変化にも注目する必要があると山口氏は考えています。母親に注目するのは、やはり、子どもとの距離が最も近く、影響力が最も大きいと彼が考えているからです。

彼は、母親と子どもの関係を知るために、母親の子どもに対するしつけのしかたを見ています。子どもが3歳半時点で行われた調査では、子どもが悪いことをしたときにどのように対応するのか質問しています。具体的には、以下の五つの質問に対して、「よくする」「ときどきする」「まったくしない」のどれに当てはまるかで答えてもらいます。1、言葉でいけない理由を説明する2、理由を説明しないで「だめ」、「いけない」としかる3、おしりをたたくなどの行為をする4、子どものしたことを無視して悪いことに気づかせる5、外に出す・押し入れに閉じ込める

これらの中で、最も望ましいと考えられているのは、1の「言葉でいけない理由を説明する」で、逆に最も望ましくないとされているのは、3の「おしりをたたくなどの行為をする」です。

多動性と攻撃性

山口氏らは、続いて子どもの多動性傾向の指標を作ったそうです。実は、注意欠陥・多動性障害の診断には、アメリカ精神医学会で作られたガイドラインに基づく標準的な質問があり、これは世界中の小児科医の先生方が利用しているそうです。残念ながらそのものズバリという質問は「21世紀出生児縦断調査」には含まれていないそうです。

これがこの調査のちょっと残念なところだと山口氏は思っているようで、発達心理学の知見がもう少し反映されていれば、子どもの発達や心理状態について、学問的により裏づけのある指標が作れるのにと感じているそうです。調査設計の段階で、専門家の関与が十分でなかったのか、それとも何か別の事情があったのか、いずれにせよ、同じ費用や回答者の負担で、より多くのことが正確にわかったかもしれないので、公的調査の設計は、関係する学問分野の専門家の指導のもとで行うのが、社会にとって有益だと彼は考えています。

彼らの研究では次善の策として、多動性傾向の診断に使われる標準的な質問に比較的似た、以下の5つの項目を選びました。3歳半の時点で、それぞれについて、当てはまるか当てはまらないかで答えてもらいます。

1,落ち着きがない 2,飽きっぽい 3,人の話を最後まで聞かない 4,公共の場で騒ぐことがある 5,遊具で遊ぶときに順番を守れない

これらの多くに当てはまると、つまり、多動性傾向が強いと、学校生活をうまく送れず、将来の進学・就職において困ることが増える可能性があるといわれています。もちろん、これらはあくまでも目安だそうで、診断は専門家にお願いするようにと山口氏は助言をしています。これらの質問に答えるのは母親なので、どの程度、客観的に判断できるのかという疑問がわきます。しかし、複数の海外の調査によると、同様の質問を母親と幼稚園の先生の両者に答えてもらい、両者を比較した結果、かなりの確率で両者が一致したそうです。山口氏ら自身のデータで確認は取れていないので、たしかなことは言えないそうですが、このデータの信頼性を考える上で、参考になる情報だというのです。

また、ADHDはそもそも遺伝など生物学的要因によるのですから、保育園通いで良くなったり悪くなったりするものではないはずだと思われるかもしれません。たしかに、ADHDの原因は、脳の前頭野部分の機能異常とされていますが、遺伝的要因とともに、発育期の環境的要因も相互に影響を及ぼすと考えられているそうです。したがって、保育園通いにともなって、子どもの発育環境が変化すると、多動性傾向の表れ方が変わってくる可能性があるというのです。

また、子どもの攻撃性傾向についても、以下の三つの質問から指標を作成したそうです。1,おもちゃや絵本を壊すことがある2,人に乱暴することがある3気が短い

攻撃性傾向は、多動性傾向と類似点があり、両方を同時に抱える子どもも多いそうですが、両者は別々の問題行動として捉えるべきものと考える専門家が多いため、山口氏たちの研究でも区別して分析をしています。

では、こうした発達指標は、子どもの家庭環境によってどの程度異なっているのでしょうか。家庭環境を直接測るのが最も望ましいのですが、その点について詳しく知ることができないため、彼は、ここでは便宜的に母親の学歴に注目しています。父親の学歴でもいいのですが、子どもと関係がより密な母親を選んだそうです。

言語発達指標

回収率が低い場合、知りたい対象の全体像を正しくつかめていない可能性が高いと山口氏は言います。「21世紀出生児縦断調査」の回収率が極めて高いということは、この調査が、日本のを子どもたちの発達具合の全体像を知るために必要な情報を正しく含んでいることを保証してくれるのです。

山口氏は、彼自身の職業病的な見方かもしれませんが、この回収率の高さから、日本中の親御さんたちが、いかに子どもを大切に思っているのかを強く感じると言うのです。虐待など悲しいニュースを耳にすることが少なくありませんが、多くの子どもたちは、父親、母親

に大切に育てられているのだという認識を新たにしたと述べています。

このようなアンケートの多くのサンプルは、非常に研究者にとっては参考になるために、彼は、もし、国勢調査やその他の公的統計のための調査をお願いされることがあるかもしれません。公的機関では、プライバシー保護には最大限配慮していますから、せひ協力してほしいと訴えています。こうした調査があって初めて、世の中の正しい姿が見えてきますし、そこから実現すべき政策が明らかになってくると言うので。公的調査に協力することは、選挙で投票するのと同様、世の中を少しでも良くすることにつながっているというのです。

「21世紀出生児縦断調査」では、子どもの発達に関して、さまざまな質問をしています。そこから以下の三つの質問を利用して、山口氏は言語発達指標を作ったそうです。

1、「ママ」、「ブーブー」など意味のある言葉を言う2、ニ語文(「ワンワンキタ」など)を言う3、自分の名前が言える

これらの質問は子どもが2歳半時点のもので、一つずつ、保護者(実際には母親が9割)が「はい」「いいえ」で回答します。山口氏らの分析では、これら三つの質問のうち、いくつ「はい」と答えたかに基づいて、言語発達指標を作成したそうです。正確に言うと、さらに平均0、分散1になるように正規化しているそうです。

彼はこんなことを言っています。「ひょっとしたら、これらの質問は2歳半の子どもには簡単すぎるのではないかと感じた方もいるかもしれません。その感覚は正しく、この調査では上の三つの質問に「はい」と答えたものは、99パーセント、96パーセント、88パーセントで、ほとんどの子どもにとっては間題なくこなせるものです。」

どうして、こんな簡単な質問をしたのでしょうか?

これらと同様の質問は、世界中世の小児科医の先生方が子どもの発達具合を確認する際に利用しており、たとえば、アメリカの疾病対策を防センターが配布する「発達の目安」にも掲載されているそうです。その目的は、発達上、専門家の助けが必要な子どもを見つけ出すことにあり、これらの質問に対する回答から、どの子が天才児なのか、あるいは英才教育を受けるべきなのかといったことはわかりません。

また、なぜ自分の名前が言えるかどうかが、子どもの言語発達なり、精神的な発達なりを測る上で役に立つのか疑問に思うかもしれません。実は、自分の名前が言えるということは、自己と他者の区別ができているということで、人間として立派に成長してきていることの証なのだそうです。

大規模調査

日本の保育所の配置基準では、0歳児に対しては、保育士1人あたり子どもは3人までと

定められていますが、この程度であれば間題はなさそうだと山口氏は考えています。というのも、日本での保育園通いは子どもの発達にプラスも影響こそあれ、マイナスの影響は見つけられなかったためであると言うのです。

幼児教育には常に費用の問題がありますから、現実的には、どこまでも質を高めるわけにはいかないのですが、家庭の保育環境と比べて、大きく劣らないように、一定の質を確保することが必要であることを、この研究は示していると言うのです。

日本の保育園に通うことは、子どもたちの発達にとってどんな影響があるのかを山口氏は考察しています。

この疑問に答えるべく、彼は共同研究者の協力のもと、厚生労働省が行った大規調査から得られたデータを分析し、子どもたちの言語発達や、多動性・攻撃性といった行動面の発達が保育園通いで、なぜ、どのように変化するのかを調べたそうです。

特に、彼はこの研究は日本についての研究ですから、特に日本人にとっては関心も高いだろうと考え、主要な結果についてかなり詳しく紹介しています。それは、彼自身の研究であるということもあるようです。

まずは、行われた調査の概要を紹介するとともに、どのように子どもの言語発達、多動性、攻撃性といった行動面の発達を測ったのか解説しています。また、子どもの発達のメカニズムを知る上で、家庭環境を理解することは欠かせないのですが、そうした点を理解するために、母親のしつけの質や、子育てストレス、幸福度といったものもデータから読み取っています。さらに彼が注目したのは、家庭環境によって子どもの発達や、母親の置かれた状況はどのように異なるのかという点だと言っています。

続いて、保育園通いが子どもの言語面と行動面にどのような影響を及ぼすのかを明らかに

しています。彼らの研究では、保育園通いが子どもの発達にプラスの影響があっただけでなく、母親にも好ましい影響があったことがわかったそうです。

その点について、もう少し詳しく彼らの研究を見ていきます。

彼らの分析は、厚生労働省が実施した大規模調査である「21世紀出生児縦断調査」から得られた、集計前の個票データを利用しています。この調査では、2001年、あるいま2010年に生まれた子どもたちの中から8万人ほどを、出生時から追跡し、子どもの発達状況から両親の就労状況、そして家庭環境などについて、詳しく質問しています。

彼は、調査を受けた人に対してこう言っています。「インターネットで検索すると、この調査に協力された親御さんの感想を読むことができ、面倒に思いながらも毎年アンケートに記入してくださる姿が垣間見れると言います。調査対象の方には粗品が届いていて、気にいっている方もそうでない方もいらっしゃるようですが、これは収率を上げるために必要な取り組みなのです。」

数々の調査を目にしてきた研究者の立場からすると、この「21世紀出生児縦断調査」の回収率は驚異的な高さで、初回時点で88パーセントとなっているそうです。近年はプライバシー意識の高まりにともなって、この手の調査の回収率はどんどん下がってきているため、20〜30パーセントの調査というのもザラだそうです。

普通の園

山口氏は、我が子をカナダの幼稚園に入園させた時の思い出を語っています。クラスの子どもたちは、彼の息子を除くとみな白人で、英語が母語だったので、そうした中に入っていくのは息子にとってはもちろん、親にとっても大変なストレスと困難があったそうです。小さいうちならば簡単に英語も身につくのではと甘い期待を抱いていたそうですが、これは全くの間違いだったそうです。それまで日本語で育てられた子どもが、突然英語オンリーの環境に放り込まれるというのは子どもにとって大変な負担です。それでも先生方は常に配慮して、山口氏らの持つ異文化も尊重してくれたそうです。息子は仲のよい友達ができましたし、親もなんとかやっていくことができたそうです。

では、海外の「普通の保育園・幼稚園」にはどのような効果があるのでしょうか?アルゼンチン、ノルウェー、スペイン、ドイツ、アメリカ(ジョージア州、オクラホマ州)といった国々それぞれで、幼児教育が学力に及ぼす影響を評価しているそうです。

これらの研究によると、幼児教育によってテストの点は上がります。しかし、その効果は長くても中学1年生になるあたりまでしか続かず、次第にその効果は薄れていくようです。このパターンはペリー就学前プロジェクトで見られたとおりです。やはり、学力面への影響は長続きしないようです。

いくつかの研究では、社会情緒的能力に対する影響も見ていますが、デンマークでは影響なし、スペインとドイツでは社会情緒的能力の向上と、それにともなう問題行動の減少が報告されているそうです。ペリー就学前プロジェクトで見られたように、長期的に効果が持続し、犯罪など社会にとって好ましくないような行動が減ったかという点については、まだよくわかっていないそうです。どうも、幼児期から大人になるまでの長期追跡調査を大規模に行うことが難しいためデータが不足しているからのようです。

これらの研究に共通しているのは、子どもの発達を改善する効果は、恵まれない貧しい家庭で育つ子どもたちに強く表れている点です。多くの研究では平均的な家庭で育つ子どもたちにする効果はほとんど認められていません。これは、研究が行われた先進国での平均的な家庭においては、たとえ公的な幼児教育に参加しなかったとしても、子どもにとってある程度早ましい環境を提供できるためだと考えられます。

また、イタリアの研究では、保育の質が子どもの発達にとって必要であることを指摘しているそうです。イタリアのボローニヤは有数の豊かな都市で、専業主婦が多く、祖父母が同じ近所にいて子どもの世話をしてくれるため、子どもにとっての家庭環境がとても恵まれています。こうした豊かな社会で大規模な幼児教育プログラムを導人した結果、子どもの発達にかえって悪影響があったことが報告されているそうです。

これは、家庭環境があまりに恵まれていた一方で、保育士1人に対するどもの比率がかなり高く、ポローニヤの保育園の質が低かったためだと考えられているそうです。乳幼児の発達には、大人と一対一で触れ合うことが重要だと山口氏は考えています。ですから、豊かな家庭における保育では、それを実践できるのですが、質の低い保育園では、子どもと大人が一対一で接する機会がほとんどありまん。

日本において

ペリー就学前プロジェクトが、そんなに素晴らしいのならば、せひ日本でも同様のプロジェクトを取り入れるべきだと思われるかもしれないと山口氏は言います。しかし、それを実行するのは現実的ではありませんし、できたとしてもアメリカで見られたような目覚ましい成果を上けられるとは考えにくいと彼は思っているようです。

一つの理由は、ペリー就学前プロジェクトが対象としたのは貧しい家庭の子どもたちだということだと言います。貧しい家庭では、子どもにとって望ましい発達環境を用意するのは難しくプログラムに参加した子どもたちと、参加しなかった子どもたちとの間では、知能指数でも、社会情緒的能力においても大きな違いが生まれたと考えられるからだと言います。

ヘックマン教授らの一連の研究をもって、幼児に英才教育をすすめるような話を耳にすることがありますが、日本の平均的な家庭環境は、ペリー就学前プロジェクトの対象となった貧しい家の環境よりもたいぶ優れていると考えられますから、ヘックマン教の研究で報告されたような大きな効果は見られないのではないかと考えているようです。

二つめの理由は、ペリー就学前プロジェクトは社会実験として用意された特別に質の高いプログラムであり、同等のプログラムを低料金で全国的に展開するのはほぼ不可能であるという点を挙げています。

たとえば、ぺリー就学前プロジェクトの特徴の一つに、週1回の家庭訪問がありますがこれを実行するのは大変な手間です。また、子どもたちを実際に指導した先生は、学歴面でも資格面ても特に優れていたため、これだけの人材を日本全国に揃えるのはなかなか難しいでしょう。もちろん日本の平均的な保育園・幼稚園の質は高く、先生方も大変な努力をされています。それよりさらに質の高い教育を、すべての保育園・幼稚園、そして先生方に均一に求めることが現実的ではないと考えているからです。

では、日本の幼児教育を考える上で参考になりそうなのは、その国の大多数のどもたちが通うような「普通の保育園」「普通の幼稚園」の効果を分析した研究だと山口氏は考えています。「普通の保育園」ならば、そこに通う子どもたちは貧しい家庭の子どもに限りませんし、特別な学歴・資格を持った先生方だけが教えているわけではありませんから、日本の保育園・幼稚園と大きな違いはないと考えていいのではないかというのです。

彼は、自分の子がカナダの幼稚園に通わせていた1年間と、日本の幼稚園に1年半ほど通った頃を思い出しています。親目線から見る限り、どちらも高い質の教育を提供していたように思ったそうです。あえて違いを言えば、日本の幼稚園は団体行動や規律を重じている気がしたそうです。カナダの幼稚園の子どもたちは、かなり自由だったそうです

カナグの教室の様子を初めて目にしたときは、そのあまりの奔放ぶりに驚いたそうです。自由というより無秩序なのではと正直心配になったほどだったそうですが、どの子もいい子に育っているのを目にするようになると、その良さを受け入れられるようになったそうです。自分が知らないだけで、良い教育方法はいくらでもあるものだなと勉強になったと振り返っています。

成功の鍵

知能に対する効果は、数年で消えてしまうのに、一体どうして大人になってからの社会生活に影響を及ぼしうるのでしょうか。ヘックマン教授らが詳しくデータを分析したところ、成功の鍵は、非認知能力、あるいは社会情緒的能力と呼ばれるものにあったようです。同じヘックマンの研究を見ても、その見る人によって取り上げ方が違うようです。また、非認知能力といっても、具体的にはどのようなものであるかも違っています。そういう意味で、山口氏の考察を知ることはとても参考になります。

彼は、具体的に効果があった能力を、周囲の人々との間で軋轢を生じさせる問題行動を減らせるようになったことが重要だったとしています。幼児教育が問題行動を減らしたことで、将来の暴力犯罪への関与や警察による逮捕、そして失業を大幅に減らすことにつながったようだというのです。

幼児教育の知能に対する効果が数年で消えたとしても、幼少期に社会情緒的能力を改善すると、その効果は長期にわたり持続したため、大人になってからの社会生活に好ましい影響が現れたと考えられと言います。まさに、三つ子の魂百まで、といったところではないかと山口氏はいうのです。

ここまての話だけても、ペリー就学前プロジェクトの成功ぶりがわかるのですが、ヘックマン教援はさらに踏み込んで、経済学者らしく「お金」にまつわる話もしていると言いますます。素請らしい成果を上げたこのプロジェクトは、その実施費用もかなりの金額に上ったそうです。はたして、このプロジェクトは、その費用に見合った成果を上げたと言えるの  かどうかを山口氏は述べています。

このプログラムが生み出した主な成果は、生涯労働所得の増加、犯罪の減少、社会福祉利用の減少などです。これらをすべて考慮した上で、プログラムの費用対効果を表す指標として、年あたりの収益率を計算すると、7.7パーセントに達したそうです。過去50年間の平均的な株式市場の実質収益率は5パーセントほどですから、ペリー就学前プロジェクトは、株式市場への投資をしのぐ、「優良投資プロジェクト」だったと言えるようです。

この分析でのもう一つの重要な発見は、こうした経済的利益の半分ほどは、犯異の減少に由来するものであることだと山口氏は言います。犯罪は社会にとってとても大きな費用を生み出します。ここには、犯罪被害を金銭評価したものはもちろんのこと、収監費用、司法・警察活動に関わる費用などが含まれています。

生涯所得の増加は、教育を受けた本人だけが受け取る利益ですが、犯罪の減少から得られる利益、あるいは費用の節約は、社会全体で薄く広く受け取っています。したがって幼児教育によって得をするのは、教育を受けた本人だけでなく、社会全体であることが明らかになったと言えます。

これは、幼児教育の費用を誰が負担すべきかという問いに対して、ひとつの手がかりを与えてくれるのではないかと山口氏は考えています。子ども自身が得をするのだから、その親が費用負担をすべきだという意見には筋が通っているようですが、それと同時に、社会全体が得をするのだから、社会全体がその費用を負担すべきだという議論が成り立ちます。

つまり、幼児教育には税金が投人されるべきだという意見には、一定の経済的根拠があると言うのです。